第21話 残念、逃げられない

 和室に向かいながら桜ノ宮と最近の茶道部について話をしていた。


「……そうそう、それで6月の初めに大事な一般の人も呼ぶお茶会をやるんだ。だから部員のみんな気合い入れて頑張ってるってわけよ」


 毎年6月の初めは学生だけではなく一般にも参加費を頂いてやる"大寄せのお茶会"なるものがあるらしい。当然、うちの大学の看板を背負っているから、部活のメンバーは必死にお点前を稽古しているとのこと。


 そんな忙しい時期にお邪魔しちゃ悪いと思って辞退を申し出ると、練習自体はいつもと変わらないから大丈夫だと言われた。それに、お客さんがいてこその茶道だよとも。


 他にも細かい話を聞いていると、本当に茶道に関して桜ノ宮が一生懸命に取り組んでいることが分かる。



 そうこうしているうちに、大学の和室がある建物に着いた。桜ノ宮と一緒に入り和室の前まで来た。そして簡単に扉をノックして、桜ノ宮を先頭に部屋へ入る。


「お疲れ様です。桜ノ宮です」


「あ、お邪魔します。水ノ宮です」


 和室には6人の部員がいた。そのうち、すごくおっとりしてそうな大人びた雰囲気の人物がこちらに気づき近寄ってきた。


「撫子ちゃん、お疲れ様。水ノ宮君もお久しぶりだね、華ヶ丘だよ。覚えている、かな?」


 華ヶ丘 京子(はながおか きょうこ)さん。大学三年生で茶道部の部長。おっとりしていて優しい。怒っている姿を誰も見たことがなくて、みんなのお母さんのような存在だ。


 前に部活を見学した時も華ヶ丘さんに部活の事を紹介してもらったりしていて、こっちのことを覚えていてくれたようだ。


「はい、もちろんです。今日もすみませんがお邪魔します」


「うん、お菓子とお茶を楽しんでね」


 そう言ってくれた華ヶ丘さんだが、少し困った顔をした。


「でも少しだけ撫子ちゃん含めて話をしたいことがあるから、ちょっと待っててね」


 何かタイミングが悪かったみたいなのか、今日は忙しいようだ。日を改めて出直すように伝えると、気を遣ってくれてありがとうと心配ないからと再度言われたので畳に座り待つことにした。


 すると横から7人の話が聞こえてきた。


「それできょーちゃん先輩、何があったんですか?」


 桜ノ宮が率直に聞いた。


「……実は今度のお茶会なんだけど、お点前できる人が急に不足しちゃって」


 部員以外が話を聞くのも悪いと思いながらも、耳に入ってしまった。


 どうもその6月初旬のお茶会でお点前をする人が3人いるらしい。その3人でお茶を点てるのをローテーションするらしいのだが、一人が急な予定で参加できなくなったらしい。人数がそろわないとローテーションが回らないのだけど、今は他に入れる人がいない。


 みんなが大変だとばかりに頭を抱え、うんうんと唸っている。ほうほう大変だなと思っていると、なぜかみんながこっちを見ていた。んんん?


「……ねぇ、撫子ちゃん。どう思う?」


「うちの相棒はなんでもできるよ」


 そう言って茶道部の部員はコソコソと何かを話し始めた。


 なんだか嫌な予感がする。忙しそうだからと断って和室を出ようと決めた瞬間、高速で華ヶ丘さんが近寄ってきた。そしてこっちの肩を思いっきり上から掴んだ。


 ニコニコしている華ヶ丘さん。しかし目は全く笑っていない。そして彼女は言い放った。






「ねぇ、水ノ宮君。私たちとお茶しない?」






 だいぶ古すぎて、逆に新しいナンパをされた。


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