第24話 カッコイイ所を見せたいんじゃ!
『相棒』それは彼女、桜ノ宮 撫子が自分を呼ぶときのあだ名の一つ。
いつから桜ノ宮はそう呼ぶようになったんだっけ。ああ、あの時か。
そう、それは大学入学して初めの頃の話。
同じ学科の桜ノ宮とは最初から仲が良かったわけではなかった。というか、ほぼほぼ話したことはなかった。
入学してノリが良い桜ノ宮は学科の中心メンバーだったし、こっちは割と地味な感じだったから相反するグループで生きていた。恐らく一生仲良くすることはないだろうとさえ思っていた。
入学から数か月が経ち、学科内でなんとなくお互いのパーソナリティが分かった頃、学科で飲み会をすることになった。それも一年生だけではなく、二、三年生も一緒に。
もちろん一年生を仕切るのは桜ノ宮の属するグループだった。正直、そこまで行きたいかと言われるとそうではない飲み会ではあったけど、せっかくの人の誘いを断るのも悪い気がして参加していた。
その飲み会は夕方から始まった。親睦会という雰囲気もあったけど、先輩方は新入生のカッコイイ人や可愛い子を狙っていたらしいと後で教えられた。
だからだろう。恐らく学科で一番美人な桜ノ宮が先輩たちに熱心に誘われていたのは?
「へぇー、桜ノ宮撫子ちゃんっていうんだ。可愛い名前だね!」
「ねぇ、撫子ちゃんって呼んでいい?」
「名前も可愛いし、撫子ちゃん自体もすごく可愛いよ! 彼氏とかいるの?」
それを例えると甘くキラキラと光る美味しいお菓子に群がるアリのようだった。それなりにイケメンなのだが、自分からすると違いが良く分からなかった。アリの顔の違いなんて分からない。
そんな先輩たちに桜ノ宮はずばりと切り返す。
「いや、初対面でなれなれしいっすね。気持ち悪いんで名前呼びはやめてください。彼氏はいないっすけど、先輩たちの彼女にはなりたくないっすね」
普段通り自分のすじを曲げない桜ノ宮。ちなみに一切お酒は入っていない。しかし、先輩たちはそれだけでは引かなかった。
「へ、へぇー。撫子ちゃん、……いや桜ノ宮ちゃんは結構ずばっというタイプなんだね」
「うんうん、そういうタイプの女の子っていいよね!」
「だよな!」
ちょっと否定された程度で手放すには惜しすぎるぐらい美人な桜ノ宮だったため、先輩たちはまだあきらめない。
しかもいつも仲の良いグループのメンバーは先輩相手なのでビビッて桜ノ宮を助けにいけない。というか、見て見ぬふりをしている。
まぁ、それは知った事ではない。残念ながら、人生はそんな優しいことばかりではない。
先輩たちのプッシュは続く。可愛いや美人やなんやかんや言っているが全然話の中身がない。すると桜ノ宮はぷるぷる震えていた。今なら分かるが必死にブチギレるのを我慢している。
その時、その先輩たちの一人が言った。
「ていうかさー、桜ノ宮ちゃんって名前はお淑やかなのに中身と合ってないよね。残念な感じのギャップっていうかさー」
だいぶ酔いも回ってきていたのだろう。そして反抗しない一年生だから気も大きくなっていたんだと思う。
「だから、俺が"女の子らしさ"ってやつを教えてあげるよ。そうすれば桜ノ宮ちゃんも、ちゃんと"女の子らしく"なるよ」
当の先輩にとっては口説きの決めゼリフだったのだろうが、桜ノ宮の目がギラリと光ったのを見逃さなかった。
"女の子らしさ"、"女の子らしく"。
その響きは何かを思い出させた。それは両親から言われていた言葉だった。
"優しい人になりなさい"
悪い言葉ではない。理解できない言葉でもない。間違っている訳でもない。
……と思う。しかし、その言葉が大きな黒い影となり自分に襲いかかってくるようなイメージが目の前に急に浮かび上がった。
その瞬間に、自分の中の何かにスイッチが入った。ちなみに一切お酒は入っていない。きっとみんなが酔っ払い浮かれていたからそれに引っ張られていたんだろうと思う。なんでそうなったのかは今でも分からない。しいて言えば、青春だったからかもしれない。……完全に黒歴史的な。
視線の端に桜ノ宮が移った。彼女は何かを言おうと動き出すような気がしたがそんなことはどうでも良かった。
自分の視線はその先輩たちにロックオンされていた。そして心のトリガーを引いた。
「うるせえええええええええ!」
部屋全体に響くぐらいの大きな声で叫んだ。
各々騒いでいたみんなは何事かと思い急に静かになってこっちを向いた。そんな視線がこっちに突き刺さるが気にしない。
今、自分には言いたいことがある。
「自分勝手にぐちぐちうるせえんだよ!」
こっちの強い視線と口調で先輩たちがたじろいでいる。
「お、お前、なにを言って……」
「何が"女の子らしさだ! 何が"女の子らしく"だ! お前の気持ち悪いイメージを押し付けんなよ!」
噛みつくように叫ぶ。
「は? え? いきなりなんだよ、お前」
先輩たちは怪訝な表情でこっちを見ている。そんな奴らに、伝わっていない自分の想いをもう一度強く叩きつける。
「名前と中身が合っていないとか、残念な感じのギャップとか、そんなお前のしょーもないモノサシでお前のちっぽけな世界を押し付けるな!」
自分の言葉で自分の中の何かがさらに走り出す。もう良く分からないけど、言わずにはいられなかった。
恐らくそれは目の前の相手へではなく、遠い故郷に向けて言いたかったのかもしれない。その人たちとの関係が壊れるのが怖くて言えない相手。
だからこれは自分の気持ちを関係無い相手に一方的に言っている意味不明な行動だろう。でも、それでも叫びたかった。
「俺は、俺のために生きているんだよ! それで文句あるかー--!!!」
静まり返る室内。周りからは当然変な目で見られていた。先輩たちもこっちを引いた目で見ている。
……やってしまった。冷静になると本当に奇行だ。瞬間、冷静になった自分がいた。何を言っているんだろう。これは、明日から完全ぼっち決定だ。
すでに後戻りはできないし、これからの生活は変わりそうだ。でも後悔はしていない。それにすっきりしている。
なら、いいか。なんだか気分が良いし。
そう思い、荷物をまとめて少し多めの金額を幹事に渡してお店を出る。早足で家に向かう。とりあえず家に帰って熱いシャワーを浴びて寝よう。それ以外のことは考えるのをやめた。
すると後ろから足音と大きな声が聞こえた。
「おー--い! キレッキレ君!」
桜ノ宮だった。というか、変な名前で呼ばないで欲しい。……おそらく自分の名前を知らないのかもしれないからそう呼んだかもしれないが、恥ずかしい。
こちらに追いついた桜ノ宮は息を整えていた。先にこっちから話始めた。
「あー、桜ノ宮さん? 悪かったな、知った風な変なこと言って。あと、あの飲み会の空気を悪くして」
軽く謝罪をした。
「ん? 別にいいよ、私も同じことを言おうと思っていたし。それに空気悪くなったとしても私は気にしないし」
……本当に桜ノ宮はこの時からブレない。
「そんな事よりもせっかくだし飲みに行こう! キレッキレ君が格好つけて多く払った分のおつり持ってきたからそれで」
「恥ずかしいからやめい! というか、桜ノ宮さん……。ああ、もういいや飲みに行くか」
「それでこそ私が見込んだやつだ」
そこからなぜか桜ノ宮と二人で飲みに行く事に。実はお互いお酒を飲める年であった。
「というか、名前なんだっけ?」
そう聞く桜ノ宮。……入学してから時間は立つが今日が初めましてという感じだから本当に名前を知られていなかった。
「水ノ宮 達也」
「おっけー、それじゃ相棒飲みに行こう!」
「って、名前呼ばないんか!」
そこから桜ノ宮の面倒を見ているうちに、桜ノ宮が同じアパートに引っ越してきたり一緒につるむようになった。
結局この時のことは詳しくは桜ノ宮に聞いていないけれど、あの日認定された相棒は今も継続している。そして楽しい時や大変な時を一緒に過ごしてきたりした。
だから、だろう自分にとってはその言葉は特別なのかもしれない。いや、この関係が。
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