第2話 先代勇者と聖剣が選んだのは俺

 「……大丈夫か?」

 「大丈夫じゃないよ……キツイよ」


 アザレンカは、夕食を食べ終わった後も俯いたままだった。

 普通に食欲はあるみたいだから、美味いものでも食えば元気になると思ったが、まあ……そんなわけがないか。


 「アハッ……プライスに勇者代わってもらったら? か……ぜひともそうしたいよ……ねえ? プライス? 街のみんなもそう思っているみたいだから、僕の代わりに勇者になって?」

 「おいおい……」


 ようやく顔を上げてくれたかと思ったら、アザレンカはヘラヘラと笑いながら、ヤケクソになっていた。

 全く目が笑っていないのと、大分無茶なお願いをしているのが、何よりの証拠だろう。


 「食堂に誰もいないからって、そんな冗談を言わないでくれるか? というか、キャロ辺りに聞かれたらどうするんだ?」

 「……別に良いよ。だって僕、聖剣抜けないんだもん。それに、重いからもう持ちたくないよ」

 「おいおい……雑に置くな」

 「ちょっと、顔でも洗ってくる」


 アザレンカは不貞腐れながら、聖剣を乱雑にテーブルの上へ置いた後、椅子から立ち上がり、食堂を出て行った。


 聖剣。


 勇者のみが扱えると言われている剣だ。

 各国に一本あるかどうか……のレベルで、なんなら聖剣を保有していない国の方が多い。


 勇者の強さも、他国との外交において重要視されるが、その国が聖剣を持っているのかも重要視される。


 何しろ、聖剣が一本あれば、聖剣を扱う勇者の技量次第では、国を滅ぼすことが出来るという代物だからな。


 アザレンカが今、テーブルに雑に置いた聖剣は、偉大なるイーグリット王国の先代勇者だったアザレンカの祖父、マルク・アザレンカが使用していた物だ。


 翼が刻印された柄に、赤色に光る鞘。

 間違いなく、イーグリットが保有する聖剣だ。


 だからこそ、先代勇者の孫であるアザレンカが聖剣を抜けないというのが、腑に落ちない。


 でも、ずっとアザレンカのそばにいたけど、一回もアザレンカが聖剣を鞘から抜いた所を見たこと無いんだよなあ……。


 それに、イーグリットの保有の聖剣……通称、火の聖剣って普通の片手剣程度のサイズなのに、アザレンカはずっと重たいと言って、誰もいない所では、いつも俺に聖剣を持たせていた。


 騎士の中でも、屈強な男が使う大剣を振り回すぐらいの力もあるアザレンカが、何故この片手剣程度のサイズしかない聖剣を、重たいと言うんだろう?


 不思議でしょうがない。


 「……うん、やっぱりだ。俺は重く感じない」


 周りに誰もいないので、いつも通り聖剣を持つが、やはりアザレンカのように俺は重いと感じない。


 ……本当にこれ、火の聖剣なのか?


 そもそも、疑問だったんだよな。

 勇者以外が触ると、この聖剣に宿る聖なる炎の力で火傷するはずなんだが、俺が触っても何ともないし……それに、先代勇者の孫であるアザレンカが抜けないなんて……錆びた剣じゃないんだからさ。


 ……実は、本当に錆びてるただの使えない剣だったりして。

 まあ……そうだったら、アザレンカがこの剣重いから持ってなんて言うはず無いけどな。


 なーんて……そんなことあるわけが……と、軽い気持ちで、柄を握って抜こうとする。


 はいはい……抜けませ……ん……えっ?


 「……抜けたんだけど。えっ? 抜けたんだけど!?」


 驚くしか無かった。

 勇者であるアザレンカが、ずっと抜けなかったのに、何故か俺が抜いてしまったのだから。

 それと同時に声が聞こえてくる。


 (やっと抜いたか……新たな勇者よ。我は、愚かな者どもを焼き尽くす火の聖剣だ)


 ……先代勇者から聞いたことあるぞ。

 聖剣は勇者にだけ、話しかけてくるって。

 というかその前にだ。

 新しい勇者ってなんだよ。

 勇者はアザレンカだろ。


 (……先代の勇者マルク・アザレンカは、孫であるあの小娘を次の勇者になど選んではいない。奴は、最期……お前を次の勇者に指名したのだ。そして、それはあの小娘も知っている)


 ……先代勇者が、俺を次の勇者に指名したことをアザレンカも知っている?

 いやいや、おかしい。

 そもそも、何故先代勇者が俺を次の勇者に指名したんだ?


 (先代の勇者が、お前の実力を高く評価していたのはもちろんだが……一番は、我がお前を選んだのだ。ありがたく思え)


 ……いや、確かに先代勇者とは面識あるし、よく褒められてはいたけど……何故先代勇者は、アザレンカじゃなく俺を指名した? そんな話、先代勇者からもアザレンカからも聞いたこともないぞ?


 (……何故かはじきに分かる。我はお前に力を与えるだけだ。詳しいことが知りたければ、小娘に聞くんだな。では、さらばだ)


 は……? おい!

 ……ダメだ、聞こえなくなった。


 「……ようやく抜いたんだね、プライス。いやー長かったなあ……プライスが抜くまで、街の人には散々な言われようだったから、辛くて本当に泣いちゃったよ……特に今日は」


 聖剣の声が聞こえなくなって、戸惑っている俺に、顔を洗って戻って来たアザレンカが声を掛けてきた。


 「アザレンカ……これは一体……」

 「……部屋で話すよ。ごめんね? ずっと黙っていて? ……あと、キャロがこっちに来そうだから、鞘に収めて」

 「……分かった」


 とりあえず、こんな所をキャロに見られたら、当然まずいので、アザレンカの言う通り聖剣を鞘に収め、俺達の泊まる部屋へと戻ることにした。

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