第14話 ドキドキ !? 初・体・験🖤

「いいわ。シましょう? ルクス」


 彼女はそう言った。

 そして、壁とベッドとの間に設けられたスペースにある突起をいじって、部屋の明かりを弱くした。手慣れたものだった。

 

「ほら、そんなとこにボーっと突っ立ってないで、こっち来なさいよ」


 そう言って、さっさとベッドの縁に腰かけた。僕もそちらへ歩み寄ろうとするが、右手と右足が同時に前に出て転びそうになった。


「もう、なにやってるのよ?」


 薄暗がりの中、ティアナの苦笑する声がする。胸の中がくすぐったくなる声だった。

 数歩しか離れていない距離を、苦戦しながらモタモタと、なんとかベッドまでたどり着く。そして腰を降ろした。


 オズオズと彼女の方を見る。

 思わず叫びだしたくなるくらい、彼女はかわいかった。


 本当に僕、これからティアナとするんだよな。まず、どうすればいいんだろうか。

 こういう場合、まずはそう……キスからだよな。

 よし、さりげなくチュッって……、ハイ僕キスした経験もありませんでした! まさか初手から詰みとは……。

 いや、逃げちゃダメだ、ルクス! ファイトだ、ルクス! 押忍! やってやるです!

 

 ティアナの細い肩に軽く手を置いて、ゆっくりと顔を近づける。


「あ、キスはダメ」

 

 えー。ダメなのー?


「じゃあハグは?」

「ダメ」

「手を握るのは?」

「ダメ」

 

 オイオイ、オラ面白くなってきたぞ。

 キスもダメ、ハグもダメ、手を握るのもダメで、×××はしろって……できるかーい!


 思わず突っ込みを入れそうになって彼女を見ると、その肩がわずかに震えているのに気がついた。


「――じゃあ、触らないから、ふたりで横になろうよ」

「それなら……いい」


 僕らは広いベッドに並んで横になって、薄暗い天井をぼんやり見つめた。



「……アンタと会うのって、すごい久しぶりよね」

「お互い、別々の魔導学院だったからね」

「前に会った時は、アンタまだチビだった」

「ティアナだってチビだったじゃないか。僕よりチビだった」

「たいして変わらなかったじゃない」

「そうかな?」

「そうよ」


「……」「……」


「おば様は変わらないわね。相変わらずきれい」

「たしかに母上は昔から変わらないなあ」

「とても七人も子供がいるなんて思えない。アンタのお姉さんだって言われても、信じる人いると思うよ」

「本当に?」

「本当よ」


「……」「……」


「アンタって『色欲』なんでしょ? ――エッチなの?」

「知らないよ! ……たぶん、年相応だよ」

「フーン、年相応にはエッチなんだ?」

「……ティアナはどうなのさ?」

「……しらない。たぶん、年相応よ」


「……」「……」


「アンタ、童貞?」

「……」

「……でしょうね」


 じゃあティアナは? とは訊かなかった。

 でも、今日これまでの会話や反応で、絶対初めてだって思った。

 思って——だから、こんなことになって申し訳ないって気がした。いや、全部が全部、僕のせいってわけじゃないんだけど。


「……小さい頃、よくこうして一緒にお昼寝したわね」

「そうだったね」

「お風呂も一緒に入ったっけ」

「……うん」

「お医者さんごっこもしたことある」

「……小さい頃ね」


「よっ、と――」

 不意に、ティアナが起き上がった。僕も釣られてそうする。


「アンタが脱がせて」

「え?」

「私の服よ」

「……」

「お医者さんごっこと一緒でしょ。――アンタがヤレ」

 

 ついに、キタ。



  薄暗い室内だ。部屋の半分ほどのスペースが、大きなベッドで占められている。

 そのベッドの縁に、僕とティアナは向かい合って腰を降ろしている。


 ツインテールにまとめられた艶かな髪。かすかな灯りを照り返し輝く、宝石のような紅い瞳。薄闇に浮かび上がる、陶器のごとき白い肌。

 完璧なまでに均整の取れた造形は人形を思わせるが、その控えめな胸は微かに上下しており、彼女が作り物でないことを伝えていた。

 今、その美しい顔にははっきり、「不機嫌」と書かれている。


「――ねえ、シないの?」

 

 鈴を転がすような、ティアナの声。しかしド直球な表現に、思わずギクリとしてしまう。

 たしかに僕の腕は、彼女の服を脱がすべく伸ばされたまま、固まってしまっていた。

 緊張し過ぎで指がこわばっていて、うまく脱がせられる自信がない。そもそも手汗がすごくて、彼女に触ることすらためらわれる。というか、さっきから動悸どうきが激しすぎて、心臓が爆発しそうなんですけど!

 もっとスマートに振舞えないのかって? 

 いやムリですよ。だって僕、童貞ですから!


「するなら早くシて。どうせシない限り、ここから出られないんでしょう?」

 

 少女は部屋の入り口のドアに視線を向ける。僕もつられてそちらを振り向く。

 そこには例の文字。


「ここは『×××しないと出られない部屋』です」


 ああ——、どうしてこうなった?

 

 ここに来て僕はまだ、頭の中で何度もその問いを繰り返している。



「――何考えてるの?」

「……第1話の回収が無事に済んだなって」

「……何言ってんの? アンタ」


 うん、ごめんなさい。急にわけわかんないこと言って。


 とはいえ、僕の緊張はMAXに達していた。口の中はカラカラだし、指先は冷たいし、股間は当然ガチガチになっている。

 頭の中でしゃべり続けてないと、どうにかなってしまいそうだった。

 さっきからずっとモタモタしている僕を、ティアナはじっと見つめている。

 視線を感じて、余計に焦る。

 焦る。

 焦る。

 

 ――ふう。

 

 ため息が聞こえた。

 次いで、

 

 ガバッ―—!


 急にベッドに押し倒された。

 僕が。ティアナに。

 僕の視界には、天井を背景にしてティアナの顔がある。

 近い。



「あのね。この際だから、きちんと伝えておくね?」



 ティアナがくすぐったい声でそう言った。



「私、アンタがダイッキライ」



 その声は氷のように冷たかった。




★★★ 次回 ★★★

『第15話 誓い』、お楽しみに!



  

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