第39話 ゴブリン

 僕ひとり恥ずかしい思いをした点を除いて、特に苦戦することもなく三匹の魔物を倒すことができた。

 それもそのはず、敵のレベル自体は高くなかったからだ。昨日の苦戦は、あくまで僕らが『ヌルヌルの足場』という環境に対して、きちんと備えていなかったことに起因していた。だから、しっかり装備を補強した今、あの程度の魔物なら、よほどの大群が現れない限り脅威ではないのだ。

 途中、何度かの戦闘を経て、地下二階の最奥に到着した。そこには地下一階と同じく、『セーブポイント』と階下へつながる階段があった。水晶と腕輪をリンクさせ、『セーブ』する。


「ふう。ここまではスムーズに来られたね」

「まだ上層階だからでしょうね。出てくる敵も雑魚ばかりだし。足もとさえ滑らなければ問題じゃないわよ。それより、思ったんだけんだけど……メア!」

「ふぇ!? な、なんでしょうか……?」

 

 ティアナが突然、メアの顔を指差す。コラコラ、お行儀悪いですよ?


「アンタ、スキルはたくさん持ってるけど、どれもサポート型の能力じゃない? もちろんパーティーを組んでいる以上、役割分担すればいいんだけど、いざという時自分の身を守れる攻撃手段は、持っておいた方がいいと思うのよ」


 確かにメアのスキルは、『幻惑』『回復』『隠密』『誘惑』といった、直接攻撃ではないものばかりだ。今後、レベルアップをしていくことで、攻撃系のスキルも習得するかもしれないが、現時点ではなにか武器があった方がいいかもしれない。


「確かにね。この先、魔物の大群に遭遇した時、僕やティアナがすぐにメアのところに行けない場合も出てくるかもしれないもんね」

「で、でも、私腕力ないですし、あまり重いものは振り回せません……」


 ウーン。剣とかメイスとか、金属製の武器って重いからな。メアには負担だろうし、下手をすると武器『に』振り回されかねない。


「まあ、なにかいい武器がないか考えましょ? アンナさんに相談するのも手だし、案外、敵を倒すことで良いものが手に入るかもしれないわよ。運次第だけど」


 なるほど、『ドロップアイテム』ってやつか。

 倒された敵が、一定の確率で落とす(ドロップする)アイテムのことだ。よくあるのは『魔石』や『薬草』などで、ごくまれに『武器』や『防具』、『マジックアイテム』などのレアドロップもあるらしい。

 基本、レベルが高くて強い敵ほど良いアイテムを持っていることが多いので、上層階ではよほど運が良くないと、レアドロップは見込めないだろう。下層階まで到達できたら、その時は期待かな。



 僕らは、今日はメアが作ってきてくれたお弁当(リクエスト通り、ウインナーでクラーケンを作ってくれていた)で昼食を済ませた後、休憩を挟んで地下三階に降りた。


「ここが地下三階か……」


 足を踏み入れたフロアは地下二階と違い、粘液でヌルヌルではなかった。地下一階と同じくゴツゴツした岩場で構成された、いわゆる洞窟タイプの地形だった。

 ただし、ほぼ一本道だった地下一階と違い、道は何本にも枝分かれしていた。進むとすぐに行き止まりになっている道も多いようだった。


「これは、きちんとマッピングしないといけないわね……。私、方向音痴なんだけど……」

「わ、私も地図読むの苦手です~……」


 弱音を吐く女性陣。ここは僕の出番だな。


「大丈夫、マッピングは僕にまかせて。こう見えても、『歩く方位磁石』と呼ばれるくらい方向感覚には自信があるんだ。あと、古いダンジョンの地図とか見るの、趣味だし」


 「お~」と感心の声が上がる。意外なところで人から誉められるのって、嬉しいな。

 実際、小さい頃から「いつかダンジョンマスターになった時のために」と古いダンジョンの地図を読んでいたし、そこから空想を膨らませて遊ぶのが好きだった。


「じゃあ、道案内はルクスにまかせるわ。きちんとナビしてよね」

「ルクス様、よろしくお願いします~」

「うん、まかせておいて!」


 僕は胸を張って応えた。



 僕が先頭になってマッピングしながら進んでいると、突如、岩の陰から背の低い人影が複数飛び出してきた。


「うわっ、出た!」

「ルクス、下がって! ゴブリンよ!」


 ゴブリン。小鬼の魔物だ。子供くらいの背丈で頭には短い角を生やしている。腰にボロ布をまとっただけの格好で、その肌は薄い緑色をしていた。手には棍棒のようなものを持っていて、威嚇するような仕草で近づいてくる。マズい、五匹もいるぞ!


『キー!』

『キー、キー!』


 ゴブリンたちは、甲高い叫び声を上げながら、こちらに突っ込んできた。

 

「メア、ティアナ、下がって! 『勃ち上がれ! ディザイア!』」


 恥ずかしさも忘れて、魔剣発動の合言葉を叫ぶ。爆発的に伸びた魔剣の一突きで、先頭のゴブリンを串刺しにして仕留める。そのまま、横薙ぎに剣を振るうも、小鬼たちは身を屈めてその攻撃をかわしてしまった。再びこちらに向かって駆けてくる。


「くっ! 素早い!?」

「でも、速攻で一匹仕留めたのはナイスよ、ルクス! さあ、乱戦になるわ! ふたりとも気をつけて!」


 残った四匹のゴブリンは、ティアナの方に二匹、そしてメアの方に二匹と別れて迫ってきた。


「な!? なんでメアの方に!」


 僕はあわててメアの前に立ってかばう。


「きっと、アンタの初撃を見て『コイツは戦いづらい』と踏んだのよ! それにゴブリンは他種族のメスを襲って犯す習性があるわ!」

「ヒィ! い、イヤです~!」


 これまで戦ってきた魔物より、幾分知能が高いということか。棍棒という、原始的ながら武器も使ってるしな。

 

「メア、僕の後ろから『幻惑』をお願い!」

「は、はい! 『幻惑』!」


 こちらに向かってきていた二匹のうちの片方が、不意に足を止め、キョロキョロと辺りを見回している。よし、かかった!

 僕は魔剣をロングソードくらいの長さに調節する。そして、無傷の方のゴブリンと互いの武器を打ちつけ合った。


 ガンッ!


 魔剣を握った手が軽く痺れるほどの衝撃。見た目は小さいくせに、けっこうな腕力だ。

おまけにフットワークも軽いし、メチャクチャに振り回してくる棍棒の攻撃をさばくのにも骨が折れる。


「キャー! こ、来ないでくださ~い!」

 

 背後からメアの悲鳴。どうやら『幻惑』にかかっていたゴブリンが、メアの方に向かったらしい。ヤ、ヤバい! 助けに行きたいけど、こっちはこっちで手が離せない!

 僕は、互いの武器で拮抗状態の上半身ではなく、下半身を狙って蹴りを放つ。


「キ……、キー!」


 ゴブリンが体勢を崩した隙に、急いでメアの方を振り返り、彼女に迫る敵に狙いを定めて、魔剣の伸びる突きを繰り出す。


「ギャキィ~!」


 背後から串刺しにされ、ゴブリンが消滅する。それを見て「ふう、やれやれ」と、戦いの最中にもかかわらず、わずかに気を抜いたのがいけなかった。


 ボグッ!


「痛っ!」


 体勢を立て直したもう一匹のゴブリンから、右肩に棍棒の一撃を喰らってしまった。痛みと衝撃に、思わず魔剣を取り落とす。


「ルクス様!」

「ダメだ、メア! こっち来ないで!」


 僕は痛みに顔を歪めながらも、駆け寄ろうとするメアを静止させる。


「キィー!」


 ゴブリンが、振り上げた棍棒で今度は僕の頭を狙いにくる。こ、これは本当にヤバいかも!


「獣王撃っ!」


 僕に迫っていたゴブリンが、背後から強い衝撃を受け、本人の意図しない加速を得て、僕の真横をすっ飛んでいった。背後で岩壁に激突する音が響いた。た、助かった。


「あ、ありがとう、ティアナ……」

「どーいたしまして」


 僕は地面にへたりこんだまま、肩を押さつつ礼を言う。


「ル、ル、ル、ルクス様~!」


 涙と鼻水で顔をパックしたようなメアが抱きついてくる。


「申し訳ありません~、私のせいでルクス様にお怪我を~!」

「痛い痛い痛い! だ、大丈夫だから! それより肩痛いから! 離れて! そっとしておいて!」

「メア、いいのよ。前衛、中衛が後衛を守るのは当たり前なんだから。ね、ルクス?」


 ポンッ!


 ティアナが僕の肩を軽く叩く。ギャー! わざとだ、絶対わざとだ!

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