第5話 手間がかかるまかないを頼めるのは信頼の証
なんとか残っていた仕事が終わり店長の夏彦さんにその事を告げた。笑顔で労ってくれる夏彦さん。
「ご苦労だったな! 今日のまかないは何が食べたい?」
このお店ではバイト終わりに毎回まかないを出してくれる。お店にある弁当であれば何でも作ってくれるし、たまに新メニューのための創作弁当もだしてくれることもある。
「そうですね、チキン南蛮弁当お願いします」
「あいよ!」
一つ一つが大きくて、しっかりと秘伝の甘酢が染みている揚げた鶏肉にタルタルソースがかかっているこの店のチキン南蛮弁当。
人気メニューの一つで、今の空腹もきっと満足させてくれるだろう。早く家で食べたい。
できたお弁当を受取り、挨拶をして店を出た。今日はコンビニにも寄らず家に帰ることにした。
バイト先からアパートまでは徒歩25分。残念ながら、お弁当が少し冷めてしまうため、帰宅後に電子レンジが必要だ。
お弁当屋さんの周辺は民家も多いが、家に向かい15分ほど歩くと、民家がだいぶ減り、明かりも無い田舎道になってくる。夜だと流石に少し怖いが、今までひったくりなどは聞いたことがなかったので気にせずこの道を使っている。
まだGW前の春先なので夜は少し肌寒い。弁当を持っていない方の手はポケットに入れて暖を取っている。
ソレに気がついたのは、あと5分もしないで家に帰れる暗い道の途中だった。
白いコートを着た髪の長い人物がその場に立って空を見上げていた。暗くて顔はよく見えない。
なんでこんな所にいるんだろうと思ったが、知らない人へ声をかけることはしない。自分ができるのは、できるだけ近づかず、早足で前を通過することだけ。
足音もできるだけ響かせないように歩いて、その人物の前を通り過ぎた。
その時に、チラリと横を見たがその人物はまったくこちらを気にしないで空を見上げている。
もちろん知り合いではない。少し不可解に感じながらもそのまま歩く。
その時、足元にあった何かにつまづき思いっきり顔から地面の方へコケてしまった。幸い、手を使って顔面直撃コースは避けたが膝を思いっきり地面にぶつけてしまった。
よそ見をしていたせいだ。恥ずかしさと痛さを気合いで押し込め立ち上がり、後ろを少しだけ振り返った。
そのくらいです人物がこちらに瞳を向け、凝視している。
瞬間、体の中の何かが叫ぶ。
"アレは良くないものだ!"
身体の痛みを無視し、必死に走り出した。もう一切後ろを振り返らない。直感的に分かる。アレは危険だ。
幸いもうアパートのそばだ。アパート全体入り口用の玄関を通って左に曲がり、息を切らしつつも1階の自分の部屋まで全速力で走った。
部屋の前まで来て、植木に隠してある素早く使える予備の玄関の鍵を掴み、鍵を開けて部屋に入った。すぐさま鍵をかけると一気にその場にへたり込んだ。
今までそういうモノを視たことがなかった。ただ、祖父からそういう話を聞いたことがあった。その話の中で言われたことを思い出す。
まず、何より大事なのは近づかないこと。
走っている時はその言葉を思い出していなかったが、自分でも変な興味を持たず、一目散に逃げられた事を褒めることにした。
それから呼吸を整え、部屋の電気をつけた。普段はあまりテレビを見ないが、無音は嫌で今日は漫才の番組を流した。
全く気がついていなかったが、コケた衝撃で弁当の蓋が空き、タルタルソースが弁当からこぼれていた。
泣き言なんか言っていられないのでなんとか綺麗に弁当に戻して、電子レンジで温め直した。部屋にお弁当の美味しい匂いが広がった。
それからペットボトルのお茶を飲み、弁当を食べてテレビを見ていると気が紛れてきた。
さっきの出来事は夢だったような。見間違えのような。けれどもなんだか誰かに似ているような。
深く振り返ろうかと思ったが明日の講義もあるし、流石に今日は勉強も手につかなさそうなのでお風呂に早く入り寝ることにした。
明日、桜ノ宮に会えたら相談してみよう。
ベッドに入りながらそう考えて、スマホでweb小説を読んでいると自然と眠気がきた。その頃にはさっきの出来事が割と頭から離れていき、夢の世界に落ちた。
そのweb小説のタイトルは『一度ある事は二度XXXだ』
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