第19話 VS『傲慢』のダンジョン

 その声の主は誰あろう、母上だった。


「あん? 母上は引っ込んでろよ。これはダンジョンマスター同士の問題だぜ?」

「あら~? ダンジョンマスター同士の問題『なら』、引っ込んでられないわね~」


 母上はいつもの調子でそれだけ言うと、すっと表情を引き締めた。そして、静かに言葉をつむぐ。


調停者ルーラー、ドナティ・ヴァーンズが命じます。『傲慢ごうまん』、『色欲』。双方、この場での戦闘行為は、これを禁止します」


 その瞬間、キビルの手のひらの先にあった巨大な‘’力‘’の固まりは、大気中に雲散霧消うんさんむしょうした。

 

「な―—!?」

「―—チッ」


 僕は驚きの声を上げ、キビルは舌打ちした。

 母上の言葉が、キビルの“力”を『強制的に』打ち消したように見えたけど……。


「オイオイ、母上が調停者ルーラーだったなんて初耳だぜ?」

「あなた達には言ってなかったからね~」


 ―—調停者ルーラーって?

 僕が頭の上に『?』を浮かべているのを見て、アンナさんが耳打ちしてくる。

 

調停者ルーラーとは、ダンジョンマスター同士の戦いが正当に取り行われるよう監視・監督する役割を持った者のことです。本人はダンジョンランキングにエントリーすることはできませんが、一方でダンジョンマスターおよびその眷属に対して、絶対の支配権を有します。全魔族の中でも、五十名くらいしかいない、特別な方々なんですよ? 何と言っても、魔王様が全幅の信頼を寄せられ、直々に拝命なさるのですから」


 あの母上が……! 

 僕は驚くと同時に、アンナさんの囁き声の破壊力に必死に抵抗していた。唇の離れる時の「チュッ」っていう水っぽい音や、時々差し挟まれる「ハァ……」っていう悩まし気なため息なんかが、僕の鼓膜を甘く刺激して背筋がゾワゾワしてくる。それに、髪からなんかいい匂いもするし。この人、やっぱりサキュバスなんだな……。


「ドナティちゃん……いえ、奥方様は、今は第一線を退かれておられますが、その昔は『天秤てんびんの姫君』と呼ばれて、ダンジョンランキングの戦いを取り仕切っておいでだったんですよ」

 

 へえ、あの母上が……!

 僕は再び驚くと同時に、今度は右腕に押し当てられたオッパイの弾力に耐えていた。——近い! 近いよ、距離感大事!


「―—ともかくも、すべてのダンジョンは各マスターのものである以前に、偉大なる魔王陛下のものです。ダンジョンランキングは、マスター達を競わせることで、効率的にダンジョンの成熟を促すためのもの。ゆえに『価値ある戦い』が求められます。ダンジョンランキング規定・第5条『就任からひと月を経ないマスターの勝負は、これを禁ずる』。経験不足のマスターが他のマスターに無謀な勝負を挑むことも、反対にベテランマスターが新人を一方的に標的とすることも、どちらも認められていません」


 母上の手にはいつの間にか、光る天秤と剣が握られていた。調停者ルーラーのスキルだろうか。


「勝負をするならひと月後です。キビル、その時には存分にあなたの“力”を振るうといいでしょう。そしてルクス。与えられた時間はわずかですが、その間に己を磨き、“力”を蓄えなさい。勝者には『栄光』が与えられるでしょう。しかし一方で」

 

 母上が僕を見て、言った。


「敗者には『命』か『隷属れいぞく』が求められます。——あなたに、その覚悟がありますか?」



 『命』か『隷属れいぞく』か——。

 うーん、どっちも嫌だなあ……。でもなあ……。


「はい、わかりました」

「あら~、けっこうアッサリねえ? 本当にいいの?」


 僕の返事に、母上が目を丸くする。口調も普段通りに戻っている。


「いや、『いいの?』と言われたら嫌に決まってるんですけど……。でも、元々僕から言い出したことですし……。それに僕、新米でもダンジョンマスターですから」

「ダンジョンマスターだから?」

「アンナさんが守ってきてくれたこのダンジョンのこと、誰にも馬鹿にされたくないし、大切なひとを侮辱されて黙ってもいたくない―—よーするに僕のワガママです」


「ルクス……」「マスター……」


 母上は微笑んで小さくうなずくと、光る天秤てんびんを掲げて高らかに宣言した。


「よろしい。それではここに、ひと月後の決戦を認めます」


◆『色欲』のダンジョン:『不夜城・ファイト一発🖤』

  マスター:ルクス・ヴァーンズ

 ランク:666位

 ダンジョン継続時間:1.0日


◆『傲慢ごうまん』のダンジョン:『空に堕ちる塔リバース・バベル

 マスター:キビル・ヴァーンズ

 ランク:333位

 ダンジョン継続時間:1.1年


 空中に半透明の巨大な文字盤が浮かび上がり、それぞれのダンジョンの情報が表示される。わ、僕の顔も一緒に映ってる。


「試合の様子は、偉大なる魔王陛下をはじめ、すべてのダンジョンマスターに向けて中継されます。双方、マスターの名に恥じぬ戦いを期待します」


 へー、魔王様やほかのダンジョンマスターも僕らの試合を観るんだー、緊張しちゃうなー……って、魔王様も⁉

 ―—いや、公式な試合ならそれが当たり前なのか。でも、復活して1日しか経ってない、ランキング最下位のダンジョンが喧嘩売るんだから、確かに無茶な話だよなぁ。キビルのダンジョンは、継続時間が1年ちょっとで……333位⁉ アイツ、たった1年でそんなにランク上げてたの?


「せいぜいあがけよ、クソ兄貴! ひと月後には皆の前でお前をぶっ潰してやる! ……そうだな。その時にはそこにいるティアナも、俺のオンナにしてやるよ!」


 キビルはそう言い捨てると、空中で踵を返して夕陽の方角に飛び去っていった。



「―—なんか私、勝手に話に巻き込まれてるんですけど?」


 ティアナがふくれっ面で文句を言ってくる。


「ご、ごめんって。でも最後のアレは、キビルが勝手に言ってるだけで、別に気にしなくてもいいんじゃ……」

「馬鹿ね。確かにアイツが勝手に私のこと、アンタの『仲魔』だと勘違いして言ったことなんでしょうけど、それを魔王様やほかのダンジョンマスター達に聞かれちゃってるのよ? 今さら『誤解です』って言って回ることなんて、ヴォルフガント子爵家の面子めんつが許さないわ」


 なるほど、しっかり『巻き込んでしまった』わけか。成り行きだったとはいえ、悪いことをした。


「ご、ごめん……」

「フン、まあいいわ。言われっぱなしじゃ、私も嫌だったし。でもまさか、アンタがあんな風に言うなんてね。小さい頃なんて、喧嘩のひとつもしたことなかったのに」

「小さい頃どころか、今日までしたことなかったよ。……でもホラ、さっき約束しちゃったこともあるし……」


 その言葉の意味に気づいて、ティアナの頬が赤く染まる。


「あ、あー……アレね。そうね、なら当然よね? ……もう。仕方ないから、私も力を貸してあげるわよ!」

「ティアナ……」

「約束~?」「約束ってなんのことですか~?」


 ぬーん。


 母上とアンナさんが、僕とティアナの間にヌルリと割り込んでくる。

 母上、すっかりいつもの調子だ。


「こ、こっちの話です! それよりアンナさん、これからひと月でなんとかキビルに勝てるようになりたいです。色々教えてください!」


 僕が勢いよく頭を下げると、アンナさんは優しく微笑んだ。そして、黒いドレスのスカートのすそを指でつまんで、うやうやしく礼をした。


御意ぎょいのままに。我がマスター」


 ―—止めてください。その角度からチラ見える胸の谷間は、僕に効くから。



★★★ 次回 ★★★

『第20話 『低身長で巨乳なサキュバスっ娘』・メア』、お楽しみに!

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