第14話 はじめての二人『大丈夫だから思いっ切りお願い』


 ここは他の誰もいない二人だけの世界。



「あっ、痛っ」


 夏ノ宮はこらえるように小さく声をあげた。


「悪い、大丈夫か。あんまり上手くなくて」


「……ううん、全然平気だよ。だからそのままでいいよ」


 夏ノ宮から『大丈夫だから思いっ切りお願い』と言われていたので、ついつい力を込め過ぎてしまったようだ。しかし、痛そうにしている夏ノ宮を見てしまい、今からはもう少し優しめにすることにした。


 いくら初めてだとはいえ、できるだけ上手くやりたいと思うのが男心である。だが、やはり慣れていないから上手くいかない。


 そうやって苦戦しながらも何回か往復する。初めのうちは慣れなかったそれも、続けていくうちに段々とリズムが分かってきた。それはこちらだけではなく、夏ノ宮も何かを掴んできたようだ。


 二人の息が合うようにつれて、それは早くなっていく。


 この気持ちの良さをなんと表現すればいいのかは分からない。ただ他の事を忘れて頭を空っぽにできることだけは確かだった。


 夏ノ宮から誘われた時はビックリしたが、その誘いに乗って良かったと今は思える。


「ね、ねぇ、たつたつ。私、そろそろ……」


 こちらを見ながら夏ノ宮が言った。


「ああ、俺もそろそろ……」


 恐らく同じ気持ちのはずだ。ただ、できればお互いが一緒のタイミングが良い。


 そうして、我慢しきれなくなった夏ノ宮は言う。












「あー、もう手が限界だから、ラスト一球! 全力投球で!」









 その掛け声とともに今日"初めて"使った硬球をしっかり握り全力で夏ノ宮のグローブめがけて投げた。


 もちろん今二人でしているのは"キャッチボール"だ。



「痛ったー---!」


 夏ノ宮の大きな叫び声と共にグローブからは大きなジャストフィットした音が聞こえた。


 ここは、ナイター付きのキャッチボールができる小さな小学校のグラウンド。誰もいないこの場所で夏ノ宮とキャッチボールをしている。


 なぜ焼肉屋に居た二人がここにいるのかと言うと、あの夏ノ宮のセリフが発端だ。






『も、もしももしも、たつたつが家に帰るのが嫌だったら、今日はうちに泊まる?』



 焼肉屋で夏ノ宮がこちらが置かれている現状を聞いて、一時的にでも救い出してくれる優しい提案をしてくれた。


 恐らく大抵の男子であればこんなことを言われたら『コイツ、俺に気があるんじゃないか』と思うだろう。しかも彼氏もいないこんな可愛い子から言われれば、鼻息荒くだらしない面を晒してしまうこと間違い無しだ。


 ちなみに、自分もしっかりとその大抵の男子の一人なので『まじか、コイツ、俺に気があるんじゃないか』と思ったし、間抜け面を晒した。


 だが、最後まで話を聞くとその妄想は砕かれた。


 どうも3日前から夏ノ宮の姉が彼女のアパートに泊まっているらしく、毎晩心霊動画を強制的に見せられて色々な意味で眠れない夜を過ごしているとのこと。


 それが続いて流石に夏ノ宮は寝不足になっているらしい。とうとう我慢の限界だったのか、彼女は姉にとある提案した。




「友達を呼ぶからその子と一緒に見させて欲しい!」




 なんと可愛い反抗だろうか。そもそも姉を部屋から追い出すか無理やりにでも見なければいいのに、それをしない夏ノ宮は本当に良い奴だなと関係のない事を思った。


 ただ、大学の仲の良い女友達に怖い思いをさせるのは気が引けるし、誰これ構わずは頼みたくなかったらしい。そこで偶然それなりに面倒事を頼めそうな相手、つまり自分を見つかったので誘ったという所だろう。


 まぁ、今更怖い映像を見た所で、昨日出会った真の恐怖に比べればなんともないだろう。それに焼肉の友を見捨てる訳にはいかない。


 二つ返事で快諾した。むしろこちらからお願いした。それを聞いて、本当に嬉しそうな顔をした夏ノ宮を見れただけでも大満足だった。


 そうと決まれば早速夏ノ宮の家に行こうかと思ったが、寝間着をどうするか迷った。素直に相談すると、どうも彼女の父が一回だけ使ったパジャマがあるそうで、綺麗に洗濯済みらしいのでそれをありがたく借りることにした。


 そうして『この肉』から歩いて15分程の場所にある夏ノ宮のアパートについた。その頃にはすでに日が暮れていた。



 初めて入る夏ノ宮の部屋。


 なんだかいい匂いがする。……変態か。


 部屋は綺麗に整理整頓されている1LDK。普段のイメージから部屋もガーリー系かと思いきやシックな感じにまとめられている。ただ、ワンポイントで可愛い小物があったりと女の子らしさも表れていた。


「はいはい、遠慮せずに入ってくつろいでね」


 洗面所で手洗いをしていると夏ノ宮からそう声をかけられた。


 遠慮無くリビングのカーペットに座ってみた。やはり、なんか緊張する。すぐにお茶を夏ノ宮が持ってきてくれた。気配力に脱帽する。


「ごめんごめん、おねーちゃんが荷物をいっぱい床に広げてて、散らかってて恥ずかしい」


 夏ノ宮は少し恥ずかしそうにそう言った。




 なんだろう、ここは天国かな。そして、夏ノ宮は天使かな。




 あまりにも素敵な夢過ぎて、ドッキリを疑ってしまうほどだった。


 気持ちを落ち着かせるためにもこの発端となった原因である夏ノ宮の姉について聞いた。どうもその噂の夏ノ宮の姉はどこかに出掛けているらしくまだしばらく帰ってこないらしい。



 夏ノ宮の部屋で夏ノ宮と二人きり。


 最初は少し話をしていたけど、出されたお茶を飲んで少しゆっくりと会話が止まった。……しかし、この沈黙は嫌いじゃないタイプの沈黙であった。


 優しい空気が流れていた。


 どれくらい経っただろうか。夏ノ宮は何かを切り出そうとこっちをしっかりと見つめた気がした時、丁度ソレを見つけた。


「キャッチボールなんてするの?」


「へ? あ、そのグローブとボール? ううん、全然しないよ。おねーちゃんが久しぶりにやりたいって言って買ってきたんだよ」


「へぇー」


 明らかに新品のグローブ2つとボールと硬球。なんとなくそれを見ていたらなんだかキャッチボールがしたくなった。


 ……断じて女の子と二人でいると緊張してしまうからではない。


 そこから夏ノ宮を半ば無理矢理誘って、近くの小学校のグラウンドでキャッチボールをした。


 食後の運動に丁度良かった。


 程よく腹ごなしをした後に、夏ノ宮の部屋へ戻る。すると部屋の明かりがついているのが見えた。


「良かった良かった。おねーちゃんが帰ってきたみたいだね」


 部屋の扉を手際よく開けて夏ノ宮が部屋に入り、少し遠慮がちに続けて入る。


 扉が開く音が聞こえたのか、夏ノ宮の姉が奥のリビングからこちらに声をかけてくる。


「おっかえりー! あれ、お友達もいるの?」


 それに夏ノ宮がリビングに入りながら答える。


「ただいま、うんうん、今日はともだちを……、っておねーちゃん!!!」


 急に大声を出す夏ノ宮。








 部屋には、上下燃えるような赤色の刺繡が細かく入った下着をつけたボン・キュッ・ボンなお体をしている超絶美人がいた。



「こんにちはー、友達くん! 向日葵の姉の燦(さん)だよ。よろしくー!」


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