第22話 ハジメテの夜這い🖤

 「ヨバイにうかがいました」と、メアちゃんは言った。


 ヨバイ……よばい……やっぱり『夜這い』だよなあ、僕の聞き間違えじゃなく。よーするに「エロいことを、しに来ました」と。

 「まったまたー、ご冗談をー」と一笑に伏すには、彼女の格好はそれっぽすぎた。

 

「あの、お部屋に入れていただいても……?」


 低身長なメアちゃんが、上目づかいで訊いてくる。

 ど、どうしよう……。こんな姿の彼女を部屋に招き入れたら、言い訳できないだろうし。

 言い訳? 誰に? ティアナに。


 「昼間私に、あんな恥も外聞もなく『ヤらせてください!』なんて言っておきながら、舌の根も乾かないうちに別の女の子とハレンチなことするつもり?」なんて、言われても仕方ない事態になるだろうな。

 いや、でも待て。そもそも『こんな格好のメアちゃんが、僕の部屋の前にたたずんでいる』という、今のこの状況自体、ティアナに見られたらマズイんじゃ……。


「あ、ああ……うん、どうぞ」


 色々考えた結果、とりあえず中に入ってもらうことにした。果たしてよかったんだろうか……。


 目のやり場に困る格好のまま、ベッドの方に歩いていくメアちゃん。その後ろ姿を見ると、尾てい骨の辺りから、黒いしっぽが生えていた。しっぽの先端はハート型になっている。瞳の色とやや尖った耳以外、人間や他の魔族と違いがないと思っていたけど、こんな特徴があったんだな。

 今、そのしっぽは背中に付きそうな程ピンッと立っていて、そして所々ガクガクッと折れ曲がっている。まるで壊れた時計の針みたいだ。いつもあんな感じなのだろうか。


「あっ……」

 

 メアちゃんが小さく声を上げる。視線の先には、ベッドの上に投げ出された『TV』の操作板があった。

 しまったー! さっき急に呼び掛けられたもんだから……。まさか部屋に入られるとは思ってもないし。


「ルクス様、こちらをご覧になろうとしてたんですね……?」

「え? いや、あの、違うよ! ほら、異世界の道具って珍しいし、男女のエッチな光景以外にも、何か観られるかと思って! 今後の戦いの役に立つかもしれないと思って!」

「えと……私は『男女のエッチな光景』とは一言も申しておりませんが……」


 ぼ、墓穴! 余計なことを言わなければ、「『TV』自体知らなかった、たまたま手に取っただけだった」って言えたのに!


 うろたえる僕の身体に、不意にメアちゃんのしなやかな両腕が伸ばされ、絡み付く。女の子の柔らかな身体の感触が伝わる。


「なっ……!」

「……申し訳ございません」


 メアちゃんの口から謝罪の言葉が紡がれる。僕の胸に顔を埋めた彼女は、陸に揚げられた魚のように口をパクパクすることしかできない僕の様子には、気づいていないみたいだ。


「本来でしたら、もっと早くに床にうかがうべきでした。きっと、私が来るのが遅いのでお怒りになって、一旦こちらでご自身を鎮められるおつもりだったのですね……?」


 少女の小さな肩が震えている。なんだろう、髪からなのか、身体からなのか、甘い、いい匂いがする。身体が(主に下半身が)熱くなって、頭がクラクラしてくる。

 メアちゃんは僕に抱きついたまま、全体重を預けてくる。バランスを崩して、ふたりしてベッドの上に倒れ込んだ。


「……失礼いたします」


 気付けば僕の身体の上に、メアちゃんが馬乗りになっていた。下から見上げると、その胸の大きさに、改めて気づかされる。まるでふたつの巨大な山脈だ。

 ……って、ナニナニナニこの状況! なんで僕、急にメアちゃんに押し倒されてるの? 突然のことに、頭がまったく追いかない。


「今宵から、精一杯つとめさせていただきます。なにぶん不慣れなものですから、至らない点は多いと思いますが、この身体、存分に味わってくださいませ……」


 ハー!? つとめるって言った? 味わうって言った? それ全部エロい意味ですよね? 僕童貞だけど、小説や春画で、『そういうセリフ』はバッチリ予習済みなんだからね! 今さら「ドッキリでした」とかナシだからね! 

 

「メ、メアちゃん……」

「ルクス様……」


 メアちゃんの顔が、ゆっくりと僕の顔の上に降りてくる。

 あれ? 今日、これに似たことを、誰か大切な人としたような、してないような……。

 ぼんやりとした頭が記憶を手繰っているうちに、ふたりの唇は今まさに重なって、


「や、やっぱりムリですー!!!!!」

「ヘブウッ!」


 僕は口づけの代わりに強烈なビンタを頬に喰らって、意識を吹っ飛ばされたのであった。


★★★ 次回 ★★★

『第23話 サキュバス失格』、お楽しみに!

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