第3話 イメージを積極的に裏切る悪友

 週末の老人ホームへのボランティアが終わり、また月曜日からの講義尽くめの生活に戻った。大学二年生も中々に大変だ。


 午前中の講義を終えて昼ご飯を食べるため、食堂に向かった。うちの大学にはいくつかの食堂があるけど、自分の学部からはこの第二食堂が一番近いから基本的にはここでご飯を食べる。


 気持ち少し早めに食堂へ来れたので、人数がまだそんなに多くない。せっかくなので外の景色が見れるガラス窓側の席を確保しようと向かった。


「へいへいへい、よう兄弟! 元気してる?」


 そこへ海外ドラマのハイテンションな友人みたいな声のかけ方で挨拶してくる奴がいた。




 大学の数少ない友人であり、同学年で、悪友。

 桜ノ宮 撫子(さくらのみや なでしこ)。




 綺麗に手入れされているロングの髪は最近ラベンダーカラーに染めたようだ。目もぱっちりで健康的な肌色をしている。細かいことにはこだわらないが鋭い所をたまにつく格好良い系美人。


 スタイルも抜群で身長は173cm。ジム通いで鍛え上げた腹筋の硬さをよく自慢してくる。そのせいで一部プロフィールを覚えてしまった。


「また飽きもせず、週末はじーさん達と茶でもしばいてたのか?」


 裏表がなく素直に言ってくる性格。人によっては彼女の事を苦手な人もいるかもしれないが、自分としては話しやすい。


 しかしその性格ですこし日常で支障がある。


 彼女の名前から勝手に"お淑やかな性格の女性"と決めつけて話しかけ、それで少し会話をすると"あれ?"みたいなことをよく言う人がそれなりにいる。


 桜ノ宮の気持ちを代弁しよう。勝手なイメージを押し付けるなと。


 もちろん、普段はそんなフォローのような事は言わない。……飲み会のあの時以外は。


「老人ホームのボランティアね。案外楽しいよ」


「そんなもんかね」


「ああ、昨日なんか、仲良くなった人の孫娘をくれるって言われちゃったよ。自分の孫娘を猫か何かかと思ってんだろうか、あの人は」


 昨日の事を思い出してちょっとした小話を披露した。


「……ふーん」


 桜ノ宮にはウケなかったようだ。素っ気ない返事が返ってくる。


「それは置いといて早くご飯食べよう。せっかく早めに食堂に来れたのに席うまっちまうよ」


 桜ノ宮に言われて、少しずつ食堂が混み始めてきたのに気がついた。


「そうだな」


 外が見られるいい席を急いで確保した。



 今日は月曜日だから力をつけるかと思い、少しだけお高めのパワースタミナ丼ご飯大盛りとミニサラダを選んだ。


 豚バラと玉ねぎを生姜焼きの味付けで炒めてご飯に乗せたシンプルな料理だが、間違いないメニューだ。空腹の大学生も大満足。


 桜ノ宮はいつも通りお弁当だった。おにぎり一つとタンパク質中心のおかず。ブロッコリー、ささみ、ゆで卵。


 何かのアスリートかな、と思うお昼メニューではあるが、桜ノ宮は運動系のサークルや部活に入っていない。


 茶道部に所属している。


 これもまた変なイメージを持たれる原因の一つであるが、それで桜ノ宮を責めるのはまったくのお門違いだろう。



 ご飯を食べながら、桜ノ宮が自分を待っていた用件を言い当てた。恐らくいつものだろう。


「……で、またノートを写させて欲しいと」


「いや、流石兄弟! その通りなんだよ! ほんと、朝は本当ダメでさ」


 一限目は同じ講義を取っているはずなのに、姿を見せていなかった。なのでこんなことになるだろうなと思っていた。


 恐らくこの部分のやりとりだけを見た人がいると、彼女が適当でぐうたらだと思う人もいるだろう。……適当というか大雑把である所は否定しない。


 だが、桜ノ宮は体質的に朝は本当に体調が悪い。彼女自身も医者への相談や健康的な生活を心がけていて最近はだいぶよくなってきたが無理をしたり、お酒が入ったりすると朝は時間通りに起きれない。もしくは起きていても体が動かないようだ。


 そして"宴"と称して部屋で誰かとお話メインで飲むのが好きらしい。量は抑えてたまの楽しみを楽しんでいる。


 色々思う所はあるが、一年次からの付き合いがあり、ギブアンドテイクで助けてもらっているのもあるので、何も言わず素直にノートを渡す。


 桜ノ宮は心から感謝した表情になった。そうして自然に向かいの席からこちらの横に移動してきたかと思うと、彼女は腕を伸ばしてきてこっちの肩を抱いてきた。


「いやー、本当に毎回ありがと! 迷惑ばっかりで悪い。……って、こんな言葉だけじゃ私の感謝は伝わらないよな。どう? 胸でもサクッと揉んどく?」


 ピコッ!


 必殺のハンマーが火を吹く。


「何をアホなこと言ってんだ、痴女か」


 すると、ニヤニヤしながらこっちを見ている。


「何? 照れてんの? いやー、ほんと可愛いな」


「警備員さん、こっちです。白昼堂々と痴女が神聖なる学び舎で破廉恥な行為をしています。早く確保を」


 ジト目で彼女を見た。


「分かった。分かったって。ともあれ、ありがと。代わりと言っちゃあれだけど、もし困ったことがあれば深夜でも早朝でも連絡してくれ。ぶっ飛んで助けにいく!」


 桜ノ宮はストレートな感謝を告げてきた。本当に桜ノ宮なら飛んできそうだなとい少し笑いそうになってしまった。そういう義理や人情のようなものを大切にしているらしく、今までの行動からもその言葉はとても信用できる。


 ただ、あまり気にされても困るので、それには適当に返事をしてご飯を再開した。午後の講義もあるのだからあまりゆっくりもしていられない。


「……あっ、そうだ」


 彼女もご飯を再開して、ふと何かを思い出したように言った。





「私、経験無いから痴女なんて呼ぶな。童貞」





 再度、桜ノ宮の頭からハンマーの快音がしたことは語るまでもない。

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