聖剣に選ばれて勇者にさせられたけど、必要とされていないので仕えません!

石藤 真悟

第一章 王都から逃げた名家の長男と聖剣の使えない女勇者

第1話 嫌味を言われる女勇者

 宿屋の食堂は、席の半分ぐらいがこの宿に宿泊している冒険者で埋まっていた。


 俺はガヤガヤと騒いでいる冒険者達を横目に、テーブルを挟んで向かい側に、俯いて椅子に座っている赤い鎧を着た水色の髪の女性を見て、頭を抱えながら、はぁ……と深いため息を吐く。


 彼女の名前は、アレックス・アザレンカ。


 俺達が生まれ育った、イーグリット王国の新たな勇者だ。


 古くから勇者とは、人間の敵である魔王という存在を討伐するのが定石なのだが、幸せなことに魔王は、数百年前の勇者が倒して以来、復活していないし、新たなる魔王も出てきていない。


 ……しかし、魔王だけが敵じゃない。


 害獣や害虫とされているモンスターは、街を外れればうじゃうじゃいるし、残念なことに海賊や盗賊を始めとした、凶悪な犯罪者もいる。

 そういった国民の害となる存在を排除するのも勇者の役目だ。


 それに、勇者の強さは他国との外交でも、重要視される。


 今のイーグリットが平和なのも、先代のイーグリットの勇者が他国の勇者に比べて強く、何より他国でも功績を挙げていたので、ネームバリューが大きいからだ。


 王が年齢を重ねている国では未だに先代のイーグリットの勇者は英雄とまで称賛されているぐらいだからな。


 しかし、目の前にいる現在の勇者……アザレンカは、お世辞にも勇者とは呼べない存在だ。


 正直アザレンカが、もしも全くの他人だったら、アザレンカを勇者に選んだ女王様や、王家のいる城に乗り込んで、今すぐアザレンカから勇者の称号を剥奪して、新しい勇者を選び直せと言いに行くレベル。


 それをしない……いや出来ないのは、アザレンカが俺の幼馴染であり、俺は彼女の幼馴染として、新しく勇者となったアザレンカを、サポートする役割を女王様から与えられているので、アザレンカだけではなく、俺まで責任を問われかねない。

 そのため、黙っている。


 そうなると、家族……主に親父側の人間から色々と言われそうだし。

 お前は、イーグリット王国の名家であるベッツ家の名に傷を付けた! みたいな感じで。


 ……せっかくあのクソみたいな街や家から出ていく口実が出来たんだ。


 出来るだけアザレンカのサポートという名目で、金や地位のことにしか頭にない貴族と、次の王を決める派閥争いで、死者まで出している王家が沢山いる王都からは、離れていたいので、早いところアザレンカには、この国の勇者らしくなって欲しいのだが……。


 「はぁ……」


 俯いて、項垂れ続けている彼女を見て、また深いため息を吐いてしまった。

 正直、俺のサポートどうこうといった、話以前の問題だから、どうしようもないが。


 「プライス! お待たせ! 今日もお疲れ様! お母さんがプライスには、大サービスしろって! お代もいらないから!」


 俺達が泊まっている宿屋の娘である、キャロがニコニコしながら、俺達の夕食を持ってきた。


 パンに卵と付け合わせの野菜までは、いつものメニューだが、スープとステーキまで付いている。

 更にコップには、俺達が今いる街、ラウンドフォレスト名物の高級フルーツジュースが注がれていた。


 キャロやキャロの母親が大サービスをしてくれるのは、恐らく昼間に宿屋の前で、冒険者が喧嘩していたので、喧嘩を止めた(魔法を使って拘束しただけ)ことに対してのお礼なんだろうが、ラウンドフォレストにいる冒険者なんて、ほとんど新米ばっかりだし、大したことはしていないんだけどな。


 「おいおい……新米冒険者達の喧嘩を止めただけだろ? こんな大サービスすること無いって」

 「何言ってるの! 魔法も剣術も使えないわたし達にとっては、大助かりよ! それに、プライスは毎日この街のために頑張ってくれているし!」


 キャロは、笑顔で俺にお礼を言い続けながら、テーブルに料理を並べる。


 おお……料理も評判なだけはあるな。

 分厚くて美味そうなステーキとこの街の特産食材がふんだんに使われているスープ……こんなの普段はなかなか食べられる物じゃないな……って、あれ?


 ステーキもスープも俺の分しかない。

 それに、アザレンカのコップに注がれているのはただの水。

 ……どういうことだ?


 「それじゃ、わたし仕事に戻るから! 今日も本当にありがとう! プライス!」

 「お……おう。……どういたしまして」


 アザレンカの分のステーキとスープ、それとジュースは? とキャロに聞こうとしたのだが、どうやら俺の分しか用意していないみたいだ。

 しかも、笑顔で戻ろうしているし……間違えたというわけではなさそうだ。


 だが、キャロはテーブルから少し離れて、アザレンカが座る椅子の近くで立ち止まる。

 そして、先程までの笑みを完全に消して。


 「……どっかの女勇者様もプライスのことを見習って、この街のために役に立ってくれると良いんだけどねえ? アザレンカ? プライスに勇者代わって貰ったら? プライスは騎士王のお父さんと、大賢者のお母さんとの間に産まれているし、身分も問題ないでしょ? 才能もね」


 ずっと俯いたままのアザレンカに、キャロは冷たくそう言い放った。

 アザレンカは聞こえてはいるのだろうが、俯いたまま顔を上げない。


 「お、おい……」

 「あ、ごめんね! プライス! 気分悪くさせちゃって! でも、この街のみんなが思っていることだから!」


 キャロは満面の笑みで俺にそう言うと、今度こそテーブルから離れていった。


 あまり、キャロの言い方は俺も聞いていて良い気分はしなかった。

 むしろ咎めるべきだ。

 

 ……でも、俺はアザレンカをサポートしなきゃいけないのに、俯くアザレンカに何もしてやれていない。

 だから、キャロを咎められないし、咎める権利なんか俺にはない。


 それと同時にアザレンカには同情していた。

 同じような言葉を、俺も王都にいた頃、嫌になるほど言われたから。


 (「立派な親御さんを見習いなさい。お父上もお母上も国を動かす立場の人間……あなたもいずれ、お二人のような人間にならなければいけないのです」)


 (「簡単なことじゃないか。君のお姉さん達みたいになれば良いんだよ? 何を迷う必要がある?」)


 (「彼は才能はあるはずなんだ……彼の努力が足りないだけか、もしくは、わたくしの教え方が下手なのでしょう……」)


 (「イーグリット王国の名家、ベッツ家のご子息様だぞ!」)


 (「騎士王と大賢者の間に産まれた男……プライス・ベッツだ!」)


 ……ああ、嫌なことを思い出したな。


 勝手に思い出して、勝手に傷付いて、勝手に泣きたくなってる。


 大分前に言われたはずの言葉の数々なのに、誰がどんな表情をして、どんな口調で、どんな場で言われたかが鮮明に思い浮かぶ。


 ……周りに色々と言われるのが嫌だから、女王様にアザレンカのサポートを命じられたし、仕方無いとか理由を付けて、王都から逃げたのに。

 結局……俺はアザレンカの役に立ってないじゃないか。


 簡単な依頼やちょっとした面倒事をこなして、この街の人達にお礼を言われたり、応援されたりして、ホッとしている自分が本当に嫌いだ。


 俺の役目はそんなことじゃないだろ。


 「とりあえず……元気出せよ、アザレンカ。ほら、ステーキもスープもジュースもお前に全部やるから。あれぐらいの言葉で、凹むなよ? 俺なんか王都でもっとエゲツない罵倒されてたからな?」

 「……うん。グスッ……ごめんね……プライス……僕が……僕が……何も出来ないせいで……なんで僕は……聖剣が……」

 「しっ……アザレンカ。悔しいだろうが、それはここで口にするな」

 「グスッ……うん。……いただきます」


 夕食の間、アザレンカの涙が止まることはなかった。

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