第7話 愛することは苦しみである

「……なんで」


「僕が三零じゃないから」


「……」


一六が黙った。


「僕らは仲間だけど、お互い人間なんだからさ、均質に見えてそうじゃないし、恋や友情なんて名前の歪みをまだ保っている。特別な誰かが死んだら悲しいのは当たり前だよ」


レーイチは一六の涙で濡れた頬を、やや乱暴に袖で拭った。


「だからイチロもちゃんと悲しんで。ちゃんと向き合ってる、すごいことだよ、それは」


「……うっせえ」


「ふはは、手厳しいなあ」


「うるさいって言ってんだろ」


泣き止んだ一六は少し恥ずかしそうだった。


 基地に戻ると俺たちはすぐに食事をとった。ここのところずっとそうなのだが、レーイチが喋り倒し、俺が適当に相槌を打つ。だが今回はそこに変化があった。一六が会話に入ってきたのだ。


「あの、一つ聞いていい……ですか」


「うん? いいよ」


「どうして、そんな風になっちゃったんですか? 」


「何が? 」


「性格です。俺、あんたのこともっと暗くて賢い人だと思ってた。それに俺たちはほら……暗いやつ多いから」


性格は遺伝子か生育状況か。はっきりとしたことはわからないが、レーイチの性格が我々の中で異質なものであるのはたしかだ。俺はレーイチがなんと答えるか興味を持った。


「簡単なことだよ。みんなの反対になろうとしたらこうなったのさ」


それがレーイチの答えだった。


「反対? 」


俺の疑問を一六が代弁してくれた。


「みんなと同じじゃ、特別になれないでしょ」


そう言ってレーイチはチラッとこちらを見た。


「ほら、一個上に神様みたいなのがいただろ。ああなりたくて、なれなくて、だから最初にバディを組んだヤツと凸凹を補い合えるように工夫したんだ」


「それでうまくいったの? 」


一六は素朴な疑問を口にする。


「うん。僕らは良いバディだったと思う」


不愉快だ。


 感じた情動を処理するのに時間がかかった。別にレーイチの死んだバディのことなんてどうでもいいじゃないか。だが一度覚えた情動はなかなか治らず、俺は昨日と同じ不味い筋繊維を咀嚼した。


 俺の気持ちを置き去りにしてレーイチと一六は話し続けた。


「でもさあ、その人、死んじゃったんだよね」


「まあそりゃそうだ」


「それなのに、そいつと培った性格のままなの? 」


「性格ってそんな簡単に変わらないよ。あいつが死んだことは簡単なことではなかったけど、それまでに培ってきたものの方が大きかったから」


「ふーん」


一六が納得いかない様子で言った。


「三零のことが好きだったな」


「なに? 急に。知ってたよ」


「特別な仲間だった」


「……そうだね」


レーイチは一六の言葉を受け止めているようだった。


「俺、先に帰ってる」


「え、ああ、うん」


レーイチに一言かけて部屋に戻った。部屋には鍵のついた箱が一つある。肌身離さず持ち歩いている鍵で蓋を開けた。


 この世界の人類はみなクローンだ。そしてクローンは本来は戦闘用であり、その用途は敵を殺すことだ。俺の役目は敵を殺すこと。その目的を果たすために俺の人格は不要なものだ。だが、俺の身体には人間の心が残っている。笑うしかないが、感情に振り回されている。


 クローンに設計意図があるのなら、設計者はどのような意図で我々に過剰な同志愛を持たせたのだろう。同志……でもないけど。クローンに自由恋愛が許されていたとも思えないから、統制できるようにとかだろうか。勝手に繁殖されても困るけど恋愛できないのもかわいそうだから同種で愛し合ってな、とか。ちょっとグロテスクだな、それは。恋愛なんてできなくていいのに。俺たちの人生にはかつてハッキリとした目的があった、人類の肉壁という役割が。だから恋愛なんてできなくていいし、セックスなんてしなくていいし、繁殖なんてするものじゃないし、それで良かったのにな。


「……………………はぁ」


ため息が出た。俺は一体どうしたいのか。わからない。わかりたくない。


 箱の中には骨と爪が入っている。俺たちは死んだら微生物槽にぶち込んでドロドロに溶かし、人工子宮の栄養になる。かつて信仰されていた輪廻転生の新しい形だ。死体が次の命につながる。素晴らしいことだ。だから死ぬことは悲しいことだけど、いつまでも引きずっちゃいけない。


 骨も爪も二二のもの。死体を微生物槽に放り込む前に出来心で小指を食いちぎった。肉は腐るといけないので食べてしまった。食べたら一緒になれると思ったんだ。白い骨は乾いてカラカラと音をたてる。素敵な音。爪はまだ桜色を保っている。


 異常だとわかっている。でも俺たちは生まれた時から異常なんだと思う。いっそもっと壊れて生まれてくれば良かったのに。そうしたらこんな風に悩んだりしなかったのに。俺はベッドの上で仰向けになったまま目を閉じた。


「ねえ、起きて」


「……ん? ……なんだよ」


「もう朝だよ」


「え? ああ……」


俺は眠っていたらしい。箱の中身は綺麗にしまわれ、鍵がかかっていた。記憶にないが、俺の理性がいい仕事をしたのだろう。

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