第34話 ヒロインたちがピンチです🖤(マジで)

「ふえ~ん。お尻痛いです~……」

「僕も……。見てよメア、あまりの衝撃にお尻がふたつに割れちゃったよ……」

「え!? わ、私、元からふたつに割れてました! ルクス様、ちょっと見てみていただいてもいいですか?」

「アンタら、馬鹿なこと言ってると、今度は十文字に叩き割ってあげるわよ……?」


 尻に回し蹴りを喰らってヒョコヒョコ歩きの僕らに、ティアナが氷のように冷たい声を浴びせかける。


「じょ、冗談はさておき……。この地下二階エリア、床も壁も天井も謎の粘液まみれで、滑りやすくて踏ん張りが効かないね。走るのだって難しいし……。こんなところで敵に襲われたらヤバいね」

「確かに、環境にあわせた準備が必要ね。スパイクの付いた滑りにくい靴とか。じゃないと十分に戦えないだろうし、それどころか敵から逃げ出すのだって容易じゃないわ」

「じゃあ、今日は無理せず上の階に引き返そうか。それで、『セーブポイント』から入り口に帰還しよう。きちんと準備をして、明日また出直すということで」

「「賛成(よ)(です)」」


 ふたりともアッサリ同意する。さっき転んで、全員服がヌルヌルだもんな。早く帰ってお風呂に入りたいというのが本音だろう。


「そうと決まれば、敵に遭遇する前に引き返そっか……って、」


 背後を振り返った僕らの前に、魔物の群れが姿を現した。

 


 魔物たちは、まさに『沸いて出た』という表現がピッタリくる程、音もなく気配もなく、いつの間にかそこにいた。


「『スライム』に『ワーム』、それに『大ナメクジ』か……。この環境に適応した魔物ばかりってわけね」


 スライムは全部で三匹。二匹は上の階でも見た普通のスライムだったが、一匹は身体がピンク色でひとまわり大きかった。スライムの亜種なのかもしれない。

 あと、海にいるイソギンチャクを巨大にしたような魔物が天井に張り付いていて、長い触手をユラユラと揺らしていた。身体や触手の表面は粘液にまみれ、ヌラヌラと光っている。

 最後は僕らと同じくらいの大きさをした、巨大なナメクジ。やはり身体の表面は粘液まみれだった。ウーン、見た目が生理的に気持ち悪いなあ。 


「全部で五匹か……多いね。初めて見る魔物もいるし」

「でも戦うしかないわね、この足場じゃ逃げられない。まずは数を減らしましょう。私が速攻でスライム三匹を片付けるわ。メアはワームを『幻惑』で足止めして。私があとで加勢するから。ルクス、アンタは大ナメクジをお願い。気持ち悪くてできれば触りたくないから、アンタひとりで倒せるなら倒しちゃって」


 うえ~、できれば当たりたくない敵を指名されてしまった。でも仕方ないか、僕の魔剣のリーチじゃ天井に張り付いたワームの本体に届かないし。



 三人それぞれの持ち場について、戦闘を開始する。

 僕は大ナメクジと向かいあった。うう……やっぱり気持ち悪い。触りたくないなあ。ナメクジといえば『塩』だよな……。ぶっかけたら縮まないかしら。でも塩なんて持ってないし……。あ、オシッコとかかけたらどうかしら。

 女子ふたりの背後で立ちションをすることを僕が真面目に検討していた隙に、大ナメクジが攻撃を仕掛けてきた。

 

「ブジュジュッ!」


 突如、口から勢いよく粘液の塊を吐き出してきたのだ。


「うわ、危なっ!」


 あわてて避けようとしたのがよくなかった。ヌルヌルの床に足を滑らせて、盛大に尻餅をついてしまった。仰向けに倒れる。


「ブジュジュジューッ!」


 なおも吐き出されるナメクジの粘液が、僕の脚を直撃した。


「う、重い……! それにこれ、すごい粘着力で……ヤ、ヤバい! 動けない!」


 粘液の塊から脚を引き抜こうもがくが、一向に脱出できない。その間に大ナメクジは悠然と迫ってくる。やめて、そんな巨体でのし掛かられたら……!

 そういえば聞いたことがある。大ナメクジは、獲物の穴という穴に産卵管を差し込んで、無数の卵を産み付けると。卵は獲物の体内で孵化し、ある時子ナメクジたちがウゾウゾと……。


「―—アッ! や、やめっ……! ―—ンッ! ダメもう! ―—ヤダッ! お、お願い……お、犯さないで……。ティアナ、メア、助けて~~っ!!」



 仰向けに倒れてひっくり返った視界に、苦戦しているメアとティアナの姿が映った。


「ふぇ~⁉ ル、ルクス様~! た、た、た、助けてくださ~いっ!」

 

 ワームと対峙していたメアだったが、どうやら『幻惑』のスキルを使用したことが裏目に出たらしい。

 確かにスキルは効果を発揮して、天井に張り付いた本体から伸びる触手は統制を失ってバラバラに動き、標的であるメアを正確に狙えなくなっていた。

 しかし、触手の圧倒的な数の多さが災いした。偶然にもそのうちの何本かが、メアを捕らえることに成功してしまったのだ。

 

「このヌルヌル触手さんが、私の手足にすごく絡み付いて……!」 


 「一度捕らえてしまえばこちらのもの」とばかりに、スルスルとメアの身体に巻き付く触手たち。レオタードから伸びる白くて美しい腕や脚を、醜い蛇の群れが拘束していく。いたぶるかのようにその身を肌の上で滑らせ、汚ならしい粘液をすり込んでいく。


 ズッ、ズッ、ブッチュ。


 触手と肌の間で、粘液が白い糸が引いた。


「やだ、胸にも……っ⁉ あわわ、レオタードの中にも入ってきて……⁉  ―—ンッ! ―—アンッ!」


 幼い顔立ちに不釣り合いな、メアの豊満な胸の形を確かめるかのように巻き付いていた触手たちは、やがて服の下にもモゾモゾと侵入していく。

 まるでメアの身体を味わおうとするかのような、いやらしい動き。それにあわせ、メアの口から鼻にかかった甘い声が漏れ出す。うぶなサキュバス娘は、完全に翻弄されていた。


「え……な、なんです、その先端のイソギンチャクみたいなの……? ダメッ、そんなので吸い付かれたら……。ル、ルクス様~~っ‼」



「このっ! とっとと倒されなさいよ、スライスのくせにっ!」 


 ティアナの苛立った声がして、視線をそちらに向ける。

 見ると、ティアナがピンク色のスライムを何度も殴りつけていた。しかし、ヌルヌル滑る足場に威力を殺された不完全な攻撃は、普通のスライムならいざ知らず、強化タイプであるピンクスライスには効きが悪いようだった。

 じれているティアナをあざ笑うかのように、ピンクスライムの口から何かが噴き出される。


「―—アッ⁉ コイツ、ベトベトの気持ち悪い液を……! ―—キャッ!? 当たった部分の服がけてる!?」 


 見ると、白いシャツの肩口から胸の辺りまでが融けて、肌が露出していた。ニーソックスにも穴が空いている。あわてて胸元を手で隠すティアナ。

 彼女自身、液を喰らっても痛みや熱さなどを感じていないらしいことから、あくまで衣服の繊維のみを融解させる液体のようだ。少女の羞恥心をあおるのだけが目的かのような、いやらしい攻撃。

 普段の彼女だったら、怒りにまかせて敵を一瞬で葬り去っていたことだろう。しかし今は、足場のせいで攻撃を避けることすらままならず、ただただ耐えるしかなかった。スライムごときにいいように与えられる屈辱に、怒りと羞恥からティアナの顔は紅潮し、目にはうっすら涙が浮かんでいた。

 そんな彼女に向かって、さらなる溶解液の雨が降り注ぐ。


「ちょ、ちょっと……ダメよ、それ以上ぶっかけないで……。ル、ルクスっ! 早くこっち来て手伝いなさいよっ!!」



 あれ? もしかして、僕らけっこう大ピンチ? 『修練』どころか、こんな廃ダンジョンの序盤で、下手すると全滅ですか?


「んッ、やッ……、助けてぇ、ルクス様ぁ……」

「アンっ! この! や、やめろぉ!」

 

 僕は我がことながらあきれてしまっていた。こんな生きるか死ぬかの瀬戸際でも、童貞の僕は仲魔の美少女たちのエッチな姿から目を離せないでいることに。

 でもだって、エロいんだもん。ヌルヌルの触手に四肢を拘束され、天井から吊られながらレオタードの中をまさぐられるメアも。

普段強気なのに、今は雑魚敵にいいように半裸にされながら反撃すら許されず、羞恥で涙目になっているティアナも。

 エロい! エロい! エロすぎる!


 そんな不謹慎なことを考えていた僕の頭の中に、不意に声が響いた。



 わかるぜ……。馬鹿だよな、男ってもんは。いつだってエロいもんを追いかけちまう。

 ただ、今は大事な仲魔を救うべき時だ。

 さあ、魔剣にお前の‘’欲望‘’を流し込め。

 お前の‘’漢‘’を見せてやれ!



 その瞬間、手に握っていた魔剣が熱くなり、目もくらむばかりのまばゆい光を放ち始めた。

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