達也くんとわたしたちのアオハル事情！

第9話 サク・ラリアット！

　慌てて扉をしめて鍵をかけた。静かにという気持ちに反して、これでもかという程扉を強く閉じたので、バンッという大きな音が響いた。

　息は荒く、肩は上下に大きく揺れている。その扉のノブを持つ手は小さく震えている。そして、その震えは全然おさまらない。

　心臓がバクバク音を立てて、激しく鼓動していることがわかる。この音が体から出ていくことはないと分かりつつも、外に響いて自分の場所がバレてしまうのではないかと怯える。

　……自分にできることはただ息を殺し、アレが過ぎ去るのを祈るしかない。少しでも音を立てないように、うずくまり身体を丸め、全身使って震えを抑え込んでいた。

　すると、遠くからヒタヒタと何かがこちらに近づいてくるような音が聞こえる。

　そして、その足音はなんの迷いもなくこちらの方にゆっくりと、ただし確実に近づいてきている。

　全身の毛が逆立つ。先程とは比べられないくらい心臓が激しく痛いぐらいに鼓動している。口の中の水分はとうに乾ききり、からっからに渇いた砂漠のようだ。

　極度の緊張と恐怖から、見えるはずのない扉越しの離れた相手か見える気がする。そしてその見えない相手は、また一歩、さらに一歩と足音を大きくさせていき、この部屋の扉まで近づいてくる。

　そうして、その足音は止まった。

　この部屋の扉の前で。

　恐怖から絶叫したくなるがなんとか手で口を塞ぎ、言葉を発さないように我慢した。扉を一枚隔てた向こうからは何も音はしない。

　夢であってくれ、それと夢なら覚めてくれ。どうかお願い。その言葉だけを心の中で繰り返す。こんなに真摯に一つのことを願ったことは無かった。神を信仰するようなタイプではなかったが、この時ばかりは心から神に祈った。

　すると、その静寂がやぶられる。

　ピンポーン

　来客が来たことを告げるチャイムの音。

　普段であれば何気ない生活音の一つ。しかし今は地獄へのいざないにしか聞こえない。

　自分が本当に限界まで来ていることが分かる。ただ、こんな状況でもまだ自分は狂気に溺れていない。なんとか踏みとどまっていられる。

　それは、扉についている『鍵』のおかげだ。

　幼い頃からの教え。それは扉の開閉を司るもの。それは内なる領域と外なる領域を隔てる門番となるもの。それは外部からの侵略を防ぐ結界となるもの。

　小さい頃に教わったその言葉がなぜか今頭に浮かぶ。……その時の教えには、"困り事、日の出と共に去る"という部分もあった気がする。

　もう自分に頼れるものはそれしかない。切り札はだめだったようだ。

　部屋の時計を見ると、まだ日を跨いだばかり。まだ日の出までは時間がある。

　だが、なぜだか確信がある。如何なるものもこれを崩すことはできない。大丈夫。少しの辛抱だ。そう思うと、荒れていた呼吸がわずかに落ち着いてきた気がする。体に力が戻る。震えもおさまってきた。

　カチャン

　鍵が回り、扉が開いた。

『やっと会えた』

　そう言って部屋に入ろうとしたソレに対して、すでに観念していた。鍵がなぜ開けられたのだろうとか思ったが、科学が届かないこともあるだけだろう。遺書は用意できなかったが、あとはなるようになると目をつぶった。

　そんな時に、場の空気を読まない大きな声が聞こえた。

「サク・ラリアットオオオオォォォォォ」

　それと同時によく見知った人物がその正体不明のソレに対してラリアットを食らわせていた。

　もちろんラリアットなんかくることを想定していなかったソレは大きく半円を描きながらアパートの通路の奥へ大きく飛んでいった。

　そしてそのサク・ラリアットなるものを披露してくれたアホ、桜ノ宮撫子にツッコミを入れる。

「なんでラリアット？」

「わかってないねー、本当に困った時に頼れるのは自分の体だって学校で教わってなかったのか。あっ、それと、良いネーミングでしょ。サク・ラリアット。これは桜ノ宮の"桜"から来てて……」

　いい笑顔で説明する桜ノ宮。

　シリアスな展開を木っ端微塵に吹き飛ばす事態に至ったのには理由がある。