第6話 いよいよ学校へ

 いくらアボが世間体を気にしても、真太のお勉強は、はかどらなかった。

 性格も翔の時を引き継いでいるのか、ある日、10分ほどで飽きて寝転がって何やら、畳の隙間に興味が湧いてきた真太の様子を見て、香奈ママは、

「ねえアボ、中学3年にしましょうよ。最近、外国育ちの子向けの転入前学習をしてくれるらしいのよ、小中学生向けに。県の教育係でやっているそうだから、一先ずそこで専門の人から教えてもらうべきかもしれないわね。素人には無理かも。こんなじゃあ」

「そうか、まあ、体格は個人差と言う事にするか」

 身長が180cm近くになっている真太を見ながら、アボは呟いた。最近人間の食べ物も沢山食べ出して、肉付きも良くなってきている。

「そろそろ、外に出して運動させないと、筋肉がまだちゃんとついていないからな。近所の人には俺の親類の子と言っておいてくれよ」

「お隣さんは窓越しに見えているらしくて、そう言っておいたけど、多分アボの子だって思っているわね」

「どうして、俺の隠し子だと思われるのは心外だな。初婚だったのに」

「仕方ないでしょ、似ているんだから」

「じゃあ、甥と言っておいてよ。初婚だったんだから」

 アボがすねているので、真太は笑ってやった。

 お隣さんが知っているなら、近所中に知れ渡っている事だろうと、アボは真太を外に出して運動させることにした。買って来てやったスニカーを見て、真太は、

「これはダサいな。何かブランドのが良いな」

 と思わず口に出した。

「そう言う事は憶えているんだな。次は自分で選びな」

「うん、履きごごちも悪いし」

「今から買いに行くか。服も」

 と言う事になり、車で一先ず買い物となった。

 店に行くと、何故か居合わせた客たちや、若い店員さんから、やけに見られている気がした。

 アボが、

「お前、見てくれが良すぎるな。俺に似て」

 等と言うので、真太は、どうやら自分が皆に気に入られているらしいと分かった。

 初めての経験である。

 考えてみれば何もかも初めての経験のはずだが、真太は前世を微妙に覚えていて、この店にも前に来たことが有り、何処に何があるかは分かっていた。

 大方買い揃えた所で、レジに行ってみると、真奈と舞羅に会った。

「あら、アボじゃないの。じゃ無かった。紅琉さんだった。あら、その子、ひょっとしてこの間の子。ずいぶん大きくなったわね」

「そりゃそうだろ。ずいぶん実感の湧く感想だねえ」

 真太が言うと、舞羅が、

「そうなの、ママ。あれはあの子」

 と言うので、

「お二人さん、実際会ったのは今日が初めてでしょ」

 と言っておいた。

「お父さん似ね、すごく」

 真奈が言うので、アボは、

「しっ、親類の子です」

 と答えたが、

「でも、そっくりよ。親子でもこうまで似ている親子は少ないわ。その設定には無理があるわね」

 真奈になおも言われても、アボは、

「しっ、近所の人が居たら困りますから」

「だから、真奈は、どう見ても親子だっていう事を言っているんだよ」

 真太ははっきり言ってやった。アボはキョロつきながら、

「もう帰るぞ、じゃあ真奈さん、これで失礼します」

 と、慌てて帰ろうとする。

 後ろから、舞羅も、

「よく似てるよー」

 としつこく言っていた。


「大声で言っていたな、おしゃべりにも困ったものだ」

 アボがまだ事実を自覚したく無いようなので、真太は、

「近所の人の評判は分からないの、アボパパの能力でさ。きっと隠し子が同居しだしたって、評判だと思うけどな、分かったら諦めなよ」

 アボは帰りながら、

「あまり、能力は使いたくないのだがな。使うとどうも、エネルギーか何かで地獄の奴に分かるらしいんだ。俺らの仲間にもわかるが」

「ふうん、じゃあ止めときなよ。使わなくても分かってる事には」

「そうか、しかし、親類の子と初めに行っているからには、それで通さないとママが嘘を言った事になるからな」

「それもそうだね。しらを切り通すんだね」

 と言う事で、この件の打ち合わせは終った。

 香奈ママが県の教育係に申し込んだので、来週から列車で県庁運営の小中学校に通う事になった。

 最初はママと行くが、後は1人で列車に乗って通う事になる。

「一人で大丈夫かしら」

 今更言った所で、どうすると言うのだ。


 当日、ママは一々、列車の乗り方を教えてくれるが、

「知っているよ、その位」

 という端から、定期券のカードを入れたあげく何故かポカンとなって、出ていけず、駅員さんのお世話になった。次は、香奈ママに促されてホームに行ったものの、どうしてそこから乗ると分かったのかが分からず、ママに質問したりした。

 どうやら県丁の在りかは常識らしい。そして、どっちから列車が来るかも、皆分かっているらしい。香奈ママは、

「しばらく、一緒に行こうかしら」

「帰り迄付き合うの」

「それはちょっと」

「帰りの方が、分からなくなりそうなんだけどな」

「あんたに帰巣本能とか無いの」

「あったら、帰り着くよね」

 試しに今日の帰りは、ママは少し離れて様子を見る事になった。取り合えず、問題は学校で上手く対処できるかであるが、今更心配してもどうしようもない。

 学校の場所は県庁ビルでは無く、都心から少し離れたビルもまばらになった所だった。木造の二階建てで、いかにも学び舎と言う雰囲気が作られていた。職員室に行き香奈ママはおそるおそる様子を窺う。何を恐れているのか、大方、真太のヘマだろう。ここでしくじる訳にはいかない。出来るだけ良い子にしたいものであるが、真太としては、どうするのが良い子なのかは分かってはいない。

「ごめん下さい、連絡していました紅琉でございます」

 柄にもなく畏まる香奈。自然と真太も良い子で居ようと思う。

「ああ、お待ちしておりました。こちらが紅琉真太さん。まあ。随分体格が良いですねえ」

 年配の女性がにっこりデスクから立ち上がった。

 つられて真太もにっこりした。

「えっと、15歳ですか。どちらに住んでいらしたの」

 きょとんと香奈ママを見る真太。それ、打ち合わせにあったかな?

「えっと、アマズンの、何処だったかしら」

 真太は何となく言う。

「リミです」

「ああ、そうだったわね」

 香奈はそう言いながら、そんなあてずっぽうで良いのか、と、顔で問うてきたが、真太としても言わない訳にはいかないだろうと思った。住んでいた所が分からないでは済まされない。

 出来れば、詳しく言えと詰問されないのを願うばかりだ。しかし話題はその辺からだろう。

「紅琉真太さん、リミはプルーの首都でしたね。どんな所ですの」

 やはり聞かれた。

「アマズン川の源流の流れ出している所です」

 真太にしてはよく言ったといえる。

「まあ、そんな所から源流が出ているのですか。大きな川です事。じゃあ、今からお勉強の予定を立てたいので、簡単なテストをして下さいね」

 社交辞令の質問で終わり、ほっとする二人。

 真太がテストを喜ぶ雰囲気になって、香奈も嬉しい限りである。今の会話のおかげで、意気揚々とテストに取り組む真太である。お蔭で良く出来たといえる。最後まで取り組むことが出来た。早く終わると、さっきの質問の続きが始まりそうだったからである。所定時間が来たと見えて、

「では、終ってくださいね。お昼時になりましたから、お食事なさっていてくださいね。突き当りが、食堂になっています。代金はいりません。授業料に入っておりますから。1時になったら戻ってきてくださいね。それから授業の計画をお話ししましょう」

 二人でほっとして食堂に行く。

「真太、良く踏ん張ったわね。いざとなったら出来るのね。ママ感心しちゃった。あの時、どうなる事かと思ったのよ」

「ふふん、やるときゃやるさ」

 此処で一言行っておきましょう。この学校は保安のため防犯カメラと、マイクが装備されております。香奈たちの会話と様子は、しっかり記録されております。先生はこの会話についてどう思われるのでしょう。

 食堂には生徒たちもやって来た。真太を物珍しそうに見ている。親が横にいるせいだろう、寄っては来ない。小中学生対象となっているが、ほとんど中学生のようだ。小さな子は何とか対応できているのかもしれない。中学生にしては、真太は大きすぎるが、高校生の歳でも中学生から始めると思われているかもしれない。周りに数人はそんな子もいる。

 時間が来て職員室に戻った二人。

 またにっこりされて、真太もにっこりする。赤ちゃんの本能でもあるのだが。

「採点は終わりました。まだあまり、日の国の言葉はお分かりではないようですね。国語を重点的に学習すれば、きっと成績も上がる事でしょうね。基本は言葉の問題の様です。明日までに教科書を用意しておきますから、明日は筆記用具を持って来てくださいね。それから、此処では教科書などは持って帰っていただきます。教科書を入れるバックを、持って来てくださいね。普通の学生カバンの大きさで良いです。ここは制服も既定のカバンなども決めていません。自由な格好で良いですから。この国に、段々なじんでいってもらえばよいですからね。始業は9時30分です。遅れないようにしましょうね。始業時間の10分前までにこの職員室に来てもらえば、担任がクラスに連れて行きます。どのクラスに入れるかも、この後決めますので、今日はこれでお帰りいただいて結構です」

 そう言われた二人は、やれやれとばかりに職員室を後にした。

「真太、一人で時間までに行けそう。多分バスの時間とかはちゃんと考えてあると思うけど」

「問題は、列車に間違いなく乗れるかどうかだな」

「ママ、駅まで送って行こうかしら」

「そうしてくれると、有難い」

 そんな会話も大声で言いながら、学校から出て行く二人である。

 職員室のにっこり微笑んでいた先生は、

「日の国育ちね。でもこの回答ではね。何かの障害があるのかしら」

 と一人呟いていた。

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