[じゅ〜よんっ]部長が仏頂面ってサムイ駄洒落みたいじゃね?




 次の日の学校は再びの大騒ぎ。


朝礼で全校生徒に昨日の事件が説明された。


先週の美術室襲撃事件と昨日の校内不審者侵入事件の犯人が、なんと前任の美術教師だったというセンセーショナルな大ニュース。


実名を伏せて二名の女子生徒が襲われそうになったこと、生徒会室が使い物にならないくらいに水浸みずびたしになったことが発表された。


僕の濡れ衣は晴らされ、ようやく部活にも参加できるようにはなった。





 なったのだけれど。


描きかけだったコンクール用の作品は仕上げたし、後輩たちはしっかり今後の部を盛り立てていってくれそうだし……思い残すことはないんだよね。


僕は皆よりも一足先に引退しようと思うんだ。


手には完成した作品と退部届。


姉であることは未だに内緒の結城先生に提出する。


知ってるのは、僕たち兄妹と夕原さんと事情を知ってる学校上層部の先生方。


生徒たちには、とうぶん知らせない方針だ。


それが、姉が美術教師の後任を引き受ける際の条件だった。


ただ教師の身内だっていうだけでなく、義理とはいえ経営側の関係者っていうのが心配のタネだったみたいだね。


僕と美咲が誰にも変な言いがかりやイチャモンをつけられないように配慮してほしいと、彼女たっての希望だったのだ。







 準備室の机に座って姉が言う。


「これ、引退記念に置いていきなさいよ。っていうか、可愛いから私に頂戴ちょうだい?」


「だ〜〜めっ。提出っていうか、一応ちゃんと見せたのだから……それは持って帰ります。元々、コンクールが終わって手元に返ってきたら彼女に渡すつもりで描いたものなんですっ」


正方形Sサイズ(220×220)の、コンクールに応募するには明らかに小さすぎるカンバス。


今回は油絵に挑戦してみた。


姉には散々冷やかされたし、参加するだけのつもりで描いていたのが見え見えだっただろう。


僕は何を言われようとも気にしないけどね。


これは他の誰にも譲れないんだよ。










 準備室の扉を抜けて、広々とした美術室へ。


ざわついていた室内が静まった。


各々で作業やスケッチをしていた手を止め、なぜかこちらに注目している。


ええと、僕に何か?


小さく首をかしげてみる。


すると、近くにいた一年生の女子がうるんだ瞳で話しかけてきた。


「春田先輩、退部しちゃうんですか?」


ぱっつん前髪の三編みおさげさんは、制服のスカートを両手でぎゅっとにぎって身を固くしたまま言葉をつなげる。


「皆は何も言わなかったけど、先輩が部室を荒らしたなんて誰も思ったりしてなかったですよ。……その、部長が大げさに騒ぐから怖くって……副部長がたしなめてくれてもおさまらないし。でも、誰も無実だった先輩を責めたりけなしたりしませんから。お願いだから、もう少しだけ部活を続けてくださいませんかっ……」


可愛い後輩ちゃんに、うるうると泣きそうな表情で懇願こんがんされて正直戸惑ってしまう。


彼女の席には画用紙やスケッチブックが広げられ、細やかな線画が描かれている。


あんな事があったあとでも、くじけずスケッチに勤しんでいたようだ。


ホントに健気けなげで可愛い後輩だ。





 あの事件で君は、誰よりも沢山の涙を流していたのに。


初めて大きな作品に取り組んで、長期休みも放課後も費やした挙げ句のあの惨事さんじ


大人しそうな子だけれど、案外としんは太く強いのだろうか。


「私……先輩がここで何かを描いている姿を見て、入部を決めたんですっ」


「ぅえっ!? ……そ、そうなん?」


「……はい。キリリとした真剣な表情の先輩に憧れてたんですよ、私っ」


「えっ……何ていうか……ありがとう?」


「……っはい。って、なんで疑問符付きなんですかっ」


「ははは……だって、ねぇ。鈍くさいって言われることはあっても、キリリとしたって表現されたことは初めてだったから……何か照れるな」


「えっと……だから、もうちょっと私たちの面倒を見てほしいなって……駄目ダメですか?」


上目遣うわめづかいに見上げられて、一瞬言葉に詰まる。


でもね、決めたんだ。


「ごめん……退部届、さっき提出しちゃったんだよ。でも……君たちが望んでくれるなら、たまにはOBとして遊びに来るよ」


別に今すぐ学校から去るわけじゃないし、校内でしょっちゅう顔を合わせるんじゃないのかな。


卒業まで数ヶ月、受験シーズン前に少しのんびりしたいと思っただけさ。


「ぅう……やっぱりですか……仕方がないですね。それじゃぁ、ホントに遊びに来てくださいね? いつでも皆で待ってますからね?」


約束ですよと念を押され、はいはいとうなずいた。


三編みおさげさんの頭をポンポンして、それじゃ皆頑張れよと通路に出た僕。


ホントは引き止められて心がれたさ、嬉しかったし。


皆もそうだろうけど、ここには僕の三年間の思い出も詰まっているんだもの。





 通路で待ち伏せされるとは思わなかった。


可愛い女子なら歓迎だけど、相手が仏頂面ぶっちょうずらな部長だなんてありえない。


ありえないったら、ありえない。


「……何だよ」


「…………」


「何か用?」


「…………」


「??」


「……なかった」


「え? ナニ?」


「……済まなかったと言っている」


気まずい空気が立ち込める。


どこかに流れてくれれば良いものを。


重苦しいったらありゃしない。


「わかったよ。別に気にしちゃいないさ……後輩ちゃんに約束したし、たまには顔を出すけれど。もう僕は部外者だ。だから……あとは頼んだよ」


「……ああ」



部長の背後から、ぬぅっと大きな人影が現れた。


そいつがノッシノッシとやって来て、僕にデコピンをかましやがった。


「イテッ。副部長、いきなり何すんだよっ」


「春田が居ないと面倒な書類仕事がはかどらないのに。コイツぶちょうは使えないし」


「ははは。……ガンバ?」


「……むぅ」


ふくれっつらな副部長。


仏頂面と膨れっ面、こいつらホントに良いコンビだよ。




 この日、僕はめでたく帰宅部所属となったのだった。



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