第6話 ダンジョンランキングは666位だそうです。

「とにかく、ここは『ダンジョン兼連れ込み宿』ってことね……」


 ティアナが、若干ウンザリした顔で言う。大人ふたりは「ピンポーン☆」と気楽に応えるが、ピンポーン☆じゃないって……。


「コホン。驚かれたかと思いますが、これは致し方ないことだったのです。先代の『色欲』様、つまりルクス様のひいおじい様が退位されてからおよそ百年。このダンジョンを『休眠』のまま維持し続けるには、このような形で、人間たちの『精気』や『欲望』を集めなければいけなかったのです」

「――維持し続けるため?」


 アンナさんの言葉に、僕はオウム返しに尋ねる。


「はい。ご存じのとおり、各地のダンジョンは『領地拡大』と『DP(ダンジョンポイント)の回収』という、ふたつの役割を持っています。前者は言葉通り、ダンジョンを足掛かりに、魔王様の勢力範囲を人間たちの世界に拡げていくことです。そして後者は、魔族にとって“力”の糧となる、生きとし生けるもの『精気』や『欲望』、そして『命』といったエネルギーを集めること。様々な報酬を用意して人間どもをダンジョンへといざない、魔物たちと戦わせ、『精気』や『欲望』、『命』を『ダンジョンコア』と呼ばれる魔石に吸わせ、その一部を貢物みつぎものとして魔王様に献上するのです」

「でも、マスターがいないこのダンジョンは、その役割を果たすことができなくなっていたのよね~」


 母上が合いの手を入れる。


「そう。通常、ダンジョンの『休眠』は、十年から長くても二十年の間であることがほとんどです。マスターの子供や所縁ゆかりの者が、成長し、“力”をつけて、新たなマスターとして就任するからです。しかし、ヴァーンズ一族のダンジョンは“力”だけではなく“適性”が問われるのです。『色欲』のダンジョンを継げるのは、『色欲』の権能を持つ者だけ。そのため、ルクス様が現れるまで、長い時間『休眠』が続くことになってしまいました。ふつう、五十年も『休眠』しているダンジョンは、お取り潰しになってしまいます。そうならないよう、連れ込み宿として細々と運営し、客としてやって来た人間たちからこっそり『精気』や『欲望』を集め、魔王様に献上して、お目こぼしをもらっていたと、こういうわけでございます」


 なるほど。なかなか切実な事情があったんだな……。しかし、よりにもよって連れ込み宿とは……。頑張って維持してくれていたところ申し訳ないんだけど、もうちょっと他にやりようはなかったのか、と思ってしまう。


「もうちょっと他に、やりようはなかったんですか?」


 ティアナってば、思ったことハッキリ言っちゃうんだから。気をつけて、けっこう傷つく人いるかもしれないよ!


「あはは……。う~ん、そうは仰いますが、なかなか難しいのですよ。『命』を奪うような派手な行動をとると、人間たちから目をつけられて、冒険者が押し寄せてしまいます。そうなったら、私ひとりでは、ここを守りきれなかったでしょうから」

「――ひとりでは?」


 アンナさんは目を伏せて微笑んだ。


「――ええ。先代様ご退位の後、このダンジョンに棲んでいた魔物たちは、皆よそのダンジョンに移っていきました。私は先代様にとくに目をかけていただいておりましたので、そのせめてものご恩返しに、こちらの管理人のようなことをさせてもらってきたのです」

 

 彼女は誰かに命じられたわけではなく、自らの意思でここに残っていたのか。それはかつての主君に対する忠義からの行動なのだろうか。彼女の切なげな表情を見ると、主従の絆だけが理由ではない気がした。――なんとなく、だけど。


「まあぶっちゃけ、私サキュバスですから、この方法が一番確実で、効率的だったということもあるんですけどね! さあ、とにかくルクス様には、早くダンジョンコアとリンクしていただかなくては」

「僕の『命』を『鍵』に、ダンジョンを起動させるんですね。ちなみに、コアはどこにあるんですか?」


 ダンジョンにとって最重要な存在がコアだ。ゆえに、ダンジョンの最奥さいおうに設置し、最強の守護者、つまりボスキャラに守らせるのがセオリーだが。


「はい、こちらになります」


 なんとアンナさんは、さっきの受付部屋に通じるドアを開いた。

 いやいや、ご冗談を。入り口入ってすぐの場所じゃないですか。


「あ……、ある! ルクス、ホントにここにコアがあるわよ!」


 えーホントにー? 冒険者に攻め込まれたら即アウトな場所じゃないですかー。


「なんでよりによって、こんなところに……?」

 

 僕はげんなりして尋ねる。


「あら、意外と盲点なんですよ。皆さん『コアなんだから、ずっと奥にあるはずだ』って、スルーして通り過ぎちゃうんです」


 マジかー。まあたしかに、大事なものをこんなに無造作に設置してると思わないもんなー。そういうモンかー。

 ちなみにダンジョンコアは僕の背丈程もある巨大な赤い魔石だったが、せまい受付部屋の、老婆が座っていた席の真後ろに、荷物のように詰め込まれていた。


「これなら常に私が見張っていられますからね。そもそも私の身体に隠れて、外からは見えませんし」


 もはや何もツッコメず、僕は言われた通りコアに魔力を流し込む。しばらくそうしていると、自分の触覚がコアにまで拡がったような、不思議な感覚を覚えた。これがリンクしたということなのだろうか。


「無事リンクが完了したようですね。これでコアとルクス様は、文字通り一心同体になりました。コアが破壊されたりするとマスターは死んじゃいますので気をつけてくださいね。DPが増えればダンジョンを拡張したり、フロアの構造を組み替えたりできますよ。どんどんDPを貯めて、ダンジョンを強化していってください。DPの献上による、魔王様への貢献度で、ダンジョンおよびマスターの序列が決定されます。皆『ダンジョンランキング』と呼んでいますが、全六百六十六個のダンジョンの中で、一位を目指して頑張ってくださいね!」


 怒涛のチュートリアルに必死についていく。

 ――あれ? さっきサラッと恐ろしい情報が差し挟まれた気がするけど……気のせいか?


「――ちなみに、ここの順位は……?」

「ずっと『休眠』してたんだもの、とーぜん最下位よね~♡」

 

 ……デスヨネー。



★★★ 次回 ★★★

『第7話 幼なじみと『ラブホ』探検!(その1)』











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