第36話 カラダが火照るの……🖤

 なんとか魔物の群れを退けた僕らは、地下一階に戻って、『セーブポイント』から地上に帰還した。

 ピンクスライムに服を溶かされた(最終的にスカートを亡きものにしたのは僕だけど)ティアナは、僕の上着とズボンを身につけていた。


「僕の服もヌルヌルだけど、いいの?」

「この際かまわないわ」

「でも、それを取られると僕、パンツ一丁なんだけど……」

「なんか問題ある?」

「ナイです……」


 半ば追い剥ぎ同然でパンツ一丁にされた僕は、その時、ある奇妙なことに気がついた。

 先ほどの戦いでメアとティアナのあられもない姿を目撃し、僕は今、エロ分を過剰摂取している。その影響は当然身体に表れるわけで、よーするに股間はガチガチである。そして、この格好では一目でそれがバレバレ、恥ずかしいことこの上ない状況になるはずだ。そう、普通ならば。

 しかしどうしたことか、今、僕のトランクスは一見まったく盛り上がっていないのである。下着の中では、確かに勃ってる感覚があるというのに!


(まさか……)


 これが、この『凪のトランクス』の効果だというのか。『勃ってるのがバレない』ということが! く、くだらなーい!


「何ぼーっとしてんのよ。さっさと進みなさいよ!」


 ご先祖様からの贈り物があまりにしょーもないことに呆然としていた僕の尻を、ティアナが蹴ってくる。後ろからヌルヌルの姿を見られるのが嫌だというので、僕はパーティーの先頭を歩かされていたのだ、パンツ一丁で。ちょっとした裸の王様大行進である。

 

 やれやれ……今日も大変な一日だったな。



 陽が落ちる頃になって、僕らは『不夜城・ファイト一発🖤』に帰りついた。


「三人ともお帰りなさい。ご無事でなにより……って、ルクス様。道中、追い剥ぎにでも遭われましたか?」


 アンナさんは、僕らの姿を見てあきれたような顔をした。


「はあ。まあ、色々ありまして……」

「フフ、冒険のお話はお夕食の席でゆっくり聞かせてもらいますね。まずは三人とも、お風呂に入って着替えてらっしゃいまし」


 部屋には着替えが用意されており、お風呂の準備もしてあった。アンナさんが、気を効かせてくれていたらしい。

 ひと風呂浴びてスッキリすると、急におなかが空いてきた。『エレベーター』で一階に下りると、庭の方から声がする。行ってみると、庭に置かれたテーブルの上に、豪華な夕食の皿が並んでいた。

 

「「「いただきま~す!」」」


 アンナさんの手料理は、どれも抜群に美味しかった。さすが、メアの師匠といったところだ。山葡萄のワインを嘗めながら、今日の冒険を話をアンナさんに聞いてもらう。


「まあ、地下二階でそんな目に……それは大変でしたね。ですが、魔剣も覚醒して、レベルも上がって。ルクス様にとっては、実りの多い一日だったのではないですか?」

「たしかに、得たものは色々ありましたが……でもアンナさん。アンナさんはあの『ラッキースケベの洞窟』のことも、よくご存知なんですよね? だったら、前もってもう少し色々教えてくれればよかったのに……」


 事前情報があれば、地下二階であれほど苦戦することはなかっただろう。不満を漏らす僕に、アンナさんは優しく微笑んだ。


「確かに、私は多くのことを知っています。ですが、初めから手を貸してしまっては、あなた方の為になりません。『修練』を通して、自ら『成長』していただきたいのです。『成長』とは、何も『レベルアップ』のことだけを差すわけではありません。困難に遭遇した際、臨機応変にそれを『乗り越える力』。経験によって得られるその『対応力』こそが、真にあなた方の‘’力‘’となるのですから」 


 なるほど……歴戦の猛者の言葉は重みが違う。やはりアンナさんは、ただの妖艶な美人ではないのだ。


「ですが、実際にダンジョンを体験して、今回必要な道具もわかったかと思います。ご入り用のものは、おっしゃっていただければ可能な限りご用意しますよ?」


 お言葉に甘えて僕らは、粘液まみれでヌルヌルな足場でも歩ける『スパイス付きの靴』と、転んだり変なモノをぶっかけられた際の『着替え』をお願いした。

 アンナさんは「荷物も多くなりますから」と、かなりの量を詰めても膨らまず、重くもならない『マジックポーチ』という便利なアイテムも、あわせて準備すると言ってくれた。

 これで明日は、今日よりも冒険を進めやすくなるはずだ。



「それじゃあ、そろそろ休みます。おやすみなさい」


 夕飯を食べ終わって、皆でしばし歓談したあと、僕は席を立った。アンナさんとメアは残って後片付けをするということだったが、ティアナは僕と一緒に部屋に戻ると言う。

 5階に上がる『エレベーター』の中でふたりきりになった時、ティアナがぽつりとつぶやいた。


「……ルクス。あの……今日は……」

「ん? どうしたの? あ、もしかしてスカートの件、まだ怒ってる? ホントにゴメン! でも、誓ってわざとじゃないんだよ? あれは、魔剣が急に覚醒したもんだからーー」

「……え? あ……そ、そうね! でも、明日は気をつけなさいよ! またスカートをちぎったりしたら、今度こそお尻を十文字斬りだからね!」


 チーン!


 ティアナの恐怖の一言とともに、『エレベーター』は5階に到着した。

 怖い怖い。明日はドジを踏まないように気をつけよう。



「じゃ、おやすみ」

「……おやすみ」


 ドアの前で挨拶を交わして、ティアナと別れる。部屋に入ると、僕はベッドに身を投げた。あー、今日も疲れたなー。

 

 ティアナ、ダンジョンから帰る時から口数が少なかったけど、大丈夫かな? さっきも『エレベーター』で何か言いかけてたし。

 昼間、僕にあんな姿を見られてショックだったのかしら。それとも、ピンクスライムに変な液をかけられて、具合が悪かったのかもしれない。

 僕って鈍いからな。ティアナとメアのことをもっと気にかけて、色々気付けるように頑張ろう。大事な仲魔なんだから。

 ベッドに身を預けたまま、そんなことをぼんやり考えていると、睡魔が忍び寄ってきた。


 



 ―—コンコン。


 控えめにドアをノックする音がする。誰だろう、こんな夜更けに。

 眠気まなこをこすりながら、ベッドから這い出てドアを開けると、ピンクのパジャマに着替えたティアナが立っていた。髪は昨夜と同じで下ろしている。


『ルクス……』

『ティアナ。どうしたの、こんな時間に。具合でも悪くなった?』


 僕はさっき想像した、ピンクスライムの液の影響が気になって尋ねた。


『ううん、違うの。……ねえ、中入ってもいい?』

『え? う、うん。どうぞ……』


 なんだか昨夜のデジャブみたいだな、と思いながら、彼女を部屋に招き入れる。ドアが閉まると同時に、ティアナが勢いよく抱きついてきた。


『ティ、ティアナ!?』

『あのね、私……身体が……熱いの……。ダンジョンでスライムに変な液をかけられてから、ずっと……。身体が火照ってたまらないの……。ねえ、ルクス。どうしよう……?』


 僕の顔を見つめるティアナの瞳は、熱に浮かされたように蕩けていた。頬は赤らみ、息も荒くなっている。これってもしかして、ピンクスライムの液の影響で『発情』してる?

 いや、考えなかったわけじゃないですよ? なんといっても『ラッキースケベの洞窟』ですから。でもまさか、ホントにそんなことが起こるなんて。

 

『ねえ……抱いて? ルクス……』

『え!? いや、そんな、』

『いや……?』 

『いやじゃありません!』


 食い気味に返答する。いやなはずないじゃないですか! こんな美少女が、尚且つ気になってる女の子が求めてきてくれているのに、いやであろうはずがない!


『で、でもいいの? 今のティアナは、ピンクスライムのせいでそんな感じになってるんでしょ? 今僕とシちゃって、その……後悔しない?』


 僕の最後の理性が、彼女に問いかける。


『バカね。どんな時だって相手くらい選ぶわよ。アンタなら、いいよ……?』

 

 ハイOKいただきましたー! アリガトウゴザイマス! アリガトウゴザイマス! もーこっから先は止められたって止まりませんからネ! 僕の中の野獣よ、今こそ戒めの鎖から解き放たれるがいい! ウオォォォン―—!




 ―—コンコン。


 控えめにドアをノックする音に目を覚ます。目を、覚ます……。

 って、チキショー! 夢かーい!

 都合が良すぎるとは思ったんだよなあ。あのティアナが、たとえ敵の攻撃を受けたとはいえ、あんな甘えた感じになるなんて。もー、興奮して損した。


 ―—コンコン。


 ノックの音は続いていた。ハイハイ、誰ですかーっと。

 ベッドから這い出てドアを開けると、ピンクのパジャマに着替えたティアナが立っていた。髪は下ろしている。夢と同じように。


「ルクス……」

「え、ティアナ!? ど、どうしたの? こんな時間に」


 こ、これはまさかの夢の続き? それともさっきのは予知夢だったとか? 部屋に招き入れたと同時に、勢いよく抱きついて来られちゃうのかしら! ヨーシ、バッチコーイ!


「あのね……」

「う、うん! なに? 身体が熱くて火照ってたりする―—?」

「……何言ってんの? アンタ」

「え、違うの……?」


 拍子抜けする僕を、呆れ顔で見つめるティアナ。そして、小さくため息をついた。


「何勘違いしてんのよ。今日はその……ありがとうって、言いたかっただけ」

「え、いや……」

「最後、結構ヤバかったから。アンタがいてくれてよかった。まだまだ頼りないけど、あの時だけは、けっこう…ッコよかったよ」


 声がどんどん小さくなって、語尾がよく聞き取れなかった。でも、訊き返したら怒られそうだな……。


「―—それだけ! じゃあ、おやすみ!」

「え、あ、うん。おやすみ……」


 ティアナは言うだけ言うと、足早に自分の部屋へと戻っていった。

 彼女の部屋のドアが閉まるのをぼんやりと眺めながら、それでもなんだか無性に嬉しくて、今夜は眠れなくなりそうだった。

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