第3話 若いころに以上に逞しくあること

 劉備は蔡瑁さいぼうの屋敷の宴会に招かれた。

 実にきな臭いと思った。

 常日頃より、彼は蔡瑁より嫌がらせに近いことをされていたのに、この期に及んで仲よくしようなどとは実におかしい。


 ので、


 細心の注意を払っていると案の定であった。


(宴会場の外より気配を感じる・・・)


 その気配が自分に向けて発していると悟った劉備は、酔ったと称して部屋を出て、一目散に厩舎きゅうしゃへと向かい、愛馬『的盧てきろ』に跨って屋敷から抜け出した。


 当然、


 蔡瑁の部下たちが追いかけてくる。

 彼は愚かだがアホではない、劉備が逃げることを想定して、屋敷の外にも刺客を置いていたのである。


 劉備は懸命に逃げたが、運悪く、彼が逃げた先には崖が。

 そして崖の下には濁流が。

 崖より落ちれば死へのフルコースがそこにはあった。


 だからこそ、


 劉備は崖を・・崖になっている檀渓だんけいを飛んだのである。


(どうせこのままでは追いつかれて死ぬ)


 故に、彼は自ら死のフルコースを食し、生への道を手繰り寄せようとしたのだ。


 その結果、


 劉備は九死に一生を得た。

 濁流の河を渡り切り、そのまま追っ手を振り切ったのである。

 安堵・・・だけではなかった。


 不安


 その感情の方が大きかった。


 劉表の世話になって早数年。

 曹操の力は大きくなるばかりであるのに、自分は一武将の暗殺から逃げるのに精一杯。

 とてもお話にならない状況である。

 さらに、ずぶぬれの劉備が馬上にてうつむくと、そこには彼の太腿ふとももが。

 それを見て愕然とした。


(・・・たるんでいる)


 若かりし頃は馬上にて各地を駆け回り、鍛えられて張りがあった太腿が、劉表の下というぬるま湯でのほほんとしている間にたるんでいたのである。


(何と情けないことか)


 恥で恥も大恥であった。

 しかし、無力な自分にはふさわしいのかもしれないと諦めの心が宿りかけた。


 もはや劉備の運命の炎は尽きようとしているのか?


 いや、ところがどっこい。そうは問屋が卸さなかった。

 

 『劉備には天命がある。』


 それがハッキリと分かる場面が訪れようとしていた。


 ―――彼の馬がとぼとぼと歩いていると、一見の明るい兆しが見えた。

 見るにそこにはお屋敷が。


 そのため、


 劉備はそこで一晩世話になろうと、屋敷の主人に宿泊の願いをするのであった。

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