第19話 VS『傲慢』のダンジョン
その声の主は誰あろう、母上だった。
「あん? 母上は引っ込んでろよ。これはダンジョンマスター同士の問題だぜ?」
「あら~? ダンジョンマスター同士の問題『なら』、引っ込んでられないわね~」
母上はいつもの調子でそれだけ言うと、すっと表情を引き締めた。そして、静かに言葉を
「
その瞬間、キビルの手のひらの先にあった巨大な‘’力‘’の固まりは、大気中に
「な―—!?」
「―—チッ」
僕は驚きの声を上げ、キビルは舌打ちした。
母上の言葉が、キビルの“力”を『強制的に』打ち消したように見えたけど……。
「オイオイ、母上が
「あなた達には言ってなかったからね~」
―—
僕が頭の上に『?』を浮かべているのを見て、アンナさんが耳打ちしてくる。
「
あの母上が……!
僕は驚くと同時に、アンナさんの囁き声の破壊力に必死に抵抗していた。唇の離れる時の「チュッ」っていう水っぽい音や、時々差し挟まれる「ハァ……」っていう悩まし気なため息なんかが、僕の鼓膜を甘く刺激して背筋がゾワゾワしてくる。それに、髪からなんかいい匂いもするし。この人、やっぱりサキュバスなんだな……。
「ドナティちゃん……いえ、奥方様は、今は第一線を退かれておられますが、その昔は『
へえ、あの母上が……!
僕は再び驚くと同時に、今度は右腕に押し当てられたオッパイの弾力に耐えていた。——近い! 近いよ、距離感大事!
「―—ともかくも、すべてのダンジョンは各マスターのものである以前に、偉大なる魔王陛下のものです。ダンジョンランキングは、マスター達を競わせることで、効率的にダンジョンの成熟を促すためのもの。ゆえに『価値ある戦い』が求められます。ダンジョンランキング規定・第5条『就任からひと月を経ないマスターの勝負は、これを禁ずる』。経験不足のマスターが他のマスターに無謀な勝負を挑むことも、反対にベテランマスターが新人を一方的に標的とすることも、どちらも認められていません」
母上の手にはいつの間にか、光る天秤と剣が握られていた。
「勝負をするならひと月後です。キビル、その時には存分にあなたの“力”を振るうといいでしょう。そしてルクス。与えられた時間はわずかですが、その間に己を磨き、“力”を蓄えなさい。勝者には『栄光』が与えられるでしょう。しかし一方で」
母上が僕を見て、言った。
「敗者には『命』か『
◆
『命』か『
うーん、どっちも嫌だなあ……。でもなあ……。
「はい、わかりました」
「あら~、けっこうアッサリねえ? 本当にいいの?」
僕の返事に、母上が目を丸くする。口調も普段通りに戻っている。
「いや、『いいの?』と言われたら嫌に決まってるんですけど……。でも、元々僕から言い出したことですし……。それに僕、新米でもダンジョンマスターですから」
「ダンジョンマスターだから?」
「アンナさんが守ってきてくれたこのダンジョンのこと、誰にも馬鹿にされたくないし、大切なひとを侮辱されて黙ってもいたくない―—よーするに僕のワガママです」
「ルクス……」「マスター……」
母上は微笑んで小さくうなずくと、光る
「よろしい。それではここに、ひと月後の決戦を認めます」
◆『色欲』のダンジョン:『不夜城・ファイト一発🖤』
マスター:ルクス・ヴァーンズ
ランク:666位
ダンジョン継続時間:1.0日
◆『
マスター:キビル・ヴァーンズ
ランク:333位
ダンジョン継続時間:1.1年
空中に半透明の巨大な文字盤が浮かび上がり、それぞれのダンジョンの情報が表示される。わ、僕の顔も一緒に映ってる。
「試合の様子は、偉大なる魔王陛下をはじめ、すべてのダンジョンマスターに向けて中継されます。双方、マスターの名に恥じぬ戦いを期待します」
へー、魔王様やほかのダンジョンマスターも僕らの試合を観るんだー、緊張しちゃうなー……って、魔王様も⁉
―—いや、公式な試合ならそれが当たり前なのか。でも、復活して1日しか経ってない、ランキング最下位のダンジョンが喧嘩売るんだから、確かに無茶な話だよなぁ。キビルのダンジョンは、継続時間が1年ちょっとで……333位⁉ アイツ、たった1年でそんなにランク上げてたの?
「せいぜいあがけよ、クソ兄貴! ひと月後には皆の前でお前をぶっ潰してやる! ……そうだな。その時にはそこにいるティアナも、俺のオンナにしてやるよ!」
キビルはそう言い捨てると、空中で踵を返して夕陽の方角に飛び去っていった。
◆
「―—なんか私、勝手に話に巻き込まれてるんですけど?」
ティアナがふくれっ面で文句を言ってくる。
「ご、ごめんって。でも最後のアレは、キビルが勝手に言ってるだけで、別に気にしなくてもいいんじゃ……」
「馬鹿ね。確かにアイツが勝手に私のこと、アンタの『仲魔』だと勘違いして言ったことなんでしょうけど、それを魔王様やほかのダンジョンマスター達に聞かれちゃってるのよ? 今さら『誤解です』って言って回ることなんて、ヴォルフガント子爵家の
なるほど、しっかり『巻き込んでしまった』わけか。成り行きだったとはいえ、悪いことをした。
「ご、ごめん……」
「フン、まあいいわ。言われっぱなしじゃ、私も嫌だったし。でもまさか、アンタがあんな風に言うなんてね。小さい頃なんて、喧嘩のひとつもしたことなかったのに」
「小さい頃どころか、今日までしたことなかったよ。……でもホラ、さっき約束しちゃったこともあるし……」
その言葉の意味に気づいて、ティアナの頬が赤く染まる。
「あ、あー……アレね。そうね、なら当然よね? ……もう。仕方ないから、私も力を貸してあげるわよ!」
「ティアナ……」
「約束~?」「約束ってなんのことですか~?」
ぬーん。
母上とアンナさんが、僕とティアナの間にヌルリと割り込んでくる。
母上、すっかりいつもの調子だ。
「こ、こっちの話です! それよりアンナさん、これからひと月でなんとかキビルに勝てるようになりたいです。色々教えてください!」
僕が勢いよく頭を下げると、アンナさんは優しく微笑んだ。そして、黒いドレスのスカートのすそを指でつまんで、
「
―—止めてください。その角度からチラ見える胸の谷間は、僕に効くから。
★★★ 次回 ★★★
『第20話 『低身長で巨乳なサキュバスっ娘』・メア』、お楽しみに!
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