第4話 信頼? or 共犯者?
午後の講義も流れるように終わった。一緒に講義を受けていた桜ノ宮は茶道部の部活があるという事で、和室がある部活棟の方へ向かった。
一度、桜ノ宮の部活が参加するお茶会に参加したことがあるけど、彼女のお点前は本当に綺麗で素人でも見惚れてしまうほどだった。普段おおざっぱだが、一度決めたらやりきるタイプなのだろう、そういう点もとても尊敬できる。
さて、彼女を例に挙げたように、講義が終わると学生は各々のやりたいことに精を出す。部活やサークル活動。それにボランティアや他大学との交流と様々だろう。
しかしそれ以外にも多くの学生が選ぶ重要な活動がある。
生きるために生活の糧を得ること。……まぁ、バイトだ。
自分も他の学生と同様にバイトをしている。大学近くの夫婦で経営している小さいお弁当屋さん。
そこでなぜか伝票作成などのお金に関わるような仕事をしている。『達也になら大事な仕事を任せられる!』とバイトを始めて半年くらいでそう店長から言われた。それまではしゅくしゅくとお弁当に詰める総菜を作っていた。
恐らくこの信頼は、店長が奥さんに隠れてたまにキャバクラに通っているのを内緒にしていたことから得られたものだろう。……信頼ではなくて、共犯者に仕立て挙げられた気がする。
その話を桜ノ宮にすると、いくら店長が脳内ピンク色でも大事なお店をただの共犯者には預けないだろと言われた。
……普通はそうなんだけど、どうも店長を見ているとその一般常識が通じないような気がする。この店は本当に大丈夫なのだろうか。
そんなことを思っていると店の前に着いた。
「こんにちは」
「はい、達也君。いらっしゃい」
店長の奥さん、小春さんが出てきた。このお店『ニコニコ満腹弁当』の影の店長。いや、みんながそう思っているから、真の店長というところだろう。
優しい物腰でありながら、キビキビと働き、はきはきと言うことは言う肝っ玉な女性。このお弁当屋さんがしっかり続けられているのはこの人のおかげであることは間違いない。
挨拶をして裏方に入り、事務作業用の部屋でさっそく仕事をし始めた。数値を記入する紙の明細書を持って、黙々と仕事をこなす。
それから少し経った頃、声をかけられた。
「おっ! やっと来たな達也! 待ってたぞ」
大きな体でのっそりと事務部屋に入ってきた熊。もとい、店長の夏彦さん。ワイルドにひげを生やし、逞しい腕のがっちりとした男性。
最初に見た時には、現代にも生き残っている海賊か山賊かと思った。しかし、その見た目に反してすごく優しくてお父さんみたいな人だった。
ちなみに奥さんである小春さんに尻に敷かれがちである。ただ、お互いがそちらの方が上手くいくとわかっているようで、とても微笑ましい関係を築いている。将来はこういう夫婦になりたいなと密かに思っている。
その夏彦さんが、自分が来るのを待っていたらしい。急ぎの仕事だろうか。それとも出勤日の相談だろうか。
「お待たせしました。どうしたんですか?」
夏彦さんはさっきまでの顔とは全く違う深刻そうな顔をした。
「……何も言わずにこれを見てくれ」
小さい声で重々しくそう告げられ、それと一緒に夏彦さんのスマホを渡された。そのスマホの画面にはこう表示してあった。
『ご登録ありがとうございます! 会員様の個人情報と電話番号を登録させて頂きました。ご利用料金は7万3300円になります。以下にお振込みください』
「ああああ! どうしよう、達也! エロサイト見てたら、こんなん出てきた! やべぇ、払わないといけないのか!? 高すぎるだろ! 全然動画も再生されねぇし!」
ピコッ!
色々な、本当に色々な思いを込めて伝家の宝刀を夏彦さんの頭に放った。
「落ち着け! いい大人が騙されるなよ」
ツッコみ所が多すぎて何から言えば分からなかったが、本当に困っていたのでまずはこの手の振り込み詐欺について説明した。
説明を聞き終わった後、夏彦さんは憤慨していた。
「なんてふてぇ野郎なんだ、その詐欺師どもは! いつか会ったら、懲らしめてやる!」
恐らくその機会は無いだろうし、むしろ反省して二度とその手の人たちと触れ合うような事(エロサイト閲覧)をしないで欲しい。
それから、夏彦さんからいたく感謝され、やはり俺の見込んだ男と言われた。
……やっぱり、共犯者のためのような気がしてきた。が、最終的には桜ノ宮の言葉を信じることにした。いや、信じたかっただけかもしれない。
それから、店が混み始めてきて、今日も忙しい時間を過ごした。
ここ最近、相棒のハンマーが活躍し過ぎている気がする。そして思い出される相手の楽しそうな表情。
からかわれたり厄介をかけられたりすることもあるけれど、こんな騒がしい日も嫌いじゃないな。
そう思うと力が湧いて最後のひと踏ん張りができる。よしっ、と気合を入れ直し残りの仕事を片付け始めた。
この時、この後自分にどんなことが起こるかなんて一切考えもしなかった。
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