第23話 そこまで言われて燃えないわけがない!

「『水ノ宮 達也なら絶対に大丈夫です』って、今まで見たことないくらい真剣な目をして」


 華ヶ丘さんの言葉に、すぐに何かを返事することができなかった。彼女は続けて言った。


「それに撫子ちゃんがね、『もし達也が何か失敗したら、私が全て責任を負います。お客さんにも部活にも会場のみんなにも一人一人謝ります。だから、達也にお点前をさせてくれませんか。達也なら絶対に大丈夫だから』ってね。ただ感情に任せて言っているわけでもなく、心からそう確信して私たちに提案してきたの」


 そこで華ヶ丘さんの言葉は切れた。


 なぜ桜ノ宮がそこまで自分をお茶会に参加させたいか分からない。それに自分が本当に上手くお点前をできるかも自信が無い。


 ただ、そこまで言われて燃えないわけがない。






「押忍! 凛子さん! 俺、絶対に良いお点前がしたいです!」






 そこから本当に茶道の稽古に打ち込んだ。風炉用のお点前の本を急いで買って時間があれば読み続けたし、茶筅も買って家で薄茶を作りお茶の表面にひと池できるように練習した。


 それだけではダメだと思い、桜ノ宮にお願いして早朝の和室で二人でお点前の稽古もした。朝が決して強くないはずの桜ノ宮は一言も文句を言わず稽古に付き合ってくれた。


 ボランティア先の老人ホームで、お茶をやっていたおばあちゃんに茶道の心得を教えてもらった。焦っている心に、『まずはお茶を楽しむことが大切よ』と優しく教えてもらった。


 こんなに人生で何かをやり遂げなきゃと思った時はいつぶりだろうか。


 成り行きで始まったことではあるが、心が弾むわくわくする。


 お点前の手順を覚えるのも、袱紗を綺麗に折ることも、薄茶を点てることも、正座で足がしびれることさえもなんだか楽しくなってくる。


 覚えられるか心配だったお点前が今では目をつぶってもどのようにやればいいか浮かんでくる。何度も何度も何度も反復反復で体に動きが染みついてきた。



 なんだこれ、すごく楽しい。



 そうして、あっという間にお茶会の当日になった。



 当日の朝、お茶会で席を用意する人達は朝早くからお茶会会場に入り準備を始める。学生は大学の和室に一度集合して各自荷物を持って会場へ車で向かった。


 天気は重めの雲。そんな天気の中、車ではみんなは今日のお茶会について思い思いの事を喋っている。


「あー、お点前緊張するねー。飛ばずにできるかなー?」


「ふふっ、もし緊張して困ったら私がサポートするから大丈夫よ」


「もー、格好良すぎですよー、きょーちゃん先輩ー」


 さすがにそんな女子の会話に入っていけないので、助手席から外をぼけーっと眺めている。すると、後ろから桜ノ宮が声をかけてくる。


「へい、相棒! 調子はどうだい?」


「いつもどおりだよ。敷いて言えば、スーツを着てるせいでいつもより賢そうに振る舞える気がするよ」


 自分以外今日のお茶会に参加するのは女子しかいない。男子の先輩は学会で不参加だ。


 この部では女性は着物を着て、男性は着物かスーツでお茶会に参加する。自分は運良く入学式に来たスーツが着れたのでスーツで参加する事を選んだ。


 普段着ないスーツを着ると少し気が引き締まった気がする。そんな状況でもあまり緊張しないのは、あの特訓の日々のおかげである。



 そんな風にとりとめのない話をしていると目的地である市の文化会館センターに到着した。ここは茶道ではたけではなく、様々なイベントに使われるそこそこの人数が入れる市のイベントホールだ。


 到着すると、すでに自分たちの先生である鈴乃屋凛子さんが建物の前で待っていた。


 しかもいつものような部屋着のような姿ではなくしっかりと着物を着た学生には出せない大人らしさをともなっていた。


「おせーぞ、おめぇーら! 今日は待ちにまったお茶会だ! 気合い入れていくぞ!」


 口調はいつもと変わらなかったが、いつも以上に気合が入っているのがわかる。だから負けじとこちらも声を出した。



「「「押忍! 凛子さん! よろしくおねがいします!」」」




 それからバタバタと忙しく準備が始まった。初参加の自分は何をすればいいのか分からず、邪魔にならない荷物運びだけを必死に行った。なんと言っても、茶道の道具は数が多いし、重たくて貴重なものも多い。それをしっかり落とさないように運ばなければいけないのは、日常ではなかなか味わえない。



 そうして、9時半位になると、お客さんが席に入り一回目が始まる。一回目は慣れたお点前と亭主と呼ばれるお客さんとの会話担当する人が入った。


 トップバッターで緊張はあるが、お点前と亭主は普段の稽古での練習の成果を遺憾なく発揮してきた。そしてすんなりと終わり二回目の席の準備が始まる。


 自分は三回目のお点前だからまだ少しだけ猶予がある。そう気持ちを緩めていると、あれよあれよと二席目も進んで最後の挨拶が終わった。


 瞬間、急に心臓がドキドキと鳴りだした。喉が乾き出した。


 さっきまで脳内で完璧にイメージできていたお点前の流れが不透明になる。あれ? お辞儀するタイミングいつだっけ? 柄杓引くタイミングは?


 一度生まれた緊張はビッグバンのように異常な早さで膨れ上がる。そして体中を一気に駆け巡る。


 あれ? どうすればいいんだっけ?


 周りにはせわしくなく動いている茶道の人達。声をかけたくてもかけれない。目に見えない"不安"という重い塊が自分を押し潰そうと四方から迫ってきている。


 その時だった。





「楽しんでるかい、相棒?」





 いつもの声が聞こえた。


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