第18話 ふふふっ、ここからが本編なのだよ

『私、達也さん達と同じアパートへ引っ越しました。これから末永くよろしくお願いしますね』



 なんと自分と桜ノ宮の住むアパートへ銀ノ宮が引っ越してくるそうで、今週末に荷物の運び入れを行う予定らしい。


 衝撃で声も出ない。桜ノ宮は本気だ。恋は盲目というが、そういうレベルではない。なぜ彼女はそこまでして自分のことを。疑問ばかりが出てくる。


 しかし、自分の事をそこまで想ってくれるというのは不思議な気持ちになる……ってだめだ、その手に乗ってはいけない。落ち着け、こいつはストーキングゴリラーガールだ。


 ちなみに今日は銀ノ宮は桜ノ宮の家で料理をしていたようだ。桜ノ宮曰く、めちゃくちゃ料理が美味しいらしい。料理に厳しい桜ノ宮が手放しで褒めるくらいだし。


 ……ふむ、この逃亡生活も長くは続かないだろうしアパートを変えることはできない。まずは一度自分の部屋に戻るか。桜ノ宮が認めるということは銀ノ宮は危険人物じゃないと分かったわけでもあるし、今後どうするかは部屋で考えよう。


 ……ちなみに、決して美味しい料理にひかれたわけではない。



 最終的に銀ノ宮の提案に乗る形になってしまったのは少し思う所があったが、素直に家に帰る事にした。丁度、桜ノ宮もカレーを食べ終えたので、三人で帰らないかと提案された。


 その時だった。




「あ、あのあの、私もそのアパートに住んでもいいかな?」




 夏ノ宮がいきなり思い切った提案をした。いきなりのことに驚いたし、意図が見えてこない。別に一緒にすまなきゃいけないゲームなんてしていないのだが。というか今すでにアパートで生活しているだろう。


 色々な疑問符が上がってリアクションを取れなかった。


 しかし、銀ノ宮と桜ノ宮の二人はその言葉を聞いて顔を見合わせていたが、何かを理解した顔を浮かべた。


「ええ、もちろんですよ。あなたとは今度も色々と話さないといけなさそうですか」


 銀ノ宮が余裕そうに言った。というか大家でもない彼女に決める権利はない。


「ウェルカム、巨乳ちゃん。今日は宴だね」


 桜ノ宮も何かを企んでそうな顔をした。まずはきちんと名前を呼べ。


「うんうん! いいね、向日葵! 頑張っておいでね!」


 なぜか燦さんも笑顔で夏ノ宮を送りだそうとする。どうやらこのテーブルにはまともな人は自分以外いないようだ。


「……たつたつ、だめ、かな?」


 リアクションがなかった自分に対して、夏ノ宮は上目遣いでこっちを見てくる。


 もちろん、そんな可愛い女の子にお願いされた時の回答は一つしか持ち合わせていない。




「よくわからないけど、これからよろしくな、夏ノ宮」


 まともな人ゼロ人様テーブルでした。そして、夏ノ宮が今日一番の笑顔を浮かべた。




 それから、その週末に銀ノ宮が、さらに翌月の初めに夏ノ宮がアパートに引っ越してくることになる。


「これからよろしくお願いしますね、達也さん」


「たつたつ、よろしく!」


「相棒、宴だな」



 どうやらだいぶ騒がしい日常が始まりそうだ。








「ということがあったんですよね」


「なんでぃ、タッ君はモテモテなんじゃねーか!」


 また週末に老人ホームボランティアで銀次郎さんと話をしていた。そこで近況を聞かれたので、ここ最近の慌ただしい日常を語った。


 その話を聞いた銀次郎さんはガハハ、そりゃ大変だと笑いながらとても満足にしていた。そうやって喜んでもらえるならあの日常も良かったのかななんて思った。


「世の中イイ男はたくさんの女からモテちまうんだからしょうがねえよ! あとは甲斐性をみせてやるだけだな!」


「いや、モテてるわけではないんですけど……」


 実際にはクレイジーストーカーゴリラ、もとい銀ノ宮雫からしか好意は示されていない。


 その銀ノ宮を思い出すと疑問が浮かんできた。


「そういえば、さっき話した銀ノ宮っていう女の子なんですけど」


「おう! どうした?」


「なんで俺のことを知っていたのかなと思って」


 独り言のような内容をついつい銀次郎さんに話してしまった。分かるわけないのに。


 すると、銀次郎さんは当然そうな顔で言った。


「いや、当然知っているだろ!」


 まさか、銀次郎さんが何かを知っていたようだ。


「……なんでですか? というか、銀次郎さんが知るわけないじゃないですか」


 とうとうボケてしまったかと心配したが、そうでは無かった。







「だって、雫は俺の孫だからよ!」







 銀次郎さん、周りからは良く『ギンギン』と呼ばれる。


 それは元気いっぱいだからという意味もあるが他の理由もある。




 銀ノ宮 銀次郎。




 それが銀次郎さんのフルネームだということをその時初めて知った。

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