第11話 最近は雑誌の付録としてついてくるヤツ

 その正体不明X、もとい家に訪れてきた地面に倒れているこの女の子を桜ノ宮と一緒にうちに運びベッドの上に寝かせた。簡単に調べた感じ外傷は一切なさそうで、突然のラリアットで驚いて気絶したようだ。


 さてどうしたものかと考えていると、桜ノ宮はニヤニヤしてこちらを見ている。もうどうせろくな事を考えていないと分かるので無視する。


「で、自分の部屋に意識の無い女連れ込んで何するつもりだ、童貞」


「……何も言っていないんだから、黙ってろ。というか、経緯はすべて知っているよな」


 ジト目で桜ノ宮を見る。ただ、本当に下心はないが、ついついそんなことを言われてしまい、自分のベッドで寝ている女の子の方へ視線が移ってしまった。


 非常に整っている顔をしている。顔立ちが日本以外の血も混ざっていそうにも見える。きめの細かい肌であどけなさの中にある色気。



 すると、その子の目が急にパチっと開いた。良かった生きてた。一応、脈は測って呼吸していることは確認していたが、目を覚まさないかと思っていたので安心した。


 そんな彼女はどうも自分がどのような状況かわからず、見たこともない部屋とベッドで寝ている自分を何度か交互に見比べていた。流石に戸惑っているし、こちらも罪悪感からできるだけ優しく声をかける。


「あの、大丈夫ですか。お怪我はありませんか。そこの野生児が暴れてしまったせいで、驚かせてしまったみたいで、すみません」


 野生児が、"私のせいにするんか、童貞!"と睨んできているが一旦は置いておく。


「……いえ、達也さん。お気になさらないでください。私の方こそお急ぎだった所に声をかけてしまったみたいで、すみませんでした」


 ぺこりと頭を下げる彼女。


 日本語が喋れるし、とても丁寧な言葉遣いだ。やはり彼女は人間のようだ。……この用意しておいた塩はこっそりと台所に戻すことに決めた。


「なあ、アンタ。名前は?」


 十中八九、まずはお前が名乗れと言われそうな問いかけ方でその女の子に名前を聞いた野生児。だが、質問自体はいい。こちらとしてもこの子の事を知りたい。


「私は、銀ノ宮 雫(ぎんのみや しずく)と申します」


 ……相手の名前を聞いても全く縁故が無い名前だった。


「それじゃ、アンタさぁ」


 名前を聞いたのに名前で呼ばないこの野生児を手なずける方法はないのか。というか、自分は名乗らないんだと、違うことに意識が飛んでいた。


 そんな時の質問だった。







「なんで達也の名前知ってんだ?」







 名前。……確かに、最初に問いかけた時に、名前を呼んで答えていた。……なぜ知っているんだ?


 銀ノ宮は、さも当然のように答える。


「はい? それは、お慕いしている方の名前を知っているのは当然のことでは?」


 変な空気が流れる。銀ノ宮が言っていることが正しければ、それはつまり。


「え、お前、この童貞のこと好きなの?」


 桜ノ宮が俺の事を指さしながらそう言った。おい、人に指を指しちゃいけないって教わってこなかったのか。というか童貞呼びは本当にやめろ。


「はい、そうです」


 ……好意を肯定しているだけなはずなのに、変な代名詞で質問したせいで、俺が童貞であることに"はい"という返事が返ってきたような気がしてくる。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。


 桜ノ宮からの質問は続く。


「へー、なんで?」


「貴方にお話する理由はありません」


「ふーん、あっそ」


 そして、なぜかこの家の家主を置いて二人でヒートアップしていく二人。その好意的な感情についてはもう少し深堀をしたいところではあるけど、まずは本題を話したい。そのためには、話を戻さなければ。



「んー、んんっ、それで、冬ノ宮さんはなんで俺の所に訪ねてきたんだ?」


 桜ノ宮と話している時とは全然違う、優しく自然のような笑みで答える銀ノ宮。


「はい、それはこの落とし物をお渡ししようとしておりまして」


 そう言うと、銀ノ宮は白い小さめなリュックから小さいキーケースを出してきた。それは非常に見覚えのあるものだった。


「それって、俺のキーケース?」


「はい、昨日、達也さんが転倒された時に落としたものになり、本日お届けに参りました」



 ……それはつまり、彼女は落とし物を届けようとしていただけ。昨日からのこの騒動は自分の勘違いで、勝手に恥ずかしいことを脳内劇場で繰り広げていたということか。


 恥ずかしすぎる。


 自分の"アレは良くないものだ!"発言から始まり、決死の覚悟でアパートへ激突しながら入り、落とし物を届けてくれた女の子に結果的にラリアットをするよう指示を出していた。


 死にたい。これ以上恥をかく前に消え去りたい。



 ……どうにか、その場で命を無駄にすることをこらえて、キーケースを受け取った。



「そ、そうだったんだね、ありがとう。ははは。……ともあれ、色々あったけど、それじゃ無事鍵を受け取ったので今日はもう遅いし、できればお引き取り願いたいかなと」


 距離感が分からないため、言葉遣いもいまいち分からない。でも、早く帰って欲しいことは変わらない。


「あっ、もう一つだけ、お手数ですがお願いしたいことがありまして」


 そう言いながらまた冬ノ宮はリュックから何かを取り出そうとする。


「お時間は取らせませんので、どうかこちらよろしくお願いいたします」


 そう言って取り出したのは一枚の紙。そしてピンク色の可愛い付箋が何箇所か貼ってある。『ここに記載』や『ここに判子』と書いてある。


 そしてその紙は、まるで市役所で配られるような書面で、まるで入籍して夫婦になるような人たちが出すような内容の紙。




「いや、これ婚姻届じゃん」


 ピコッ!


 つい習慣で、あのハンマーで銀ノ宮の頭に一撃いれた。


「……ふふっ、これが噂の」


 何かを小さく呟いて笑う冬ノ宮。そしてそれを見て引く二人。そして体勢を整えた銀ノ宮はこちらに向かい居住まいを直して正確に告げた。






「これからぜひ結婚を前提にお付き合いお願いします。達也さん」


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