第23話 サキュバス失格
「……様、……クス様、」
どこか遠くで、誰かの声がする。オロオロした、頼りない、ほっておけない気にさせる声。同時に、ポタポタと温かな水滴が落ちてきて、顔を濡らす。どうやら僕は横になっていらしい。
「う、う~ん……」
ゆっくりまぶたを開けると、巨大な丸い影がふたつ、目の前でユサユサと重たげに揺れている。……はて、これはなんだろう?
後頭部には温かくて柔らかいものが当たっていて、とても気持ちがいいんだけど、ここはいったい……?
「あ! 気が付かれましたか? うわ~ん、ルクス様~! よかったです~!!!!」
「メア……ちゃん? ……ウブゥッ!」
目の前で揺れていた影が、突如、僕の顔に迫ってきて、そのまま押し潰される。く、苦しいっ……! 息ができないっ……!
僕は手足をバタバタさせて窮状を訴える。
「あっ! ご、ごめんなさいっ……!」
その声とともに、僕の顔にのしかかっていた重しがどけられる。……ふう、空気おいしい。
落ち着いてみると、涙と鼻水で顔をグチャグチャしたままエグエグとえずいているメアちゃんの顔が、逆さまに僕の目に映った。
どうやら僕は、彼女に膝枕されているみたいだ。ん……? じゃあ、さっき僕の顔に降ってきた、大きくて柔らかいかたまりは、彼女のオッパ、
ガバッ!
「キャフッ!」
僕はバネ仕掛けの人形みたいに跳ね起きる。その際、僕の額がメアちゃんのアゴにクリーンヒットして、今度は彼女がベッドの上で悶絶する羽目になった。
◆
「……よーするに、パニクって平手打ちを喰らわせたら僕が失神しちゃったから、オロオロしながら膝枕で介抱してくれていた、と?」
コクコク。
メアちゃんが自分のアゴを押さえたまま、涙目でうなずいている。
なるほどね。しかし、いくら不意打ちだったとはいえ、女の子のビンタ一発で失神って、情けないな僕。やっぱり、身体鍛えよう……。
「ごめんね、せっかく介抱してくれてたのに、痛い目にあわせちゃって」
「い、いえ! 私の方こそ、マスターに手を上げるなんて、とんだご無礼を……。たたでさえ、
そう言って、再び目に涙を浮かべて、肩を震わせるメアちゃん。彼女の背後のしっぽは、悲しそうにグニャリと床に垂れ下がっている。どうやら感情に連動するみたいだな、面白い。ん……? じゃあさっき、しっぽがピンと反り返って、ガチガチになってたのって、すごく緊張してたってことなのかな?
「サ、サキュバス失格?」
「ウー……。はいぃ……。私、サキュバスのクセに『そういった』経験ゼロで……。それどころか、男の子と手を繋いだことすらなくて……。だけど、『色欲』のルクス様はそのふたつ名が示す通り、『性的な意味での
あンのふたり、吹き込みやがったな。童貞の僕を捕まえて『性豪』だと……?
「だから、自分から夜伽に行かないようなダメなサキュバスはお怒りを買って、部屋に押入られちゃうって……。裸に
鬼畜か、あのふたり。
僕もはや人の域を越えたナニカじゃん。
「あ、あのね、メアちゃん。そんなの真っ赤なウソだから……」
「え……? 部屋に押入って来ないですか……?」
「来ない来ない」
「裸に剥いたり、全身いやらしく舐め回したりは……」
「しないしない」
「もしかして、大蛇顔負けのモノでわからせたりも……」
「しないよっ!」
何その恥ずかしい誇張!
「毎晩10回、100回連続絶頂の刑も……」
「ありません!」
「まさか……その気になっても股間に何本も生やせない……とか……?」
「ムリでしょ、フツーどう考えても! なんでそこが『まさか』なのさ! 僕のアソコ、ヒュドラかなんかなの?」
メアちゃんが、「そう言われても、まだちょっと信じられない」みたいな顔をしている。ウーム、強力だな、あのふたりの洗脳は。こうなったら仕方がない……。
「あのね、メアちゃん。僕も、その、同じなんだ……」
「同じ、とは?」
「だから、君と同じで『そういう』経験がゼロなんだ」
「またまた~。『性豪』のルクス様が」
「『色欲』ね! 変わっちゃってるから、ふたつ名! ……いや、ホントに。冗談でも何でもなくて」
「僕、童貞です!」と、高らかに宣言した僕に、失格サキュバスっ娘はただただ目を丸くするのだった。
★★★ 次回 ★★★
『第24話 真夜中の訪問者🖤(その2)』、お楽しみに!
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