第22話 優しい文化系だと思った?残念、ガチ体育会系でした!

『ねぇ、水ノ宮君。私たちとお茶しない?』



 なんとも古典的なナンパだと思ったが、華ヶ丘さんの話を聞くとどうやら違うようだ。


「……というわけでね、6月のお茶会に参加する子がどうしても出られないし、他の子もいなくて困っていたのよ」


 どうやらその代役をお願いされたようだ。が、流石にこれは素直に受け入れ難い。


「なるほど、お話は分かりました。困っているのであれば力になりたいところではあるのですが、茶道なんて全然やったことないんですよ」


 確かにお茶を飲みに来たことがあるが、ただ適当に飲んでいただけで、作法を習っていたわけではない。


 しかし華ヶ丘さんは全然気にしていないようだ。


「うんうん、大丈夫よ。誰でも最初はやったことないんだから」


 確かにそれはそうだ。だけど、ちょっとやっただけの素人をお茶会なる正式の場に出すわけにはいかないだろう。そのことを華ヶ丘さんに言う。


「そのお茶会は6月の初旬なんですよね。もう、1か月切っているじゃないですか」


 そう、もう1か月を切っている。そんなわずかな期間じゃ初めてやる人間には酷だ。この一言で分かってもらえると思った。


 華ヶ丘さんはこっちの目をみながら言った。






「大丈夫よ、水ノ宮君。茶道部は体育会系だから」







 有言実行。気合一閃。そこからは運動部真っ青をの練習が始まった。


 桜ノ宮が所属する茶道部は週に2、3回講義が終わった後の時間から部活をしている。まずはそこに参加して、稽古をひたすら行った。


 道具の名前を憶えて、茶巾の絞り方を覚えて、茶道具の持ち方を教わって、畳の歩き方を習って、正座でのお辞儀の仕方を練習して、お茶の立て方を稽古した。


 もう色々なことがあり最初は全く覚えられる気がしなかった。その不安を華ヶ丘さんに言うと、優しい笑顔でこう言ってくれた。




「うん! それなら練習時間を増やそうか!」




 土日は部活の外部顧問でもある茶道の先生のお宅へ部員でもない自分も伺って、本物の茶室で茶道の稽古をした。


 なんとなく"茶道の先生"のイメージはというと、お淑やかで落ち着きのある優しい先生が綺麗な言葉遣いで優しく教えてくれる。きっと口癖は『ふふふっ』に違いないと思っていた。


 だが、現実は残酷であった。




「おら、おめぇら、ちゃんと稽古してきたんだろーな!」


「押忍! 凛子さん!」


「おしっ! ん、だれだい、その新しい顔は?」


「押忍! 次のお茶会のお点前担当です!」


「おーおーおー、新顔のくせにいっちょ前にお点前したいだと。良い度胸だ、あたしがみっちりしごいてやる!」



 これはどこの熱血スポコンマンガなのだろうか。先生への返事は華ヶ丘さん含めどの部員も『押忍!』で返す。


 茶道の先生、お名前は鈴乃屋 凛子(すずのや りんこ)さん。大学生ぐらいにみえる美人さんだが、30歳一歩手前で本人はそれとなく気にしているらしい。


 凛子さんのご両親がやんちゃ系で、それを心配したおじいちゃんおばあちゃんが茶道を習わせたのが子供の頃。


 茶道の覚えがあまりにも良く、20代で茶道の先生の資格をとった驚異の人とのこと。


 ただ、やはりご両親のやんちゃ雰囲気は残っており、立ち居振舞いが綺麗だが、言葉遣いが絶望的に残念という人物らしい。ちなみに桜ノ宮の数少ない憧れている人の一人らしい。……類は友を呼ぶ、そのことわざが浮かんでしまったのは仕方ないはず。


 凛子さんはなぜか名字で呼ばれるのを嫌い、みんなに下の名前で呼ぶように言っている。


 そして稽古も自分の想像していたのほほんとした稽古とは全く離れたものだった。




「おらっ! もっと茶碗は重たく大事そうに手を添えて運びやがれ! てめぇーの持ち方だと100均の物に見えちまうだろーが」


「畳を移動する時はもっとさっさ、さっさと歩きやがれ! そんなノロノロ歩いてると茶は冷めるし、客が寝ちまうだろうが!」


「だー、釜のお湯は上っ面からすくうな! しっかりと柄杓を中に入れて釜の真ん中の良いお湯をすくうんだよ! 上っ面なもんを客に出すんじゃねぇ!」


「おめー、ちゃんと勉強してきたのか! 長緒の結び方は前回見せただろーが! ったく、今度はその目を見開いてよーく見とけよ!」



 丁寧・綺麗と真逆の言葉遣いで稽古をつけてくれる凛子さん。


 しかし、教え方自体は分かりやすくきちんとできるまで付き合ってくれる。それに失敗しても怒らず次をまたチャレンジさせてくれる。


 ……今日会ったばかりだけど、この人に茶道を教わるのは大変だけど楽しそうだな。


 そんな風に少し違う事を考えていたのが顔に出てたのかもしれない。


「おい、ルーキー! ぼんやりしてる暇があるなら先輩のお点前を見て技を盗め。ここをどこだと思ってやがる!」


 凛子さんの激が飛ぶ。


「……茶道の教室ですよね?」


 それ以外に何かあるのだろうか。


「ちっげーよ、ここは戦場だ! 気を抜いてっと斬り捨てられるぞ!」


 まさかの不正解。知らなかったがここは戦場だったらしい。


 ぽかんとしていると横に華ヶ丘さんが来てコソッと耳元で教えてくれた。


「ふふっ、ここの先生変わってるでしょ。でも、本当に真面目で生徒思いのいい先生なのよ」


 優しげな目でこちらを見つめる華ヶ丘さん。


「あ、いや、それはなんとなく伝わってきます。それに意外に茶道楽しいなって思ってきました」


 ありのままの単純な気持ちを伝えた。それを聞いた華ヶ丘さんは顔をほころばせた。


「やっぱり撫子ちゃんが選んだだけはあるわね」


「はぁ……」


 桜ノ宮がまた変な事を茶道部の広めていないか瞬時に不安になった。


 少し華ヶ丘さんが雰囲気を変えて話をしてきた。


「実はね、水ノ宮君をお点前に強くみんなに薦めたのは撫子ちゃんなの」


 いや、きっと今回はおそらくタイミングが良かっただけだろう。そう返事をする前に華ヶ丘さんは話を続けた。


「前に似たような状況があったんだ。お茶会の2ヶ月前くらいにお点前が足りないからどうしようって」


 華ヶ丘さんは遠い所を見ているかのように話す。


「その時も撫子ちゃんが女の子の友達を和室に連れて来てて、私が『そのお友達に参加してもらえば?』って軽い気持ちで言ってみたの」


 普段の桜ノ宮なら二つ返事でOKを出しそうだ。


「ところがね、撫子ちゃんはOKどころか反対だったの。『お客さんから金をもらうお茶会で適当な人出すなよ』って」


 ……意外だった。が、茶道に対して桜ノ宮は本当に真摯に向き合っている。そこから考えると不思議ではない気がしてくる。


「でね、それを聞いていた撫子ちゃんの友達が微妙な雰囲気になっちゃってすぐに帰っちゃったんだ。それから二人は一緒に遊ばなくなっちゃったらしいんだよね」


 少し影のある顔をする華ヶ丘さん。


「本当に悪い事しちゃったな。私がそんな事を言わなければ二人は分かれなかったかもしれないのに……」


 ……その友達や桜ノ宮の心境は分からない。それでも華ヶ丘さんに言いたいことがある。


「本当の友達ならその程度で離れたりしないですよ。だから、そもそもその二人は縁が無かっただけです」


 自分勝手な解釈であることは重々承知している。それでも伝えたいと思った。


 すると華ヶ丘さんは驚きの顔をした。


「びっくりした。撫子ちゃんと同じ事を言うんだね」


 どうも桜ノ宮も同じことを思っていたらしい。……なんか恥ずかしい。


 ただ、そうならばなぜ自分は選ばれたのだろう。茶道も未経験だし、練習期間も約1か月。そんな人物がなぜ、今回は参加することを選ばれたのだろう。


「ふふっ、なんで自分は選ばれたんだろうって顔しているよ」


 華ヶ丘さんに指摘された。どうやら顔にあからさまに出ていたようだ。


「それはね、その撫子ちゃんが言ったんだ」


 華ヶ丘さんは少しためて言った。






「『水ノ宮 達也なら絶対に大丈夫です』って、今まで見たことないくらい真剣な目をして」


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