第20話 『低身長で巨乳なサキュバスっ娘』・メア

 「じゃあ、頑張ってね~」と言って、母上は帰っていった。ティアナは帰る素振りを見せない。今日はまだ付き合ってくれるのかな?


「ではひとまず、ルクス様のお部屋にご案内しますね。——メア」

『は、はい。お母様かあさま——』


 どこからか声がしたかと思うと、周囲の影がスーッと集まり、その黒いモヤの中からオドオドした様子の少女が現れた。

 美しい黒髪のロングヘア。頭の左右から生えた、羊のようにクルッと巻いた角。顔立ちはアンナさんによく似ていたが、どこか幼い印象だった。身長も低めで、頭が僕の胸の辺りくらいだ。——年下なのかな? 

 しかし一方で、胸はこの場にいる女性の誰よりも大きかった。ティアナより大きいのは当然のこととして、十分に巨乳(そして美乳だ)と言っていいアンナさんより、さらに大きい。加えて、身につけているのがピッチリした黒いレオタードなので、身体のラインが強調されて、胸の存在感はいや増すばかりだった。


「私の娘です。案内はこの子にさせますので」

「サ、サキュバスのメアと申します、『色欲』のルクス様。よ、よろしくお願いします!」


 『低身長で巨乳なオドオド年下サキュバスっ娘』のメアちゃんか。なるほどなるほど。『スレンダー(といえば聞こえはいいが)で性格ツンツンな幼なじみ美少女』のティアナとは、まったく違った方向性の美少女だ。どっちも違って、どっちも尊い。


「ルクス……。アンタ今、私に対してなんか失礼なこと思ったでしょう……?」


 ナ、ナンノコトデショウカ?


「私はこちらで失礼します。さきほど緊急避難させてしまった『お客様』方の記憶を消去したり、偽りの記憶を植え付けたり、そのまま操ってダンジョンの破壊された箇所を補修させたりと、諸々もろもろ対応して参りますので。——メア、後はまかせましたよ?」

「は、はい。お母様」


 ―—ん? アンナさん、今さらっと怖いこと言って去っていった気がするんだけど。……まあいいか。


 僕とティアナは、メアに導かれて再びダンジョンの中へと戻った。



 1階の受付の脇には両開きの扉があり、それがひとりでに開くと『狭い部屋』が現れた。5人もその中に立てばギュウギュウになってしまうほどの広さしかない。


「ど、どうぞ中へお入りください」

「え、この中に?」


 メアに促されて、ティアナとふたり、首をかしげながらも足を踏み入れる。メアも僕らの後から付いて来て、3人して小部屋に収まった。背後で扉が閉まる。


「ちょっと、狭いんだけど。どうしようっていうのよ?」


 確かに狭いな、ティアナが文句を言いたくなる気持ちもわかる。


 ムニュ。


 ――ん? なんだろう、背中に当たるこの柔らかな感触は。僕の背後でメアが身体の向きを変える気配がする。どうやら背中合わせになったみたいだ。……ってことは、さっきの『ムニュ』はオッ、


「す、すみません。このまま5階に昇りますね。少しだけご辛抱ください」

「このまま?」


 メアの言葉に続いて、足元がわずかに揺れたかと思うと、ウィーン……という微かな音が響いた。と同時に、身体に奇妙な感覚が襲う。しっかり立っているはずなのに、足元が不安定な感じ。両膝に対して、空から見えない重さが降ってくる感じ。


 チーン!


 わずかののち、甲高い音が響いて扉が開いた。小部屋から出る。扉の外の景色が変わっていた。


「ご、5階に到着しました」

「え、もう移動したっていうの? 階段も使わずに?」


 移動用の魔法陣のように、魔力が使用された感覚はなかった。……と、いうことは。


「メアちゃん、これもやっぱり異世界の道具なのかな?」

「は、はい! 『エレベーター』という仕掛けだそうです。べ、便利ですよね……」


 僕の質問に、メアは一瞬ビクッと肩を震わせ、それからオドオドした調子で教えてくれた。

 うーん、反応がいちいち草食系の小動物みたいでカワイイ。なんかイジメたくなっちゃうな……。イカンイカン。


 5階フロアは、『エレベーター』からまっすぐ伸びた短い廊下と、廊下に面したいくつかのドアだけで構成されていた。窓はないが天井に光る板が取り付けられていて(そういえば、1階の各部屋の天井にもあった。『ライト』というらしい)、暗くはなかった。

 僕らは廊下の突き当たりにある部屋に案内された。

 

「ここがルクス様のお部屋になります。こちらが寝室兼リビング、あちらがお風呂場で、こちらがトイレになります」


 寝室兼リビング? 巨大なベッドとソファー、ガラステーブルに『TV』……。要するに、今日見た1階の部屋と、完全に同じレイアウトじゃないか。……まあいいんだけどさ。

 ほら、ティアナもなんか思い出して、頬を赤くしてるじゃないか。あ、気づかれた。にらまないで、怖いから!


「フン。とにかくよかったわね、自分の部屋ができて。さて、観るだけ観たから今日は私、これで帰るわね。明日から試合に向けて色々頑張りましょう」

「うん。ティアナ、今日は本当にありがとう。あと、成り行きとは言え、巻き込んじゃってゴメン……」


 ティアナがため息をつく。


「別に。私が自分から巻き込まれに行ってるだけよ。アンタが気にすることじゃないわ」


 やだ……この娘、男前だ。


「で、では、私も失礼いたします。後ほどお食事をお持ちしますね。何かご用事がありましたら、そちらの『電話』という道具で、『502号室』——私の部屋に繋いでください。この『501号室』のお隣ですから、すぐに参ります」

「え……? メアちゃんの部屋、隣なの?」


 メアはキョトンとした顔で応えた。


「は、はい。ルクス様のお近くに控えて、身の回りのお世話をするように、とお母様から命じられております。で、ですので、必要なものがあればすぐにお持ちしますし、マッサージをしろと言われればいたします。お風呂でお背中を流せと言われれば流しますし、よ……夜伽よとぎをせよと言われれば……」


 ゴクリ……。この娘、草食系の小動物かと思ったけど、やっぱり肉食系のサキュバスだったのかな? ……でも顔、というか尖った耳まで真っ赤になってるけど。


「あー、ウーン! 試合まで時間もないことだし? 私もしばらく、ここでご厄介になろうかしら! メアさん、悪いんだけど、メアさんの向こう隣の部屋って空いてる?」

「え? は、はい。空いておりますが……。ルクス様さえご了解いただければ、すぐにお部屋の準備をいたします」


 不意にティアナが声を上げる。それもなんか棒読みで。

 え? ナニナニ急に。 ティアナまでここに住むの? って言うか、僕の部屋の左右、ティアナとメアちゃんの部屋なの?



 緊張して寝られないよ、今夜から……。




★★★ 次回 ★★★

『第21話 真夜中の訪問者🖤』、お楽しみに!


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