第41話 起死回生の一手?
僕らは苦戦を強いられていた。それも、このフロアで幾度となく戦い、勝利してきた下っ端ゴブリン相手に、である。
「タァッ!」
ティアナが目の前のゴブリンめがけて踏み込むと、最前まで「飛びかかる気満々」という風だった敵は、あっさり背後に飛び退いてしまった。
代わりに、彼女の背後で一定の距離をとって取り巻いていた別のゴブリン三匹が、あっという間に間合いを詰めてくる。急いで向きを変え、牽制しなければならない。
「ハァ……ハァ……、このっ!」
息を切らせたティアナが、次の攻撃に移ろうとした刹那、
ピシャァァァン!
「あぐっ!?」
背中にゴブリンクイーンが放った鞭の一撃が命中、初動を完全に殺されてしまう。ティアナはすでに何度かこの攻撃を喰らっており、彼女の白いシャツの背には、何本もの朱い筋が浮かんでいた。
体勢を崩したわずかな隙をついて、ゴブリンどもが一気に押し寄せてくる。そうなると、立て直すためにもいったん引かなければならない。本来なら一撃で倒せる程度の相手に、だ。
「ハァハァ……ティアナ、こいつら、さっきまでとは別物過ぎだよ……」
思わず弱音が漏れる。そうなのだ。ゴブリンどもの動きが、最前までとまるで違う。
ここに来るまでゴブリンの群れとは幾度も戦ってきたが、奴らは結局のところ『群れた個体』に過ぎなかった。正面きって戦う時は『一対一』。それなら、多少素早いとはいえ、スキルや魔剣を持つ僕らの敵ではなかった。
しかしここに来て、奴らは『複数の個体で形成された、ひとつの戦闘集団』になっていた。『獲物を追い詰める』という目的を共有し、互いにフォローしあって動く、統率のとれた集団。
その変化を可能にしているのは、あのゴブリンクイーンの存在で間違いなかった。
奴が折に触れ奇妙な叫び声を上げ、ある時は鞭を飛ばして、ゴブリンとホブゴブリンに『指示』を出していた。
それにより、先ほどティアナがホブゴブリンに仕掛けていた『ヒット・アンド・アウェー』攻撃を、今度はこちらが下っ端ゴブリンたちから受ける羽目になっていた。
また、ふたりで固まって、互いに背中を預けて戦う陣形を取ろうとすると、ホブゴブリンがその巨体を生かした突進を繰り出してくるため、度々僕らは分断されることになった。
恐るべきは、ゴブリンクイーンの『統率力』だ。配下を使って僕らを遠ざけつつ、戦況を冷静に見極め、的確な指示を出す。まさに『将』としての行動だった。……いや、感心してる場合じゃないんだけど。
「ハァ、ハァ……、このままじゃジリ貧ね……。クイーンさえ倒せれば戦況は覆せるのに……」
「ハァ、ハァ、ハァ……、でも、まずは下っ端をどうにかしないと、近づくこともできないよ……」
僕の魔剣による遠隔攻撃もすでに見切られていた。やはり、小鬼どもを先になんとかするしかない。でも、どうやって?
「ハァ、ハァ……、ねぇ、ルクス……」
「な、なに……?」
「エッチしてみる……?」
大変だ、ティアナがバグった!
いや、確かに大ピンチだし、混乱する気持ちはわかるんだけど、今は正気に戻ってくれ。
「嬉しい申し出だけど、今は、ここを切り抜ける方法を一緒に考えようよ……」
僕は、血涙を流す勢いでお断りする。普段なら即OKだけど、ゴブリンどもの前で人生最初で最期のエッチだなんて悲しすぎる。
「バカ、違う! ……いや、違わないけど。アンタのスキル、『ルーム』よ」
そういえば忘れていた。『色欲』たる僕が持つユニークスキル、『ルーム』。
『×××しないと出られない部屋』を創り出す能力。その部屋の内部は、外界とは別の時間が流れるという……正直なんだかよくわからないスキルだ。
「そっか、そこでいったん『ご休憩』して、体力を回復させようってことだね……?」
「それもあるけど、でもそれだけじゃ包囲網を突破できない状況を打破できないわ。詳しく説明してる時間はないけど、たぶん、あのスキルを使えば、私は『強く』なれる……と思う。こいつらの包囲網くらい突破できる……はず」
『強く』? あのスキルで? ティアナが? どうして?
「それってどういう……?」
「あーもーいいから! イチかバチかよ! 早くしなさい!」
「う、うん、わかった。『ルーム』! ……って、あれ?」
急かされてスキルの発動を念じたが、何も起こらなかった。これってもしかして……、
「ご、ごめんティアナ! MPが尽きかけてて、スキルが発動しない! 魔剣発動にも、気づかない内に少しずつMPを消費してたみたい!」
魔剣発動のトリガーは『性的興奮』だけかと思っていたが、違ったらしい。本当にわずかずつだが、MPを消費していたようだ。今日ほど連戦したことがなかったため、これまで気が付かなかったのだ。
「そう、ツイてなかったわね、私たち。もしかしたらイケるかと思ったのに。仕方ないわ、こうなったできるとこまで暴れてやりましょう!」
「う、うん! ゴメン、ティアナ。約束守れそうもなくて」
「フン、せいぜい私を守ってよね。ハジメテでゴブリンに犯されるのなんて、死ぬほど嫌なんだから!」
僕らは互いに背中を預けて、周囲を取り囲むゴブリンたちを警戒する。
敵はジリジリと包囲の輪を縮めながら迫ってくる。女王の合図ひとつで一斉に飛びかかってくることだろう。
ティアナだけは、なんとしても守る。こんな奴らの慰みものになんて、死んでもさせない。僕は魔剣を血が出るほど固く握りしめた。
「ブギィィィィ!」
女王が僕らを嘲笑うかのように、叫び声を上げる。ゴブリンどもの瞳に、一様に攻撃の色が浮かんだ、その瞬間だった。
「み、皆さ~ん! こっちこっち、こっちですヨー! え、え~と……アハーン🖤」
この場に最高に似つかわしくない、メアの声が響き渡った。
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