[じゅ〜さんっ]覗き魔くんとかまってさん




 学校からの帰り道。


美咲と夕原さんが先を行き、姉と僕とがあとに続く。


「それにしてもお兄……多少は古武術をかじっていたとはいえ、よくあの刺股さすまただけで戦う気になったよね?」


くるりと振り向きながら妹が言う。


「う……ん、我ながら頭に血が上っていたとしか思えないよね。アイツに負ける気はしなかったけれど、刃物を隠し持っているとは思わなかったし。あとで先生に散々怒られたし……いわゆる、反省はしてるけど後悔はしてないって感じかな」


「えっ。春田君って武術やってたんだ……意外」


僕の言葉に夕原さんも振り返る。


「うん、中学まではやってたよ」


「でも、幸助くんは利き足を痛めちゃってやめちゃったのよね」


隣の姉が割り込んできた。


「うん。知名度低めで弱小流派の道場が近所にあってね……そこで結構頑張って准師範の免状一歩手前くらいまではいったんだけど、ちょっとヘマをやらかして怪我で続けられなくなったのさ。ん? 今は何ともないし、日常生活には何の問題もないよ。体育の授業だってへっちゃらだもの」


夕原さんが心配そうに見てくるので、ついゴニョゴニョと言葉を重ねる。


昔からドジっ子属性な僕なので多少の怪我は日常茶飯事だったけど、骨折を期に昇進を断念したんだよ。


……元々は体力をつけようと始めた習い事だったのでアッサリ諦めて、部活も文化系を選んだわけで。


「師匠が勝手に古武術だって名乗っているだけで、実態は何でもアリな無法戦闘術みたいだったよ。基本は杖術だったけれど、使えるものは何でも使うし素手での鍛錬もあったなぁ。……さすがに刺股さすまたを使ったのは、あれが初めてだったけど」


照れ隠しにへらりと笑うと、美咲が聞き捨てならない事を言う。


道着どうぎを着て稽古けいこしているときのお兄は、キリリと引き締まっててカッコ良かったんだけどなぁ〜。普段とは別人なんだよね」


「ちょ、僕は何時だって真面目に活動しているよ?」


「いやいや、普段は気が抜けてて駄目駄目ダメダメでしょうが。むしろ興味の向くままに集中力が分散しちゃって、完璧にドジっ子キャラ属性じゃん」



たしかに街を歩いていても色々と気になっちゃって、気もそぞろな自覚はあるけどさ。


余所見よそみしてつまずいたり、ぶつかったり、トラブルだらけな今日このごろ。


跳んだり走ったりは得意じゃないし、鈍くさいのはいなめなかった。


……だってさ、至るところに絵のネタが隠れていたり転がっているんだよ。


気にならないわけがないんだよっ。







 そうやって四人でにぎやかに歩いているうちに、とうとう夕原家への分かれ道にたどり着いてしまった。


映奈えいな先輩、一人じゃ心細いでしょ? うちのお兄が家まで護衛するからね。それじゃぁまた明日、学校で」


美咲が僕に向かって、しっかりナイトの役目を果たしなさいと笑う。


さっきまで僕にまとわりついていた姉さんが、彼女に向かってずいっと僕を差し出した。


「私のお気に入りの弟だけれど……最近この子ったら、ずーっと貴方のことばっかりで私にちっとも構ってくれないのよ。だからね、私には愛する旦那さまが待っているし、仕方がないからゆずってあげる」


姉の子どもっぽい言い草に、呆気あっけにとられる夕原さん。


あのね……僕の姉妹しまいは、どうやら気を使ってくれたらしいよ?





 ちょっとだけ固まってから、言葉の意味を理解した彼女が微笑む。


「ありがとうございます、結城先生。……えっと、私、めちゃくちゃ大事にします」


「うふふ。この子をよろしくねっ」


「はいっ」


「……でも、たまには姉の私にもでさせてね?」


「ふふふっ。もちろんです」


え……なんか犬猫の譲渡じょうとみたいになってるし。


僕の人権どこ行った!?







 夕原さんが僕を見上げる。


彼女の嬉しそうな表情が、更に非常に照れくさい。


ここで気の利いたことを言いたいんだけれど何も思い浮かばないんだよ、困ったなぁ。


「えっと……、不束者ふつつかものですがよろしく?」


「……っ、はい」


彼女は真っ赤にほおを染めてうつむいた。


背後からは、あちゃぁ……アレで良いのか、可笑おかしくね?っていう美咲のボヤキ。


僕の意思がちゃんと伝われば、取り合えずは良いじゃんか。


細かいことは、じっくりゆっくりめてゆく。


そういうことで。





 美咲と姉は、連れ立って帰っていった。


姉は実家へ妹を送り届けてから旦那さまの待つ家へ帰るわけなんだけど、あの様子だと晩御飯を食べてから旦那さまに迎えに来てもらう腹積はらづもりなのだろう。


新婚さんだからね、利便性を考えてご近所のお洒落しゃれな借家住まい。


ここだけの話、旦那さまを放置したまま頻繁ひんぱんに実家にびたっていたりする。


それでも夫婦仲が熱々なのは不思議な話。


真面目で優しい人らしい。




 暗くなった帰り道。


ここ一年ですっかり馴染なじみの景色になった。


一緒に帰ったり遊びに行ったりして、お互いに色々と知り合えたと思っていたけれど……まだまだ足りてなかった。


もっと沢山話をしたい、沢山聞きたいこともある。


でも、最優先事項を間違えちゃいけない。


確認しないと進めない。








 散々戸惑とまどって、かすれた声で問うてみる。


「ぅえ”……っとさ、あの……今更だけど、ホントに僕で大丈夫? 自分で言うのも何だけど……君のこと、ずぅっっっっっとコッソリのぞいていたような奴なんだけどさ……いや、気になっちゃって仕方がなくてさ。でも、やましい気持ちは……ほんのちょっとだけしかないからね……たぶん……うん、ほとんどないからっ。君のことが心配なだけ……泣いてないかな悩んでないかな元気かなってさ」


上ずった声でボソボソと伝える言葉にうそはない。


だからね、ちゃんと正直に教えて欲しい。


そう言ってみた。






 そうしたら。


彼女はちょっと照れくさそうにうつむいて応えてくれた。


「……知ってる。春田君がそういう人なのは、ちゃんとわかってるよ」


そういうって、どういう?


粘着質ストーカーなのバレバレってこと?


「いや、違うからっ……そんなふうには思ってないよ。えっと、いつも私を気づかってくれてる優しい人ってことだよっ」


おや!? ストーカーって美化して解釈すると気遣いの達人になれるのかもね。


「それも違うから。君はちゃんと行動してくれるじゃない。見てるだけならたちの悪いのぞき魔だけど」


でもね────っと、彼女が言った。


「私って家を出た年の離れた兄しかいないから、一人っ子同然なのよ。それで、けっこうチヤホヤ甘やかされて育っちゃったの。だからね……遠巻きに見つめられるよりも、もっと話したり一緒に過ごしたりしたいの……」


きっと私、春田くんにもっと沢山かまってほしいのよ。


夕原さんは、恥じらいながら僕に本音を返してくれたのだった。

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