第13話 彼女の決意

 開いたドアの向こうに、ティアナが立っていた。

 その姿はバスタオルを巻き付けただけで、肩口と脚をあらわにした……というものではなく、先ほどとまったく同じ服装だった。

 なーんだ残念、なんて軽口を頭の中に思い浮かべていた僕は、彼女の顔を見て小さく息を飲んだ。

 ほんのり目の縁が赤い。泣いていたんだろうか。そうだとしても無理はない。突然、こんな不条理な状況に陥ってしまったのだから。浮かれていたさっきまでの自分をぶん殴りたい。

 しかしまた、今の彼女の表情には一欠片の動揺も見られなかった。深い森の中を思わせる、静けさだけがそこにあった。

 僕は、無性に恥ずかしくなった。


「あの……、ええと……、髪! お湯浴びたんでしょ? あんまり濡れてないみたいだけど、もう乾かしたの?」

「ん……、ああ、脱衣場に洗面台が付いてたんだけど、そこに『温かい風が出る不思議な道具』があったから借りたわ。すごいわね、あれ。やっぱり異世界の道具なのかしら」


 ティアナは肩口にかかった髪に目をやりながら、それを指でもてあそびつつ、静かな声で応えた。


「ふ、ふーん。僕も後で見てみよう……」


 ――どうしよう。気のきいた言葉が何も思いつかない。いや違うだろ、まずは話さなきゃいけない当面の問題があったはずだ。


「あのさ、部屋の中を調べてみたんだ。宝箱があって、中にナイフくらいの大きさの魔剣と、僕のご先祖様からのメッセージが入ってたんだけど、この部屋から脱出する方法の手がかりはなかったよ……」


 僕はさりげなくトランクスについての報告は割愛した。


「そ……。……ねえ、ルクス。お願いがあるんだけど」


 彼女がまっすぐ僕の目を見る。


「なに……?」



「もう一度だけ、あのドアに挑戦させてくれない?」



 ティアナが入り口のドアの前に立っている。

 脚を肩幅に開き、腰を深く落とした姿勢。左手は前に突き出され、右手は身体の横に軽く添えられている。

 目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。

 何かが満ちていくような、弓矢が引き絞られていくような、そんな‘‘’力‘’の高まりが感じられた。

 そして、限界まで水滴を湛えた木の葉が一気に弾けるかのように、その瞬間は訪れた。 

 ティアナの瞳が開かれる。


「獣・王・撃———!」


 キーーーーーン


 まばゆい光。それとともに、先ほどまでの暴力的な爆発音とは違う、澄んだ、甲高い、美しい音が響き渡った。

 

 やがて、静寂。

 

 ドアは無傷でそこにあった。



「――あは、ダメだった」



 ティアナは照れたような顔して苦笑すると、小さくため息をついた。軽くうつむき、すぐまた顔を上げ、僕を見てこう言った。



「いいわ。シましょう? ルクス――」




★★★ 次回 ★★★

『第14話 ドキドキ !? 初・体・験🖤』、お楽しみに!


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