第16話 NO MORE 心霊現象
「それじゃ、カンパーイ!」
心霊動画鑑賞会は燦さんが買ってきてくれたお酒の乾杯とともに開始された。
明日は平日であるけど、学生の二人は3限から授業で、燦さんは問題ないらしい。……結局、燦さんが学生なのか社会人なのかはぐらかされて良く分からなかった。
webサイトで色々な心霊番組や動画や映画を鑑賞し始めた。一台のPCで見ないといけないので、なぜか自分がPCの正面に座り、その両サイドを夏ノ宮姉妹に挟まれるという幸せ空間が出来上がっている。表情には出さないが、恐怖とは別の意味で胸がドキドキしている。
鑑賞会が始まり、最初は恐怖映像をなんとか我慢していた夏ノ宮だが、段々我慢できなくなり、ついにはこっちの右腕に抱き着いてきた。
「うううう、も、もうやめない? このまま見続けたら、呪われるよ、ぜったい!」
すでに半泣きの状態の夏ノ宮。しかし、Sっ気たっぷりの燦さんは当然許さない。
「まだまだ全然じゃない。そういう時はグッと飲んで、楽しくなればいいのよ!」
そう夏ノ宮に進めつつ、燦さんは燦さんで自分の缶を飲み切り次の缶を開けた。すでに燦さんの周りに3、4本も缶が開いている。しかし、全然酔っ払ったようには見えない。……恐らく、ザルだこの人。
そう少し引いた目で見ていると、夏ノ宮もちびちびとではあるが、お酒を飲み進めていた。どれくらい飲めるのかはわからないから、お節介かもしれないが気にかけた。
「大丈夫か?」
「うんうん、私はあんまり酔いづらいタイプみたいだし、今まで記憶が無くなったこともないよ」
「記憶が無くなるかどうかを基準にするのはどうかと思うが、まぁ、あまり無理すんなよ」
すると、少しトロッとしたような瞳でこちらを見たかと思うと夏ノ宮は下を向いて何かを呟いた。
「……たつたつはいつも優しいな」
ここは夏ノ宮の家なので、眠たくなったら寝させてあげよう。まずはこのまま鑑賞会を続けることにした。
それから、ゲーム原作の実写化ホラー映画を1.2倍速で見終わった頃には、すでに日を跨いで1時になっていた。
映画自体はシリーズの第一作目なので二作目につながるような伏線が残されており、単純に続きが気になる。
この後はどうするのかと思っていた時に、急に燦さんが聞いてきた。
「……ところで二人はどこまでいったの? もうえっちしちゃった?」
若干の眠気がその一言吹っ飛ぶ。つい癖で音の鳴るハンマーを振るってしまいそうだったけど、初対面の人にはツッコめない。……いや、この人ならツッコんでいい気がする。
燦さんの周りにはもう8本程缶が転がっているところを見ると、酔っ払っているようだ。こういう時は適当に流すに限る。恐らく、夏ノ宮は流すのも上手く無さそうなのでこっちで片付けようとした。
すると夏ノ宮はこっちの腕を思いっ切り引っ張って自分の胸元に寄せながら、燦さんに言った。
「わらひと、たふたふはまらえっちしてまへん!」
よく見なくてもだいぶベロベロな夏ノ宮。全然強くなかった。そしてその勢いは止まらない。
「そういふのはー、たふたふといっしょにりょこうひて、きれいなれふとらんて、おいひいものたへて、あとはすてきおへやにとまっへ、たふたふがぎゅー--っとだきひめてくれへ、そしてちゅーしてからなのー」
かなり極悪な黒歴史を現在進行形でダダ漏らしている夏ノ宮氏。これはやばい。ただ、できれば音声を録音しておきたかった。
そしてこんな面白い事を逃すはずがない燦さん。
「ほうほう、でも今まで一度も誘ってもらったことないんでしょ、向日葵? 本当に愛されているの? たつたつ君は向日葵に魅力感じているのかな?」
煽る煽る。だいぶ程度の低い煽りを披露する。というか、勝手に愛している設定にしないで欲しい。しかし、酔っ払っている夏ノ宮にはこの煽りがクリティカルヒットした。
「……え? たふたふはわらひのことあいひてなの? わらひはみりょふないの?」
泣きそうな目でこちらを見てくる。なんだこの状況。
「そうだそうだ、向日葵を愛していないのか? どうなんだ、たつたつ君?」
ピコッ!
とうとう伝家の宝刀が燦さんに炸裂。
「これ以上、妹であそばないでください。あと夏ノ宮は飲み過ぎ。そろそろ寝ろ」
燦さんは"や~ら~れ~た~"と分かりやすい演技で倒れて、大の字になり、すぐに寝息を立て始めた。
「ほら、夏ノ宮も寝るぞ。寝室まで歩けるか?」
夏ノ宮に手を貸すと頬を膨らませて横を向く夏ノ宮。
「あるけないー。たふたふだっこー」
いつもの優しい包容力MAXの天使から駄々っ子5歳児になってしまった。
……ただ、別段嫌な気はしない。いつも助けられているから、たまに夏ノ宮のガス抜きにも手伝ってやろう。というか、可愛すぎるだろ。
そう思うと体が自然に動いた。体育座りしている夏ノ宮の足と背中に腕を通していわゆるお姫様抱っこをする。
すると、夏ノ宮は急に借りてきた猫みたいに動かなくなった。
「これでよろしいでしょうか、お姫様」
そう投げかけると、夏ノ宮はうんうんうんうんと高速で頭を立てに振った。そのままベッドの方まで向かった。
数缶しか飲んでいなかったが、自分が思っているよりも酔いが回っていたことに気づいていなかった。
ベッド側まで来たとき、部屋の小物に躓いて足がふらついてしまった。このままでは夏ノ宮を変な所に落として怪我をさせてしまうと思い、ベッドの方に少し投げるように自分の体ごと倒れかかった。
そうしてベッドの上に倒れ込んだ夏ノ宮に覆いかぶさる様に両手をついてしまった。
なんとか夏ノ宮に怪我をさせずに済んではいるが、驚かせてしまったかもしれない。彼女の顔をそのままの状態で見る。
夏ノ宮はなんだか良く分かっていないような、けれども何度かぱちりと瞬きをしていた。それから夏ノ宮はゆっくりといつもとは違う色気の含んだ表情を見せる。
そうして潤んだ瞳でこっちを見ながらこう言った。
「……ねぇ、たつたつ。本当にえっちしないの?」
その一言で体が固まってしまった。……何を言っているんだ、夏ノ宮は。ただふざけているのだろうか、しかしその瞳からはふざけている感じはしない。
どうすればいいのか分からない。夏ノ宮の気持ちも、自分の気持ちも分からない。
そして、夏ノ宮は覚悟したように目を閉じた。
頭の中が混乱した。えっ、これって、そういうことなのか? これってこういうタイミングでなっちゃうのか? でも何も準備なんてしてないし? いや、あればいいってわけではないけど。
自分にツッコんでしまうくらいに、過去最大レベルでパニックになっている。
そこへ、後ろから気配がして、何かが投げ込まれる。とっさに手でキャッチする。
『人生幸せ設計! うすーい、すいすい! 6個入り』
それはさっき横の部屋で大の字に寝ていたはずの燦さんで、右手の人差し指と中指を合わせて彼女の右目の斜め前ぐらいで振るようなジェスチャーをした。
『Good Luck!』
そうしてこちらを満足そうに見ている。そんな状況のなか、やっと体が動いた。
「何、格好良くポーズ決めて、何てもの渡しとんじゃ、このアホー!!!」
ビッコッォォォォォン!!!!
投擲したハンマーが燦さんの顔面に直撃した。そして、そのまま彼女は本当にK.O.され大の字に倒れた。
危なかった。燦さんのあのしょうもない動きが無かったら、自分が何をしていたか分からない。少し冷静になった上で、夏ノ宮の方を見た。
「……zzz。……zzz」
綺麗な寝息を立てていた。
……そんなオチだとは分かっていたけれど、何か寂しいようなでもこれで良かったような何とも言えない気持ちになった。
それから二人を風邪をひかないように布団をきちんとかけた。
最後の流れのせいで眠気が飛んで行っていまったため、空き缶片づけと部屋の整理をした。それらが全部終わる事には2時になっていた。
丁度、丑三つ時。
流石に眠たくなってきたので、リビングで寝ようと思ったら、携帯が震えた。こんな時間になにかと思ってメッセージアプリを開いた。
そこには登録した記憶のない相手"しるば"なる人から一行メッセージが来ていた。
『浮気は男の甲斐性ですもんね』
恐怖のあまり気絶した。
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