第19話 二人きりになりたいの

 「……うーん、腹減ったな……キャロに飯作って貰うか……って、宿屋じゃなかったの忘れてた……用意してくれ……るよな流石に?」


 目を擦りながら俺は、いつもより高級なベッドから出て軽く身体を伸ばす。

 一体今が何時なのかは分からないが、恐らく朝ではなく既に昼であることは分かっている。


 完全な日の出とは言わないが、何も持たずに歩けるくらい外が明るくなるまで、俺とアザレンカは広大な農園の畑の見回りをやり切ったからな。


 やり切った上での感想だが、この農園の夜勤で働いている人達は本当に凄いと思う。

 もうね、途中から睡魔との戦いですよ。

 最初はアザレンカと色々喋りながらやっていたけど、突然襲ってくるんだよ……睡魔って奴は。


 そんで、頭が回らなくなって……話が盛り上がらなくなって……更に眠くなる。

 負のループだよ、これ。


 「……いつまでこの生活続くんだ?」


 不安を抱いて呟きながら、部屋のドアを開けて廊下へと出てメイドさんを探す。

 アザレンカは、起きているのだろうか。

 起きていないは……いや、食い意地が張ってるから、高い食べ物が食えるかもしれないという、あわよくばの精神で起きているかも。


 と、大分失礼なことを考えている時だった。


 「プライス!」


 聞き覚えのある声が、俺の名前を呼ぶ。

 こちとら起きたばっかりだぞ……頭に響くから辞めろよと思いながら、声の主の方へ振り向く。

 

 すると、そこには。

 俺と同い年の銀髪碧眼の王女様。

 

 イーグリット王国第二王女、ダリア・イーグリットが、腕組みしながら立っていた。


 「おいおい、早くねーか? 園長の話だと近い内に視察で来るって感じだったのに」

 「……貴方達がこの農園にいると聞いたの。だから、園長に頼んで視察を前倒しにしたのよ」

 「へー、なんでまた? あ、もしかしてホワイトウルフの大量出現の話を……」

 「違うわ」

 「…………」


 ヤバいな。

 凄い怒ってるぞ。

 また俺かアザレンカのどちらかがやらかしたのか……って、いや? 逆に、この数ヶ月間何もやっていなかったから怒っているのか?

 確かに、ブラックウルフとホワイトウルフ討伐ぐらいしか目立ったことやっていないし。


 しかし、俺の予想はどちらも外れだった。


 「……ここに来れば、貴方た……いいえ、プライス。貴方と会えると思ったからよ」

 「……え?」

 「ちょっと、外で話さない?」

 「あっ、ああ……じゃあ……」

 「アザレンカなら、まだ寝てるわ。朝まで見回りをしていたのでしょう? 起こしたら可哀想だから、寝かせておいてあげなさい。……それに、二人きりで話をしたいの」

 「お、おう……」


 ダリアの急な誘いに俺は戸惑う。

 なんだよ、二人きりで話したいって。

 あれか? とうとう結婚相手が決まったの……とか言われんのか?

 

 「とりあえず……ね? 外出ましょ? ここじゃ、人に聞かれるから……そうね、森でも久し振りに歩きましょ?」

 「おいおい……聞いてるとは思うが、ラウンドフォレスト含め、ここら辺はホワイトウルフが出現しているんだぞ?」


 流石に、今の状況で森を二人で散歩するというダリアの提案は受け入れられない。

 しかもダリアの格好……高そうな上に、機能性には優れていなさそうなドレスじゃねえかよ。

 せめて、アザレンカを起こして三人で散歩することに……。

 と、提案しようとしたのだが。


 「いいから! 黙って、二人きりになりなさい! 王都に戻った時、貴方の親に言いつけるわよ! プライスが、私の言うことを全く聞かないって!」

 「!?」

 「親だけじゃないわ! セリーナとエリーナにも言いつけるわよ!?」

 「あー! あー! それは辞めて! 本当に辞めてくれ! いや、辞めて下さい! ただでさえ、厄介事押し付けようとしたのを失敗した挙げ句、心までへし折られたばっかなのに! もう、行くから! 行こう! だから、そんな恐ろしいことを口にするのは辞めてくれ!」

 「ふんっ……最初からそう言えば良いのよっ」


 顔を膨れさせながら、ダリアは外へと向かう。

 仕方ない、前言撤回だ。

 ダリアに怪我でもさせたらマズいと思って断ったが、第二王女であるダリアの言うことを聞かないなんて、家族に言いつけられたら、王都に呼び出されて、お前はいつからそんなに偉くなったんだ? ってネチネチ説教されるに決まってる!


 ただの地獄じゃねえかよ! そんなの!


 もうね、それだけは本当に回避したい。

 ダリアの着ているドレスが、汚れようが破れようが……絶対口には出来ないけど、最悪もうダリアが怪我したっていい!

 その時は俺が持つ全魔力のヒールできっちり治します!

 だから、家族アイツらからの説教は嫌だ!

 よーし、覚悟を決めたぞ……。

 自分を奮い立たせるように頷きながら、ダリアの後をついていく。


 「ダリア様? どちらへ?」

 「ちょっと近くをプライスと散歩よ」

 「あらあら……まあまあ……それはそれは……良かったですねえ?」

 「……何をニヤニヤしているの?」

 「いえいえ……プライス様、ダリア様をよろし……プライス様?」

 「……説教は嫌だ……王都に帰るのは嫌だ……説教は嫌だ……王都に帰るのは嫌だ……」


 後から聞いた話だが、俺達二人を冷やかそうとしていたメイドさん曰く、とても二人きりで散歩に行くとは思えないほどの表情を俺は浮かべていたらしい。

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