第36話 カラダが火照るの……🖤
なんとか魔物の群れを退けた僕らは、地下一階に戻って、『セーブポイント』から地上に帰還した。
ピンクスライムに服を溶かされた(最終的にスカートを亡きものにしたのは僕だけど)ティアナは、僕の上着とズボンを身につけていた。
「僕の服もヌルヌルだけど、いいの?」
「この際かまわないわ」
「でも、それを取られると僕、パンツ一丁なんだけど……」
「なんか問題ある?」
「ナイです……」
半ば追い剥ぎ同然でパンツ一丁にされた僕は、その時、ある奇妙なことに気がついた。
先ほどの戦いでメアとティアナのあられもない姿を目撃し、僕は今、エロ分を過剰摂取している。その影響は当然身体に表れるわけで、よーするに股間はガチガチである。そして、この格好では一目でそれがバレバレ、恥ずかしいことこの上ない状況になるはずだ。そう、普通ならば。
しかしどうしたことか、今、僕のトランクスは一見まったく盛り上がっていないのである。下着の中では、確かに勃ってる感覚があるというのに!
(まさか……)
これが、この『凪のトランクス』の効果だというのか。『勃ってるのがバレない』ということが! く、くだらなーい!
「何ぼーっとしてんのよ。さっさと進みなさいよ!」
ご先祖様からの贈り物があまりにしょーもないことに呆然としていた僕の尻を、ティアナが蹴ってくる。後ろからヌルヌルの姿を見られるのが嫌だというので、僕はパーティーの先頭を歩かされていたのだ、パンツ一丁で。ちょっとした裸の王様大行進である。
やれやれ……今日も大変な一日だったな。
◆
陽が落ちる頃になって、僕らは『不夜城・ファイト一発🖤』に帰りついた。
「三人ともお帰りなさい。ご無事でなにより……って、ルクス様。道中、追い剥ぎにでも遭われましたか?」
アンナさんは、僕らの姿を見てあきれたような顔をした。
「はあ。まあ、色々ありまして……」
「フフ、冒険のお話はお夕食の席でゆっくり聞かせてもらいますね。まずは三人とも、お風呂に入って着替えてらっしゃいまし」
部屋には着替えが用意されており、お風呂の準備もしてあった。アンナさんが、気を効かせてくれていたらしい。
ひと風呂浴びてスッキリすると、急におなかが空いてきた。『エレベーター』で一階に下りると、庭の方から声がする。行ってみると、庭に置かれたテーブルの上に、豪華な夕食の皿が並んでいた。
「「「いただきま~す!」」」
アンナさんの手料理は、どれも抜群に美味しかった。さすが、メアの師匠といったところだ。山葡萄のワインを嘗めながら、今日の冒険を話をアンナさんに聞いてもらう。
「まあ、地下二階でそんな目に……それは大変でしたね。ですが、魔剣も覚醒して、レベルも上がって。ルクス様にとっては、実りの多い一日だったのではないですか?」
「たしかに、得たものは色々ありましたが……でもアンナさん。アンナさんはあの『ラッキースケベの洞窟』のことも、よくご存知なんですよね? だったら、前もってもう少し色々教えてくれればよかったのに……」
事前情報があれば、地下二階であれほど苦戦することはなかっただろう。不満を漏らす僕に、アンナさんは優しく微笑んだ。
「確かに、私は多くのことを知っています。ですが、初めから手を貸してしまっては、あなた方の為になりません。『修練』を通して、自ら『成長』していただきたいのです。『成長』とは、何も『レベルアップ』のことだけを差すわけではありません。困難に遭遇した際、臨機応変にそれを『乗り越える力』。経験によって得られるその『対応力』こそが、真にあなた方の‘’力‘’となるのですから」
なるほど……歴戦の猛者の言葉は重みが違う。やはりアンナさんは、ただの妖艶な美人ではないのだ。
「ですが、実際にダンジョンを体験して、今回必要な道具もわかったかと思います。ご入り用のものは、おっしゃっていただければ可能な限りご用意しますよ?」
お言葉に甘えて僕らは、粘液まみれでヌルヌルな足場でも歩ける『スパイス付きの靴』と、転んだり変なモノをぶっかけられた際の『着替え』をお願いした。
アンナさんは「荷物も多くなりますから」と、かなりの量を詰めても膨らまず、重くもならない『マジックポーチ』という便利なアイテムも、あわせて準備すると言ってくれた。
これで明日は、今日よりも冒険を進めやすくなるはずだ。
◆
「それじゃあ、そろそろ休みます。おやすみなさい」
夕飯を食べ終わって、皆でしばし歓談したあと、僕は席を立った。アンナさんとメアは残って後片付けをするということだったが、ティアナは僕と一緒に部屋に戻ると言う。
5階に上がる『エレベーター』の中でふたりきりになった時、ティアナがぽつりとつぶやいた。
「……ルクス。あの……今日は……」
「ん? どうしたの? あ、もしかしてスカートの件、まだ怒ってる? ホントにゴメン! でも、誓ってわざとじゃないんだよ? あれは、魔剣が急に覚醒したもんだからーー」
「……え? あ……そ、そうね! でも、明日は気をつけなさいよ! またスカートをちぎったりしたら、今度こそお尻を十文字斬りだからね!」
チーン!
ティアナの恐怖の一言とともに、『エレベーター』は5階に到着した。
怖い怖い。明日はドジを踏まないように気をつけよう。
◆
「じゃ、おやすみ」
「……おやすみ」
ドアの前で挨拶を交わして、ティアナと別れる。部屋に入ると、僕はベッドに身を投げた。あー、今日も疲れたなー。
ティアナ、ダンジョンから帰る時から口数が少なかったけど、大丈夫かな? さっきも『エレベーター』で何か言いかけてたし。
昼間、僕にあんな姿を見られてショックだったのかしら。それとも、ピンクスライムに変な液をかけられて、具合が悪かったのかもしれない。
僕って鈍いからな。ティアナとメアのことをもっと気にかけて、色々気付けるように頑張ろう。大事な仲魔なんだから。
ベッドに身を預けたまま、そんなことをぼんやり考えていると、睡魔が忍び寄ってきた。
―—コンコン。
控えめにドアをノックする音がする。誰だろう、こんな夜更けに。
眠気まなこをこすりながら、ベッドから這い出てドアを開けると、ピンクのパジャマに着替えたティアナが立っていた。髪は昨夜と同じで下ろしている。
『ルクス……』
『ティアナ。どうしたの、こんな時間に。具合でも悪くなった?』
僕はさっき想像した、ピンクスライムの液の影響が気になって尋ねた。
『ううん、違うの。……ねえ、中入ってもいい?』
『え? う、うん。どうぞ……』
なんだか昨夜のデジャブみたいだな、と思いながら、彼女を部屋に招き入れる。ドアが閉まると同時に、ティアナが勢いよく抱きついてきた。
『ティ、ティアナ!?』
『あのね、私……身体が……熱いの……。ダンジョンでスライムに変な液をかけられてから、ずっと……。身体が火照ってたまらないの……。ねえ、ルクス。どうしよう……?』
僕の顔を見つめるティアナの瞳は、熱に浮かされたように蕩けていた。頬は赤らみ、息も荒くなっている。これってもしかして、ピンクスライムの液の影響で『発情』してる?
いや、考えなかったわけじゃないですよ? なんといっても『ラッキースケベの洞窟』ですから。でもまさか、ホントにそんなことが起こるなんて。
『ねえ……抱いて? ルクス……』
『え!? いや、そんな、』
『いや……?』
『いやじゃありません!』
食い気味に返答する。いやなはずないじゃないですか! こんな美少女が、尚且つ気になってる女の子が求めてきてくれているのに、いやであろうはずがない!
『で、でもいいの? 今のティアナは、ピンクスライムのせいでそんな感じになってるんでしょ? 今僕とシちゃって、その……後悔しない?』
僕の最後の理性が、彼女に問いかける。
『バカね。どんな時だって相手くらい選ぶわよ。アンタなら、いいよ……?』
ハイOKいただきましたー! アリガトウゴザイマス! アリガトウゴザイマス! もーこっから先は止められたって止まりませんからネ! 僕の中の野獣よ、今こそ戒めの鎖から解き放たれるがいい! ウオォォォン―—!
―—コンコン。
控えめにドアをノックする音に目を覚ます。目を、覚ます……。
って、チキショー! 夢かーい!
都合が良すぎるとは思ったんだよなあ。あのティアナが、たとえ敵の攻撃を受けたとはいえ、あんな甘えた感じになるなんて。もー、興奮して損した。
―—コンコン。
ノックの音は続いていた。ハイハイ、誰ですかーっと。
ベッドから這い出てドアを開けると、ピンクのパジャマに着替えたティアナが立っていた。髪は下ろしている。夢と同じように。
「ルクス……」
「え、ティアナ!? ど、どうしたの? こんな時間に」
こ、これはまさかの夢の続き? それともさっきのは予知夢だったとか? 部屋に招き入れたと同時に、勢いよく抱きついて来られちゃうのかしら! ヨーシ、バッチコーイ!
「あのね……」
「う、うん! なに? 身体が熱くて火照ってたりする―—?」
「……何言ってんの? アンタ」
「え、違うの……?」
拍子抜けする僕を、呆れ顔で見つめるティアナ。そして、小さくため息をついた。
「何勘違いしてんのよ。今日はその……ありがとうって、言いたかっただけ」
「え、いや……」
「最後、結構ヤバかったから。アンタがいてくれてよかった。まだまだ頼りないけど、あの時だけは、けっこう…ッコよかったよ」
声がどんどん小さくなって、語尾がよく聞き取れなかった。でも、訊き返したら怒られそうだな……。
「―—それだけ! じゃあ、おやすみ!」
「え、あ、うん。おやすみ……」
ティアナは言うだけ言うと、足早に自分の部屋へと戻っていった。
彼女の部屋のドアが閉まるのをぼんやりと眺めながら、それでもなんだか無性に嬉しくて、今夜は眠れなくなりそうだった。
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