第42話 スキル『誘惑』🖤

 『隠密』のスキルで隠れていたはずのメアが、大岩の上でクネクネと身をよじっている。なんだアレ……!


「アハ~ン、ウフ~ン……も、もう死にたいです~!」


 やってる本人は羞恥に顔を真っ赤にしているが、見せられてる方にしても、背中がむず痒くなるくらい恥ずかしい光景だった。

 しかし、メアの登場とともに、先ほどまで場を支配していたピリピリとした空気が霧散したのは確かだった。

 クイーンの叫び声で臨戦態勢に入っていたゴブリンたちは、皆一様にボンヤリとした表情になってメアのことを見上げていた。よくよく見ると、皆瞳にハートを浮かべて、だらしなく鼻の下を伸ばしている。よだれを垂らしてる奴までいるぞ……。これは……魅力されている……? ひょっとして、メアの『誘惑』スキルの効果なのか。


「あの子ったら、隠れてろって言ったのに……! ルクス、チャンスよ! 速攻っ!」

「う、うん!」


 ティアナは言うが早いか、ぼんやり立ち尽くしている下っ端ゴブリンたちの包囲網を駆け抜け、クイーンの下へと向かう。僕も遅れまいと、全速力でそれを追いかける。

 

「ガアァァァァァァァァ!」


 僕らの前に、ホブゴブリンが立ちふさがった。どうやら奴には『誘惑』が効かなかったらしい。

 凄まじい速さで、巨大な金棒が迫る。マズイ、こんな攻撃さばききれない! 

 僕は攻撃をかわすべく速度を落とすが、前を走るティアナは、反対にぐんとスピードを上げた。そのスピードのままに周囲の岩を次々と飛び移り、あっという間にホブゴブリンの眼前に迫る。そして、オーラをまとった鉤爪でもって、すれ違い様に巨人の首筋をえぐった。さながら、一匹の野獣のように。


 ブシャアァァァァァァァ!

「ギャアァァァァァァァァ!」


 ホブゴブリンの首から、噴水のように青紫色の血液が吹き出す。敵は悲鳴を上げながら膝を折った。相当の深手なのは間違いないが、消失には至らない。とんでもなくタフな奴だ。

 すべての障害を廃して、僕らはついに敵の首魁であるゴブリンクイーンの下へとたどり着いた。

 クイーンは怒り狂って、手にした鞭をでたらめに振り回しつつ、必死に鳴き声をあげる。手下たちに『指示』を出しているのかもしれない。しかし、下っ端ゴブリンたちはメアの『誘惑』によって骨抜きにされ、頼りのホブゴブリンは地に伏している。また、他のゴブリンたちが応援に駆けつける様子もなかった。ついに彼女の最大の武器たる『統率力』を無効化したのだ。僕らは一気にクイーンに詰め寄る。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「『獣王の爪』っ!」

 

 僕の魔剣による一撃と、ティアナの斬撃スキルによる一撃が、クイーンの身体の正面でクロスする。


「ブギィィィィィィィィィィィィ!」


 長い長い悲鳴を上げながら、女王はゆっくりと背中から地面に倒れた。そして、そのまま消失する。

 首を裂かれて瀕死の状態にあったホブゴブリンは、彼女に向けて必死に手を伸ばしたかと思うと、悲しげな声を上げつつ後を追うように消失した。

 メアに魅了されていた下っ端ゴブリンたちも、女王の断末魔に正気を取り戻し、怖じ気付いた様子で、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。


「や、やった……。やったんだよね……?」

「やったわよ、間違いなく……」


 へなへなとその場に尻餅をつく僕。ティアナは立ったまま、洞窟の壁にどさりと背中を預けた。


「ルクス様~! ティアナ様~!」


 岩場から、転がりながらメアが駆け降りてくる。あーあー、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。その顔を見て笑おうとしたら、自分の目からも涙が流れていたことに気がついた。


「お怪我はありませんか~!」

「馬鹿ね、お怪我だらけよ。早く『回復』をかけてちょうだい」


 ティアナが普段の調子でメアをたしなめる。それを見て、僕の中にようやく勝利の実感が沸いてきた。

 と同時に、身体に力がみなぎる感覚が走る。それも複数回だ。本来下層にいるはずのゴブリンクイーン一匹とホブゴブリン二匹を倒したのだ。僕にとってはまさに大金星、レベルも一気に上がったということだろう。

 ステータスを確認して喜びたい気持ちはあったが、今はもうクタクタだ。


「今日はもう、『セーブ』して帰ろうか……」

「賛成(よ)(です)……」


 ふたりとも同じ気持ちだったようだ。

 僕らはフラフラとした足取りで『セーブポイント』を目指す。


「あれ……?」


 ふと見ると、クイーンとホブゴブリンが倒れていた場所に何かが落ちていた。

 こ、これってまさか……!?

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