第17話 ヒーロー以外も遅れてやってくる

 朝、気絶から目が覚めた。


 流石にこれ以上は耐えられる自信はない。ここで一切をはっきりしようと、こちらから連絡を取ることにした。


 その"しるば"、改め銀ノ宮雫へ。




 ここは、大学から少し離れた知る人ぞ知る喫茶店&レストラン『南風クローバー』。落ち着きのある店内で、重要な話し合いをするには最適な場所である。おススメは特製のカレーライスで、他とは違う深みとスパイス加減で一度食べると虜になってしまう。時間的には夕飯時で丁度いいが、残念ながら今日は頼まない。


 テーブルに座りながら直接対決へ向けて自分を鼓舞していると、お店の扉についているベルが鳴る。


「お待たせしました、達也さん」


 ストーカーゴリラ型女子、銀ノ宮雫がこちらにきた。


「いや、大丈夫だ」


 そのまま自分の正面に座った銀ノ宮はこちらの顔を見た後、こっちの両サイドに座る二人を見た。


「……それで、こちらの二人は?」


 そこには夏ノ宮と燦さんが座っていた。


 朝、今日の授業終わりにケリをつけてくると言ったところ、"心配だから"と"面白そうだから"と二人がついてきた。もちろん前者が夏ノ宮で、後者が燦さん。


「ああ、この二人だけど……」


 困惑している銀ノ宮に説明しようとした。


「いえ、分かっています」


 きりっとした表情になった銀ノ宮が自答した。


「泥棒猫ですよね」


 ピコッ!


「何が泥棒猫!」


 銀ノ宮にツッコむ。


「この二人は夏ノ宮姉妹。右に座っているのが俺と同学年の向日葵。左に座っているのがお姉さんの燦さん」


 ぺこりと軽くお辞儀をする夏ノ宮と気軽に手を振る燦さん。


「改めまして、今年同じ大学に入学しました銀ノ宮 雫です」


 銀ノ宮も簡単に自己紹介した。ただし、彼女の自己紹介はそこで終わらなかった。


「達也さんの将来の妻となります。いつも達也さんがお世話になっております」


 剃刀のような鋭いジャブを放ってくる。すでに戦いの火ぶたは切られていた。


 それに食いついたのは、燦さん。


「いやー、話に聞いていた通りぶっ飛んでるね、雫ちゃん。私そういう子嫌いじゃないよ」


 銀ノ宮にひるむこともなく堂々と切り返す。


「それにその積極的な態度も気に入ったよ。どこかのだれかさんと違ってねー」


 ニヤニヤしながら夏ノ宮を見る燦さん。そしてなぜか夏ノ宮は赤い顔で下を向いている。



 しかし、そこから雰囲気を変えて少し神妙そうに話す出す燦さん。


「でもねー、たつたつ君をあげる分けにはいかないなー。なぜなら……」


 燦さんの雰囲気につられて、銀ノ宮も息をのみながら前のめりでその理由を聞く。


「な、なぜなら……?」




 そうして、燦さんは一気にとどめを刺すようにために貯めて、スマホの画面を見せながらこう高らかに宣言した。






「うちの可愛い向日葵をキズモノにした責任を取ってもらうからね!」


 その発言と共に、ベッドで向日葵に覆いかぶさる男の写真。


 ……この人、昨日盗撮してやがった!!!






 しかし、見事に襲いかかっているようにしか見えない角度の写真。その写真を見て、流石の銀ノ宮も動揺が隠せない。


 ただ、それ以上に夏ノ宮の顔が赤くなり過ぎててもはや完熟トマトだった。



 ようやくこの二人がなんでついて来たのか分かった。クレイジーストーカーの銀ノ宮に対抗するため、この写真を見せつけて諦めてもらうためだったんだろう。夏ノ宮は昨日の事を覚えていないはずなので、燦さんから事情を聴いてこの写真を使うことをOKしたのだろう。本当に良い奴だ。


 昨日の、いや今日の深夜に男の甲斐性うんぬんのメッセージを送ってきた銀ノ宮も流石にこんな証拠があるとたじろいでしまったのだろう。……なんで自分のダメな決定的な瞬間を披露して誇らしげなんだろう。違う所でダメージを負った。


 しかし、このまま押し切ればこの謎な変な関係を正せる。現に銀ノ宮は悲しそうで何も言えない。……なんだが心が痛い。


 ただ、自分としては良く分からない相手に良く分からない理由で付きまとわれるのは困るので、心を鬼にして退けるしかない。


 そのために、何の相談もしていないが、横にいた夏ノ宮の肩を抱き寄せた。まるで彼女の方を抱き寄せるように。


 夏ノ宮は急な行動で困惑していたが、なんとなく察してくれて抵抗せずにこっちに寄り添ってくれた。すまん、あとで謝るから。


 銀ノ宮はさらに悲しそうな表情をして、目がだいぶ潤んできている。……自分でしておきながら、この罪悪感が辛すぎる。


 だけど今しかないと燦さんとタッグを組みとどめを刺そうとしたところ、再びお店の扉のベルが鳴る。




「遅れたわ、銀。部活に差し入れ持って行ったら遅くなっちゃった」




 ここに来て予想外の人物が登場した。

 桜ノ宮撫子だ。


 何のためらいもなく、銀ノ宮の横に座りカレーライスを頼んだ。流石に意味が分からなさすぎる。


「なんで桜ノ宮がここに来たんだ?」


 疑問符を浮かべていると、いつものように返してくる桜ノ宮。


「なんだよ、相棒。私だけ仲間外れにすんのは寂しいじゃんかよ。それに、銀に助けを求められたんだから、来ないわけにはいかないだろう」


 いや、仲間外れもなにも、と思ったがそれ以外の強烈な違和感があった。


「……『銀』ってそんな二人は仲良くなったのか?」


「ああ、一昨日から意気投合してね。昨日は一緒に美味しいパン食べ放題のお店に行ったぐらいだしさ」


 なっ! と銀ノ宮の肩に腕をかける桜ノ宮。あまり群れるのが好きではない桜ノ宮がこんなにも心を開くのは珍しい。というか、あの夜に一体何があったのだ。


 ふと横を見ると、取り残された夏ノ宮姉妹がぽかんとしていた。突然現れた桜ノ宮に困惑しているようだ。


 それを気にせず桜ノ宮は銀ノ宮に話しかける。


「それで、銀どうした? そんな泣きそうな顔して?」


「撫子さん。実は、達也さんが……」


 それから改めてさっきの話とスマホの写真を見せた。


 それを見た桜ノ宮。じーっと見ている。




 その直後、桜ノ宮は鼻で笑った。


「はんっ、しょうもない写真を持って来られてなにビビってんの。銀、アンタこんなのでビビッてたの?」


 一瞬で嘘を見抜いた桜ノ宮。


「な、なんで嘘だって決めつけるんですか!?」


 そこに今度は夏ノ宮が食いついた。むしろ夏ノ宮的には嘘だって見抜いてもらった方が良いのではと思ったが、場に流されてしまったのかもしれない。


 桜ノ宮は自信満々に言った。


「そんなの簡単だよ、なぜなら……」


 今度は夏ノ宮姉妹が前のめりになって聞き返す。先ほどとは逆の立場だ。


「「な、なぜなら……?」」








「私が相棒の童貞を貰うって約束したからだ!」








 ピコッ!


 流石にツッコまずにはいられない。


「店のなかで何を決め顔で言ってんだ、このNo羞恥心痴女!」


 それと同時に夏ノ宮姉妹が冷たい視線を送ってきた。


「……たつたつって本当は肉食系?」


 夏ノ宮の言葉が刺さる。桜ノ宮のせいで、あらぬ誤解を受けてしまった。


 しかし、その視線と言動から銀ノ宮に先ほどの嘘がバレてしまった。


「まぁ、結果的に達也さんが童貞で良かったです」


 先ほどまで落ち込んでいた銀ノ宮は急に元気になった。そして嘘をついていたことについても別段怒るようなことはしなかった。


「残念だったな、童貞」


 桜ノ宮がせめてくる。



 ……もうこの店には恥ずかしくて来れない。



 そこで、話が切れた。というか、思いっきり脱線したせいで元の道に戻れなくなった。さらに、注文したカレーが来たので桜ノ宮は黙々と食べ始めている。何も決着はついていないはずなのに、なぜかひと段落したような雰囲気が流れ始める。


「それじゃ、達也さんそろそろ帰りましょう。お夕飯ができていますよ」


 そんなタイミングで、しれっと銀ノ宮がクレイジーなことを言い出した。


「誰がお前の家にいくんだよ。俺は自分のアパートに帰る」


「ええ、ですから、帰りましょう。私たちのアパートへ」


 さらに銀ノ宮は意味不明なことを言ってくる。脳内で怪しい電波を受信しているのではないかという疑いが強まった。


「どういう意味なんだ?」


 念のため、言葉の意味を尋ねた。


 すると、一昨日見たような蕩けるような素敵な笑顔で銀ノ宮は言った。





「私、達也さん達と同じアパートへ引っ越しました。これから末永くよろしくお願いしますね」


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