第26話 オシャレ=服マネキン買い一択
待ち合わせ時間の30分前に本屋の近くに到着した。流石に早すぎた気がする。本でも読んで時間潰そう。
書店にさっさと入るために本屋入り口に向かうと、入り口そばでソワソワしている人物がこちらに向かって手を振っている。
「よ、よう、あい……、た、達也!」
高身長のお洒落美人さん。桜ノ宮撫子、その人だった。
つまり、今日は桜ノ宮とのデート日だ。
時は、お茶会に遡る。
『じゃ、今度の休みに撫子とデートな!』
凛子さんからのご褒美は桜ノ宮とのデート権だった。……んんんんん???
「え? どういうことで……」
反射的に状況を聞こうとした。
「つべこべ言うな! 嫌なのか!」
「押忍! 嫌じゃないです! ありがとうございます!」
「よし、行ってこい!」
いつもの気迫ですべてを押し切られた。その間、桜ノ宮はずっと明後日の方向へ顔を背けていた。
そんなこんなで今日を迎えた。
「早いな、すまん待たせちゃったか?」
「い、いや、私も今来たところだ!」
桜ノ宮も電車で来ているはずで、自分より先に来るためには20分以上前に到着する電車に乗らないといけないはずだが。
しかしその点よりも他に気になる点があった。
「桜ノ宮、今日の服装……」
「あ、ああ、これか! たまにはこういうのも悪くないかなと思ってよ。……変か?」
桜ノ宮は普段着ていないようなロング丈のチュールスカートと小さなドットがある可愛いブラウスを着ていた。
その姿を見てつい本心がポロリと出た。
「可愛いな」
「はっ、はっ、はっ、そうだよな、私にはこんな可愛い系は似合わな……、え? 今、なんて言った?」
「いや、普通に可愛いって。似合ってるって」
途端、桜ノ宮は横を向いて黙った。そして、その状態のままボソリと言った。
「……なんなんだよ、童貞のくせに」
ピコッ!
「店先で童貞言うな、ほら行くぞ」
他の人に聞かれていないかヒヤヒヤしながら店に入った。
ここは全国にある大手有名書店。そもそも今日のデートの行き先は任されていたので、まずはランチのお店が近くて桜ノ宮とも楽しめそうなここにした。
桜ノ宮は専門書とマンガは良く読むらしいので最近のオススメマンガを紹介することにした。
「あ、これ最近良くCMしてるやつじゃん。面白いの?」
「ああ、面白いぞ。服制作が趣味の女子高校生と、見た目がガリ勉だけど本当はコスプレ好きのオタク美青年が、コスプレ衣装作りをしながら仲良くなっていく話だ」
「ふーん……」
「メインの恋愛パートもいいけど、コスプレパートについてもしっかり描いてあっただれでも楽しく読めるぞ。……あー、でもあんまり恋愛ものは読まないんだったな。だったらこっちのほうが……」
「いや、いい。これ買う!」
桜ノ宮はこっちの手から奪うようにその本を取った。
「お、おう。そうか。気に入ったのなら良かったよ」
じれったい恋愛物を見ていると3秒で寝ると豪語していたやつがどうしたんだろうか。桜ノ宮はすぐにスマホを開き、タイトルを確認して電子書籍版で買うことにしたらしい。
そこからいくつか二人で本の感想やしょうもない事を言いながらフロアを回った。思いの外時間が経っており、予約しているランチのお店へ向かった。
「いらっしゃいませ」
「すみません、予約していた水ノ宮です」
「ご来店ありがとうございます。こちらの席へどうぞ」
若者に人気なオシャレなレストラン『ツツカクシ』。緩やかなクラシックが流れていて、居心地が良い。高校生ぐらいのカップルも多い。
「このお店前から来たかったんだよな」
桜ノ宮が店内を見回す。
「良かった。桜ノ宮が前にそう言ってたから」
どうやら自分の記憶は正しかったようでお店選びは外していなかったらしい。が、こっちの言葉には返事をせず、なぜか桜ノ宮は下を向いている。
席に案内された。ちょうど良くお腹も空いてきたので早速メニューを頼む。マルゲリータとサラダセットにした。桜ノ宮の方はドリアとサラダセット。
料理を待っている間、この前のお茶会の話になった。参加して楽しかったことと感謝を改めて伝えた。そしてこのデートの話になった。
「しかし、なんで凛子さんはこのデートを提案してくれたんだろ?」
深い意味はなく、なぜこのイベントを決めたのか不思議に思っていた。瞬間、桜ノ宮は急に顔を青くさせた。
「……やっぱり、嫌だったか?」
「いや、デートって言われたのはなんだか照れ臭かったけど、桜ノ宮と遊びに行けるのは素直に嬉しいかったな。……むしろ、桜ノ宮はどうなんだよ? 基本、あの人に言われたら逆らいたくても逆らえないだろ」
桜ノ宮がこの強制デートについてどんな気持ちなのか分からなかったのが、少し心配だった。いつもの桜ノ宮を見る限りは気にしていないだろうというは思っていたが。
「わ、私も嫌じゃなかったし、嬉しかった……、ま、まぁ、暇だったしな」
それであれば良かった。とりあえずデートというお題目は気にしないで遊ぶことにしよう。
それから他の雑談をしていると注文したメニューが来た。せっかくなのでこっちのマルゲリータを桜ノ宮にも分けてあげて、桜ノ宮のドリアももらった。
「……なんか、カレカノっぽい」
またぼそりと桜ノ宮が呟いた。
「え? なんて言った?」
「……なんでもない」
ドリアが熱々で食べることに集中していると桜ノ宮が何かを呟いたがよく聞こえなかった。
それから二人でずっと話し続けた。講義、最近ハマっていること、茶道部華ヶ丘さんの面白い話、桜ノ宮が通っているジム、バイトであった面白い話、etc...と話は本当に尽きなかった。
そこでふと、桜ノ宮が探る様にこっちを見た。
「……ちなみに、お茶会というか、茶道部どうだった?」
「うん、楽しかったよ。さっきも言ったけど良い経験をさせてもらったし、ありがとな」
「そうか……」
桜ノ宮としては珍しく切れの悪い返し。どうしたんだろうかと考えていると、彼女はこちらを真剣な眼差しで見てきた。
「なら、茶道部入んないか?」
ストレートな部活への入部勧誘だった。
今まで桜ノ宮からご飯を除くそういうお誘いを受けたことが無かった。ジムの話をされることがあったが、勧誘されたことなど無い。誰かに何かを押し付けたりしないタイプかと思っていたので、意外だった。
茶道部で部活する姿をイメージしてみた。お茶だけでなく、あの素敵な先輩たちとの楽しい空間を。
……。
「んー、せっかく誘ってくれてありがたいけど、やめとく。他にも色々やってみたいことあるし。あ、でも、茶道とかお茶会は本当に楽しかったよ」
「そっか」
桜ノ宮はこちらの返事に特に気落ちしたような様子はなかった。
「んー、でもなんかお返ししてぇな。なんか欲しい物とかある?」
桜ノ宮の意図が読めない。
「え? 何の話?」
「お茶会に出てもらったお礼。茶道部に入るなら丁寧に稽古つけてやろうかと思ったんだけどね」
なるほど。何かしらのお礼も含めて部活へ誘ってくれたのか。
「別にいいよ。それにこうやって遊んでいるのがお礼っていうか、ご褒美みたいなもんだし。女の子と遊ぶなんて俺には普通にできないしさ。それに別に今欲しい物とかないしさ」
桜ノ宮は何を考えているか読み取れない目でこっちを見た。そうしてふーんと適当な相づちを打ち、何でもないように言った。
「じゃ、彼女欲しい?」
何かのなぞなぞかとんちだろうか?
「欲しいけど、それが?」
「欲しいなら手に入るよ」
「ちょっと前に流行ったレンタルなんとか?」
「いや、ホンモノ彼女」
知らなかったが今の世の中はそうなっていたのか、知らなかったな。
「じゃあ、欲しい」
「はい、じゃあ彼女です」
そう言った桜ノ宮は格好良くこちらに向けてピースをした。
「あー、キャンセルで」
「キャンセルできません」
「じゃあ、チェンジで」
「チェンジもできません」
そろそろふざけるにしても長いなと思い桜ノ宮へ聞いた。
「……で、なんのコントこれ?」
桜ノ宮は一切ブレない表情で言った。
「ガチだよ。ガチ」
「そっかー。ガチかー」
急に彼女ができました。やったね! 終わり。
「……ってなんじゃそれ!」
俺の叫びがレストラン『ツツカクシ』中に響いた。
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