第37話 夜中って変なテンションになるよね?

 ハイ、というわけで。案の定、目が冴えちゃって寝れなくなりましたよっと。


「しかたない。眠くなるまで、せっかくだから魔剣の検証でもしようかな」


 僕は、荷物から魔剣を取り出して眺める。夜の闇を集めて造ったがごとく真っ黒な流線型の刀身に、精緻な銀細工の意匠が施されている。

 魔剣『ディザイア』。昼間、僕らを窮地から救い出してくれたのは、この刀剣だった。突如刀身が伸び、瞬く間に魔物の群れを屠り去ったのだ。

 あの急激な形状変化は、いったい何故起こったのか? それが今、解明しなければいけない謎だ。

 ……とは言っても、僕にはすでに予想がついている。試しに、あるイメージを頭の中に浮かべながら剣を握りしめる。


 ギュン!


 突如、刀身が伸びて、危うく天井に突き刺さりそうになった。あぶないあぶない、穴なんて開けたら、アンナさんに怒られちゃうよ。

 しかし、やっぱりか。僕は、自分の予想が正しかったことを確信した。

 そもそも今日の昼間、魔剣は短い間に三度伸びたが、そのいずれのタイミングにも共通していたことがあった。それはーー、


「僕が『勃ってる時』ってことね……」


 そう、メアとティアナが敵にエロい目に遭わされて、思わず興奮して勃っちゃった時に限って魔剣は発動していたのだ。ちなみに今も、昼間のエロシーンを思い浮かべてました。なんとまあ、恥ずかしい発動条件だろう。

 でも考えてみれば、『色欲』の固有スキルの産物である『×××しないと出られない部屋』に、先代『色欲』であるラグニア・ヴァーンズが遺してくれていた品物だ。『性的興奮に呼応する』なんて、『色欲にふさわしい武器』と言えるんじゃないだろうか。


「勃ってるのがバレない効果の『凪のトランクス』は、さしずめ、ご先祖様の心遣いってとこかな……」


 いかに魔剣を発動させるためとはいえ、仲魔の女の子たちの前で『ずっと勃ちっぱなし』というのは恥ずかしかろう、と。そういうことですか、ご先祖様? まあ、実際その通りなので、ありかたく頂戴しておくけども。

 


 しかし、魔剣の発動条件がわかったのはよかったけど、毎度エロいことを考えて戦闘中に変な『間』ができたら嫌だな。何か『間』をもたせる良い方法はないだろうか……。


「……。合言葉……とか?」


 思い付きを口に出してみると、存外しっくりきた。なにかカッコいい合言葉を言うことで、『間』をもたせつつ、同時にカッコつけることもできるぞ。まさに一石二鳥じゃないか。

 そうと決まれば何がいいだろう。発動すると刀身が伸びるわけだよな。そうだな、たとえば……、


「刀身が伸びることを、『敵に矢を射る』ことに引っかけて、『射殺せ、ディザイア!』とかどうかな?」

 

 うーん、オサレな気はするけど、刀だしな。『射殺せ』は変か。じゃあ……、


「『伸びろ、ディザイア』? 普通か。『吸えッ! 我が欲望をっ……!。そして、自らの血肉とするのだ……』? 長いか。『ヒーテンミーツルギリュー……』、ダメだ意味わからん」


 うーん、迷走してきた。ウーン、ウーン。


「あ、僕自身が『勃つ』のと、魔剣が『立つ』のを引っかけて、『勃ち上がれ、ディザイア!』はどうかな?」


 お、自分の中でなんかハマったぞ。それに他の人が聞いても、言葉の響き的には何も変じゃない。洒落も効いてて良いんじゃないかしら!


「よーし、『勃ち上がれ、ディザイア!』に決定っと。ふあぁ~あ、安心したら眠くなってきちゃった。そろそろ寝よう、おやすみ~」


 昼間の疲れが遅れてやってきたのか、急激な眠気に襲われた僕は、ベッドに身を沈めたのだった。



 僕は、あとで知ることになる。

 『夜中って変なテンションになるから、その場で決めずに、翌朝落ち着いて考えた方がいい』ってことを。

 たとえば、誰かに宛てて書いたラブレターとか。

 たとえば、『俺って天才じゃない?』とか思いながら描いた美少女イラストとか。

 そしてたとえば、昼間聞いたら恥ずかしいに決まってる『魔剣発動の合言葉』とか。


 


『……新たな魔剣解放コード、取得。コードの変更は、持ち主が変わるまで受け付けられません』


 暗闇の中、魔剣の刀身にそんな不穏な文字が浮かび上がったことを、眠る僕は知るよしもなかった。

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