[ろ〜っく]さらなる事件です




 あれから更に数日が経過するうちに、僕は立派な在宅ワーク警備員へと成長した。


美術室はすっかり片付けられて、部員たちも各々で新しい作品に取り掛かろうとしているようだ。


ただ、事件前に漂っていた締切に追われる緊張感は消え去っていた。


今年度中はコンテストや公募には参加せず、のんびり制作を楽しもうと顧問が方向転換を宣言したのだ。


本来ならば僕も部室でのんびり活動しているはずなのだが、自主的に休部中となっている。




 先週の事件については、美術室入り口に取り付けられていた防犯カメラの映像が解析かいせきされて、帽子にサングラス姿の犯人が職員室に保管していた以外のかぎを慣れた様子で使用していたことが判明したらしい。


背格好からして学生ではなく、顧問によると背の高い中年の成人男性じゃないかといった推測だった。


僕たち生徒には映像を公開してもらえなかったので詳細は不明だが、これで僕のぎぬが晴らされたはずだった。


しかし、犯人が逮捕されたわけでもないので学校内は未だに落ち着かない状態だ。




 僕の疑いは晴れたはずなのに部長のやつが相変わらず嫌がらせや嫌味な態度をやめないせいで、部活に参加すると部内の空気が険悪になってしまう。


アイツも作品を壊され悔しさのやりどころがないのかも知れないが、矛先をこっちに向けないでほしいよ。


それで、ほとぼりが冷めるまで帰宅部(仮)な僕なのだった。











 そんなこんなで日曜日。


休日の学校では毎年恒例の我が校陸上部による合同練習試合があった。


午後まで校庭で活動したあと、夕方は近隣の高校三校合同でミーティング。


部活が休部で暇人と成り果てた僕はといえば、眼鏡から夕原さんの視界をのぞくのに忙しい。


とうぜん着替えシーンは自粛しましたとも。


こんなストーカー野郎ではあるけれど、気持ちは紳士なのさ。


もちろん異論は認めるよ。







 ふと、視界の隅に違和感を覚えた。


ミーティングを開いている教室の、窓の外。


その窓際から中を覗く不審人物ふしんじんぶつ


いや、僕じゃないよ? 僕は自宅のソファーで仮眠中……に見えてるはずだ。家族には。


現場の窓のすぐ外側に、奴が居た。


深々と帽子をかぶりサングラスを装着しているが、見間違えるハズがない。


僕に見えているということは、もちろん夕原さんの視界にもソレが映っているはずなのだが、彼女はミーティングの進行役で忙しいようだった。


たぶん気づいていないのだろう。


あの背格好と立ち居振る舞い、彼女のそば危険アイツが迫っている。


僕はガバリと起き上がり、慌てて外へと飛び出した。





 マスクと帽子に上下セットの黒ジャージ姿という怪しい格好の僕が学校の校門前に着いたとき、練習試合に来ていた他校はとっくに帰ったあとだった。


夕原さんたちは? どこ?


立ち止まって目をとじる。


閉じた視界に浮かび上がるのは、ちょっとせまめなロッカールーム。


ああ、この風景は……女子陸上部の更衣室か。


どうやら着替えが終わった順に解散だったらしいね。


残っているのは彼女と美咲いもうとの二人だけ。


そこに、いきなり激しく窓ガラスをたたく音がバンバン響く。


続いてサッシの窓枠まどわくがガタガタすられている。


素手では効果がないとれたらしい不審者は、ウロウロと周囲を見回してなにか手頃な得物えものはないかと探しているようだ。


危険を感じた室内の二人は、異常事態を察知して避難しようと素早く出入り口へと移動する。










 僕は携帯電話を取り出した。


夕原さんにメッセージを送信しても確認さえして貰えなかったが、頼むから今だけでも応答してくれ。


同じ文章を何度も送信────────


通話したほうが早いって?


僕もそう思うんだけど、あれから何度試しても切られちゃうんだよ。


今回もそうだったら余計な手間になってしまう。


メッセージだったら、とりあえず見てはもらえる……かも知れない。


⚫緊急事態、応答せよ


⚫緊急事態、応答せよ


⚫緊急事態、応答せよ



     ・


     ・


     ・


焦りつつ根気強く送信作業。

お願いだ、気がついてくれ。
















             春田くん?◯





──────ぁああっ、やっと気づいてくれた。








         何? いま大変なの◯




⚫うん

 そのことで連絡したんだ

 夕原さん、今どこ?



        着替えが終わったとこ◯

      でも、窓の外に誰か居るの

          ガラスを叩いたり

         揺すったりして怖い 



⚫今、更衣室にいるのかな?



          うん

          美咲ちゃんと一緒◯



⚫わかった



           何があったの?◯



⚫たぶんだけど、

 そこに居るのは神田川かんだがわ

 


        

              ホント?◯

         怖いよ、どうしよう



⚫大丈夫、落ち着いて

 そのまま素早く職員室へ走るんだ

 休日でも日直の先生が居るはずだから

 事情を話して



              わかった◯



⚫今校門に居る

 僕もそっちへ向かってるから




              わかった◯

      春田くん、無理しないでね

             気をつけて




⚫うん




 手早くメッセージをやり取りして、通信を切る。


職員室にタイミングよく日直の先生が居てくれると良いのだけれど、どうだろう……ちょっと不安だ。


万全を期したい。


陸上部の顧問は、校内のどこに居るのかわからない。


あいにく連絡先もわからない。


困ったな。




 もしかしたらとダメ元で、美術部顧問の連絡先をタップ。


お、繋がった。


事情を話したら、ちょうど学校の近所に居るという。


急いでこちらに向かってくれると言われてホッとした。




 さて、他にも僕に出来ることはないだろうか。


このまま顧問オトナが駆けつけてくれるのを待つだけか?


今の状況で、自分に何が出来るだろう?




 アイツの目的は何だ??


おそらくだけど、先週の美術室の件も関係があるんじゃなかろうか。


何が目的でこんなことをしている? いったい何が狙いなんだ!?




 僕は目を閉じ、必死に思考を巡らせた。


美咲と夕原さんは廊下を疾走しっそう


その背後から響いた破壊音はかいおん


どうやら更衣室の窓ガラスが割られたようだ。


二人共どうか無事でいてくれよ。

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