第2話 生まれ変わり
真鍋香奈、翔の二番目の姉である。今日、紅琉 新(こうりゅう あらた)と再婚した。
今は亡き弟桂木翔の提案で、龍神アボは無くなった紅の新しきせせらぎの尊の人間としての書類あれこれをいただき、晴れて夫婦となれた。
役所に届けだけ出すことにした。最近不幸事だらけで、それに香奈は再婚だし、アボは初婚と書類上は成っているが、結婚式とかに興味は無いそうだ。第一誰を呼ぶというのか、アバ?まさかね。
「何だかあたし達だけ幸せになっちゃった」
香奈が呟くとアボは、
「香奈は幸せになるべき人だよ」
と優しくささやき、抱き寄せた。両側には千佳と由佳が爆睡している。役所の帰り、遊園地に行って、遊ばせておいた。皆で寝る事になるし、第一、夜は特に目を離す気にはなれない。
香奈の結界を作る能力は衰えることは無いようだが、それでも不安は拭えない。
あの翔でさえ殺されてしまった。あの日、翔が見送ってくれた後、家に着いて一息する間もなく、真奈から電話があった。ママからよく分からない電話があったから、すぐ家に翔を見に行ってくれと言われた。翔が倒れて動かないと。
するとアボは暗い目をして、首を振ったのだった。
「私たち龍神は、霊魂になっていようが人間に手出しは出来ない。すまない」
翔は、地獄に落ちた人間に殺されたそうだった。こうなると、人間には香奈の結界能力しか手立てはないと言う事である。と言う事で、香奈は桂木家ゆかりの一家に結界を張った。張ったつもりでいる。実際の効き目は強いか、弱いか香奈自身にも分からない。
結婚前、アボはシンの財産を調べてみると、何だか物凄い金額だったそうで、こんなにもらう訳にはいかないと言い出したけれど、返す相手が居ないのだからと、桂木一家で説得した。
表向きは投資家と言う事にして、家で千佳と由佳の遊び相手兼、魔物相手の護衛である。香奈は、働く必要は無いくらいだぞとアボに言われていたが、じっとしている性格では無く、又デパートにパートに行く事にした。時間と、日にちはかなり少なくしたが。
結婚休暇も終わり機嫌よく仕事に行く支度を始めた香奈。初日は午後からにした。遅刻して同僚からからかわれたくはない。ところがそろそろ出かけようと、早めの昼食を終え立ち上がると、急に吐き気を覚えた。胃腸には自信のある香奈にしては、珍しい現象である。
トイレに駆け込みながら、思った。こういうのは経験上、二回ほどある。妊娠である。だけど早すぎる。首をかしげながらトイレから出ようとするが、又引き返すことになる。トイレに籠ったまま、仕方なく。
「千佳ちゃん、スマホ持って来てー」
とても勤務どころでは無い。
「もしもし主任、真鍋ですが。おぇー、今日は急に気分が悪くなってきて、うぐうー。すみません休ませてください」
「あらあら、つわりなの。お幸せそうで。ようございますわよ。そんな気がしたのよね、アツアツなんでしょ。年がいってからの妊娠は用心した方が良いわよ。なんせ年だから、無理しないで。あてにしてないから。それに、仕事しなくてもいい御身分じゃあないの。新しい方、投資家なんでしょ。お大事に」
色々言われたが、違います、まだ早いと言い返す胃袋の状態では無く、黙って電話を切った。休むと言ってしまえばすっきりして、元気を取り戻した香奈、首をかしげる。だがアボは、
「子供が出来ているみたいだね。私たちは子供は育つのが早いんだよ。人間と違って。昔は霊獣の世界には敵が多くて、自然と妊娠期間は短く子も直ぐに成長する。そして自分で逃げる術を身に着ける。親が教えていなくてもね。日の国の龍神の事は知らないが、アマズンでは、そういう生き物なんだ。人間界では不自然に見えるだろうな。生まれたら直ぐ大きくなるぞ。困ったな。とてもお前が生んだとは思われない大きさになる。親類の子と言うしかないだろう」
「何ですって、どうなるって?」
「多分、今から産婦人科に予約した方が良くは無いかな。家で生みたくなかったら。今日産んだら、直ぐ明日の朝、退院して家に連れ帰らないとまずいぞ。世間の気を吸収して大きくなる。そういう能力をもう身に着けているようだな。見た感じ。ある程度大きくなったら、人間の成長と変わらなくなると思うけど」
「今日産んじゃうって、デパートの人にはどう言えばいいの」
「妊娠じゃあなかったって言うしかないな。大きくなった子は親類の子と言うしかない。多分、外には当分出せないけどね。逃げ足以外は、利巧じゃあないからね、生まれたばかりなんだから、デカいけど手はかかるよ。俺が子守するしかないな」
アボが色々説明する間も、香奈のお腹は見る見る大きくなった。千佳や由佳は、
「わあ、赤ちゃん出来てるねえ」
と喜ぶが、この事は口止めするしかない。アボは、
「何処の産婦人科にすればいい?」
と聞くので、仕方なく千佳や由佳を産んだ所にした。顔見知りなので何とかしてもらおう。
しかし、アボは電話で事も無く帝王切開の予約までした。何か技を使ったと思った。
「ちゃんと、医学的な事してもらえるわよね」
心配になると、アボは
『今のは事務の人だよ』
と憤慨気味だ。それもそうだろうと、
「ごめん何だか具合悪くて」
と誤魔化し、ベッドに倒れこむことにした。
アボと子供たちは、そおっと掛け布団をかけお世話してくれるのだった。
夕方にはすっかり臨月である。
車庫にアボに抱かれて行きながら、香奈は近所の人に誰にも会わない事を願った。
幸い誰にも会わず、子供達も連れて行きつけの産婦人科へ直行である。
やはり、アボに何か術を使われていると思う。臨月迄診察に行かなかった事について誰も何も言わず、やる事だけやってくれる。帝王切開で無事かわいい男の子が出てきた。しかしその子は生まれて直ぐ、産声の代わりに、
「姉ちゃん、ひっさしぶりな。今日で何日になる?俺が死んでから」
と言った。その為、看護師さんが赤ちゃんを落としてしまったので、アボはすかさず拾って、
「家に連れて帰った方が良さそうだね」
と言って連れ帰ろうとするが、誰も止めなかった。
千佳と由佳も付いて帰るつもりのようだ。ほっとする香奈である。後ろ姿に、
「自分で帰るから、迎えに来なくていいわよ」
と言っておいた。アボは振り向いてにこっと笑った。
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