第5話 記憶

 真太はいくら寝ようと思っても、空き腹が耐えられず、目が覚めた。少し気分が良い。起きていた方が楽だなと解かりむっくり起き上がる。窓を開けると、夜風が気持ち良い。

 自然と深呼吸をしたくなってきた。

 すってぇ、はいてぇ、すってぇはいてぇ。何だか力が湧いてきた。気が付くと、背が伸びた感じがする。急いで、階下の洗面所に降りてみる。そう言えばアマズンに行った後は、風呂にも入っていない。

 鏡を見てみると、何とこれはどう見ても高校生、いやもう卒業かという感じがする。

「なるほど、早く思いつくべきだったな。深呼吸すれば沢山気が入って来るんだ。アボは薄情な奴だ。教えてくれれば良いのに」

 恨みがましく思ったが、まあそんな知恵が沸くべきなのかも知れないと思い直し、晴れて到達したようなので、これで飯が食えると意気揚々と冷蔵庫前に立ったが、今度はさっぱり食う気がしなくなっている。それより深呼吸の方が旨い感じがしてきた。外に出て、公園辺りに行って深呼吸した方が、もっと良くはないかと考え付いた。

 裏から出ようと思って、香奈ママのサンダルを履いた。実の所履物はまだ買ってくれていないし、小さいけど仕方ないと思いながらドアを開けた。しかし、後ろから腕を掴まれた。アボパパである。

「靴を買ってないのは何故か分かるか」

「そりゃあ、サイズがどんどん変わるからだろう」

「まだ外に出てはならぬ」

「どうして、公園に行って深呼吸しようと思うんだ。気分が良いもん」

「もう十分大きくなっているぞ。飯を食おうじゃないか」

「ヤダね。もう要らない。深呼吸の方が、僕に合っているのが分かったんだ」

「これ以上深呼吸すると、終いには俺より老けた感じになるぞ」

「ええっ、まさかあ」

 言われて見れば、そういう可能性も無きにしも非ずと思えてきた。そこでサンダルを脱ぎ、公園に行くのは止める事にした。足元のサンダルを見ると、デカい足で履いたため崩れてしまっている。

「あっ。ママが困るかもしれないな」

「いいさ、また買うだろう」

 アボは真太の腕を掴んだまま、キッチンに連れて行った。

「あのう、放してよ。もうお腹減っていないんだ。だから自分の部屋で寝る」

「食べたくないのか、じゃあ水でも飲んでみろ」

「要らないよ、喉は乾いていないし」

「良いから飲め。そうだ、オレンジジュースが良いだろうな。飲め」

 アボは真太が要ると言いもしないのに、コップにオレンジジュースを、並々と入れた。

「何だよう、今度はジュースの押し売りか」

 そうは言ったものの、真太は飲んでもいいかなと思い直し、ごくごく飲んだ。飲みながら、あまり欲しくなかったのを思い出した。それに何だか不味い。と言う事は、アボに飲まされているのだと分かった。

「もう欲しくない」

 そう言って、真太は部屋に行こうとすると、

「真太、もう具合は良いようだから、皆で一緒に寝よう、家族だからね」

 と、アボは何時に無くご機嫌を取るように言った。

「いいよ、もう僕は大きいんだし」

 驚いて、真太が拒否するが、

「いやいや、本当はまだ赤ちゃんなんだ。お前に前世の記憶があるから、そんな気分だろうがな。さあ、来るんだ。一緒に寝るんだ」

「いやだよ、そういう趣味は無いんだ」

「何を言い出す。何の趣味の事だ。兎に角しばらく一緒に過ごそう」

 アボに皆が寝ている所に、引きずられるようにして連れて行かれた。何だか真太は振り切れそうな気がした。だが、その必要が有るとも思えないので、付いて行くことにした。

 皆が眠っている部屋に行くと、つられたように何だか眠くなってきた。真太はアボに組み伏せられたようになって横になり、眠くなって来て、眠ってしまった。

 そんな様子を見て、香奈は、

「どうしたの」

「側に置いておかなくてはならない。ほら、ヒヨコが初めて見た物を、親と思う事を何と言ったかな」

「すりこみ現象だったかな」

「そうそう、その時期が過ぎそうな気がしたんだ」

「その時期が過ぎたらどうなるの」

「俺たちを親と思わなくなってしまう。そしてどこかに出て行ったきりだな。さっき裏から出て行こうとしていた。行かせてしまったら、戻ってこない所だった。ぞっとしたよ」

「何だか難しいわね。あたしに育てられるかしら。前世の記憶があるんでしょ。翔の時の」

「うん、でも大丈夫だよ。翔の時だって、良い子だったじゃあないか」

 真太は話し声で目を覚ました。

『すりこみか。アボの心配は杞憂では無いな。どうも、二人とも親のような気がしない。親のような気はしないけど、香奈姉ちゃんだし、アボはアボだし』

 そんな取り留めのない事を考えながら、真太はまた眠った。

 次の朝からは、アボと香奈姉ちゃんは翔こと真太をあきれるくらい構いだした。千佳ちゃんの保育園の課題らしきものを出してきて、お勉強だ」と言うが、こっちは前世の記憶があるのにと思った真太は嫌がるが、二人で張り付きお勉強させたがる。仕方なく真太は付き合う事にして、内容を見てみると、さっぱり書いてある事が分からなくなっていた。アマズンの龍神達の言う事は分かったのにと思い、不思議だった。

「字を全く覚えていない」

 仕方なく真太は白状した。

 香奈はそれ見た事かと、ほくそ笑み、それからは文字のお勉強となった。

 今日はどうやら午前中で終わったらしい、千佳由佳が帰って来て、真太のお勉強の様子を見て、

「まだ赤ちゃんなのに、お勉強させるの」

 と、味方になってくれた。香奈ママは、

「見てくれは高校生なんだから、高校に行かせなきゃならないのよ」

 と、言い出した。

「げっ、それは無理と思うな。中学になった所で止めておくべきじゃ無かったか」

 真太は言い返すと、アボが、

「体力が無くてはならない。中学生ぐらいでは一人では外に行けぬぞ」

 いつもの意見を言った。

「そんなこと言って、誰が襲って来るんだ」

 真太の疑問に、香奈は呆れた。

「あんた、忘れているの。一体何を覚えていて、何を忘れているのかしら。不思議ね」

 千佳が教えてくれた。

「地獄の怪獣よ」

「そうだったね。ちょっと忘れかかっていた。心配しないで、香奈ママ、思い出したから。でも時々質問した方が良いな。前の事は。忘れそうになるから」

 アボが聞いた。

「紅軍団の奥義はどうだ」

「・・・なんだっけ」

 千佳がヒントを出す。

「チャンバラ出来る」

「ああ、あれね。刀ある?」

 アボが、

「千佳ちゃん、この前買ったおもちゃの刀貸してくれないか」

 と言う事で、ちっちゃなおもちゃの刀ではあるが、真太に奥義ってやつが出来るか、検証となった。

「ええっとう、どうやっていたかな」

 真太は適当に刀を振ってみた。ブンッとおもちゃの刀は崩壊し、プラスチックの刃は、襖に突き刺さっていた。

「きゃあ、危ない。本気だすなら、そう言ってよ」

 香奈ママに言われたが、そういう事で持たされたんじゃあなかったのか。良く分からない真太である。アボは、

「まあまあ、だな。忘れてはいないようだ」

 という感想である。

「自分の名が書けるようになったら、高校に行かせようか。ぶらぶらさせていては世間体が悪いからな」

 とアボが言うので、今度は名前の練習となった。しかし真太は、

「でも、こんなで高校に行けるかな。一応試験とかあるんじゃないかな」

「試験は俺がテレパシーで教えてやろう」

「カンニングか」

 アボに、

「カンニングの事は、覚えているようだな」

 と言われた。


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