[なな〜っ]不審者が追いかけるもの




 僕も夕原さんたちと合流するべく職員室へと急ぐ。


陸上部の部室兼更衣室は一階の南側。


職員室は二階の中央部にある。


昇降口でちょっとだけ立ち止まり職員室内の防犯カメラに繋ぎを取る。


職員室は、非常に残念なことに無人だった。


照明がともっていることから、日直の先生は校内の見回りか何かで留守なのだろう。


おそらく直ぐに戻ってきてくれるはず。


戻ってきて欲しい。









 夕原さんたちが職員室に駆け込んできた。


肩で息をしながら室内を見回して、ひどくガッカリしている様子。


そして……間もなく、その背後からあの男が姿を見せる。


まずい。


どうしよう!?






 手段を選んじゃいられない。


スマホじゃ間に合わん。


でも、コレをやったら益々彼女に嫌われる。


だって、未だに僕と眼鏡が繋がっているのは……彼女には秘密だったんだよ。


内緒でアレコレ覗いていたってバレちゃうじゃん。


そう、知られてしまうんだ。


でも、しかし。




 あ”ぁ”ーーっっ、そうじゃねぇっ。


ちがうだろっ。


大事なのは何だ。


少なくとも僕の体裁プライドじゃないんだよっ。


形振なりふりりかまってる場合かよっ。








 ヤケクソで、眼鏡に思考を向ける。


視線が彼女とリンクした。


(夕原さん、校長室だ。中から鍵をかけるんだ)


〈えっ!? 春田くん?? 何? コレはいったい?〉


(それは後で。急いで!!)


〈……っわかった〉


二人は校長室へ。


追いかけてくる不審者。


終始無言なのが不気味だ。


女子たちも恐怖で声が出せないようで、不気味な静けさの中に足音が響く。


美咲みさきかばいながら夕原さんが必死に校長室へ向かう。


躊躇ちゅうちょなく追いかける男。


その目前─────すんでのところでバシンっと扉が閉まり、カチャリと施錠せじょう


廊下側にも出入り口があるので、そちら側もしっかり施錠。


「「……っっはぁああああ〜〜〜っ……」」


(はぁぁぁ〜っ……)


校長室では二人の、昇降口では僕の、同時に三人分のそれはそれは大きなため息が吐き出されたのだった。

















 夕原さんに、そのまま二人で校長室に籠城ろうじょうしているようにと伝え眼鏡から意識をはなす。


ついでに最寄りの警察署への通報も頼んだよ。


こんな不祥事ふしょうじはとっても不名誉なことだけど、もう学校内だけの問題じゃないからね。


アレをあのまま野放しにはしておけないもの。





 二階にあるシステム制御室へと急ぐ。


大層な名前だが、職員室近くの放送室と兼用の小さな一室だ。


放送機材の片隅に設けられたその場所は、校内の防犯防災システムを操作するためのもの。




 走りながらもフッと思考を切り替えて、職員室の防犯カメラ視点を確保。


自分の視界と脳内に広がるカメラ視点。


息切れと目まぐるしく変わる視界に目眩めまいがするが、今はそれどころじゃない。


鈍くさくて、よく転んで、よく滑る僕だけど……ミスは許されない。


ことは一刻を争う。


急げ、急ぐんだ。







 カメラの視野に映るのは、校長室の扉を破壊せんとばかりにガンガンたたく不審者の姿。


出てこい! とか、開けろ!! とか叫んでいる。


それは、やはり一年ぶりに聞く神田川の声だった。


「夕原っ。お前のせいで私の人生は無茶苦茶になったのだっ。責任取れよ!! こうなったらお前の人生も滅茶苦茶にしてやる!!」


うわぁーー。ナニイッテンダこの男。


「この学校も、後任の美術教師も気に食わない。私が長年積み上げてきた功績を横取りするなんて許せないじゃないか! 初の大物コンクール最優秀賞も、その後の実績も全て私が作った環境と育てた部員たちが出した成果なのにっ」


おいおい、少なくとも僕はアンタに育てられたとは思ってないよ。


確かに設備や画材は充実していたけれど、それは学校の予算があってのことだろう。


顧問として根回しや事務手続きに抜かりはなかったけれど、神田川がみずから部員に指導をしたことなんて一切なかったからね。


放課後のアイツは準備室に引きこもり、好き勝手に過ごしていたんだよ。


めったにないけど、僕は呼び出されて事務作業を手伝わされたこともある。


怪しげな薄い本とか写真集とかの桃肌色っぽい表紙が、ちらりと書類の下からのぞいていたりして心底キモイと思ったものだ。うん、そういうのはせめて自宅で鑑賞しやがれ。


こっそりクラス担任に告口つげぐちしたこともあったが、当時の神田川は学校内でけっこうな権力があったために処罰どころか注意すらされた様子もなかったさ。

なんでも、理事長あたりの親戚だとかで大きな顔をしていたらしい。


要するにアイツのやりたい放題だったんだろうな。


それに。


過去にどんな努力をしたか、どれだけ学校に貢献したかとか知るもんか。


神田川は一年前のあの出来事で、己の全てを自分の手でぶち壊したのだから。


それを人のせいにするなんて、ほんと何いってんだか。









 息切れでフラフラしながら目的地に到着。


入室と同時に入口を施錠して密室に。


機材のスイッチを全てオンにする。


そして全てを掌握しょうあく


僕にできることを実行するために。


…………さあ、どうしてくれようか。







 カメラの視野では、不審者の奴が諦め悪く校長室の扉を叩き続けている。


「先週の日曜日にも、ここへ忍び込んでやったんだ。私ひとりが再就職先も見つからず苦労しているというのに、ここの部員どもはのん気に絵なんて描きやがって……今年度は誰にも全国コンクールに応募させるものかと、全部ズタズタにしてやったのだ! ハハハハハッ!! いい気味だ、ざまあみろっ!!!」


ご親切に、大声で洗いざらい犯行を自供してる。


僕という防犯カメラの存在など、きっと眼中にない。


そもそも、僕がここに居るのを知らないはずだからね。


もちろん、しっかり録画して予備のコピーも忘れない。


オマケで、委託しているセキュリティ会社にもリアルタイムで動画を配信しておこう。


優秀な警備会社だから、十五分もあれば現場ここに到着することだろう。






 神田川の大騒ぎを聞きつけて、日直の先生が異変に気がついたらしい。


バタバタと廊下を走る足音とともに、誰だ貴様はっ!!っていう野太い怒鳴り声。


職員室に入ってくるなり不審者に誰何すいかしたのは、陸上部の顧問。


樋熊ひぐまのようなガッシリボディに凛々りりしい眉毛まゆげ富樫とがし先生。


有名スポーツブランドのロゴつきウィンドブレーカーな出で立ちで、どこから持参したのか手には剣道用の竹刀が握られている。


わりと効率厨な人だから、今日は練習試合のついでに日直も引き受けたのかな? たぶん。





 あまりの迫力に、一瞬だけ不審者の動きが止まる。


数秒後、それは弾かれたように逃げ出した。


竹刀とはいえ思い切り叩かれたら痛いだろうし、ひょろっこい神田川と熊男な富樫先生じゃ勝負は見えている。


冨樫先生は奴を追いかけようとしたが、思い直したらしく手早く警察署と警備会社に連絡。


それから校長室の扉をノックして、中の様子を確かめることにしたようだ。


扉越しの会話の声は小さくて聞き取れなかったが、程なくして二人の女子が出てきて無事に保護されたのだった。




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