魔法の精密操作

 せっかく作った「イライラ棒」ならぬ「イライラ水」で遊んでみる事にした。

 俺が組み上げたステージに配線を施し、通電時に光と音が発せられるようだ。


「実験してみようか。それ!」


 姉さんが指を鳴らすと、小さな水球が作り出された。それをフヨフヨと移動させ、金属棒に触れさせた。すると……


 ビービービー!


 警告音が鳴り、赤いランプが点灯した。うまく反応したみたいだな。

 次に姉さんは指をパチンと鳴らすと、ジュッという音と共に警告音が止まった。魔法で水を沸騰させたようだ。


「それじゃあ、ルールはどうしようか? より多くの水滴を向こう側へ移動させた方の勝ち……とか?」


「うーん、それだと時間をかけてゆっくり丁寧に進むようになって、グダグダな試合になりそうだな……。あ、じゃあさ」


 近くにあったペットボトルのキャップを外し、ひっくり返す。そして、それをゴール地点に設置する


「スタート地点からゴール地点まで水を運んで、キャップを満タンにする。そのタイムを競うってのはどうだ?」


 出来るだけ早くするには、一度で多くの水を操作すればいい。だが、水滴の大きさが大きくなる分、失敗する可能性が高くなる。逆に、小さな水滴に分けて何度も運ぶ方法もあるが、それだと時間がかかる。


「良いルールだな。よし、それじゃあ、さっそく勝負だ!」


「おう!」


 二つのコースを用意して正解だったな。こうして、俺と姉さんの勝負が始まった……!



 俺は何度かに分けて水を運ぶことにした。直径1cmほどの水球を生成して、操作する。集中、集中……。

 俺の意識は今、水と一体化している。水球と一体化した俺は、針金の間をスイスイと移動する。その様子はまるで泳ぐメダカのようである。


「よし、一回目は成功だな。次の水球を生成してっと……」


 今度はもう少し大きめの水球を作ってみた。直径は1.5cmほど。なお、水球の形は自由に変える事が出来るので、ミミズのような細長い形に変形してから、針金の間を通す。


「落ち着け……落ち着け……。集中……!」



 慧子はというと、水を一度に沢山運ぶことにした。慧子は、「水をN回に分けて運ぶよりも、一度に全部を丁寧に運ぶ方が速い」と考えたのだ。

 彼女が生成した水は丁度キャップを満たせるくらいの量の水。それを細長くして……ウナギのような見た目になった。精密な操作を実現させるには、よりイメージしやすい姿にすべきなのだ。ウナギをまじまじと観察したことがある人は少数だと思うが、慧子はあるプロジェクトの一環でウナギの幼魚を飼育を行ったことがあるのだ。ウナギがその長い体を見事に曲げながら、細長い住処すみかに入っていく様子をその目に焼き付けている慧子。イメージは完璧である。


 ウナギの姿をした水はくねくねと優雅に道を進む。慧子は瞬まばたきも忘れ、魔法の操作に集中していた。しかし……。


(そういえば、前に『ウナギってひげがあるんだよね?』とか言ってる人がいたっけ? 『ちげーよ! 髭があるのはナマズの方だよ!』って大声でツッコんでしまったよ。髭の生えたウナギってどんな姿だよ?! あ……)


 ふとした拍子に回想が始まってしまった。そして、さらに運の悪いことに、彼女は髭の生えたウナギという訳の分からない謎生物を想像してしまったのだ。想像力は創造力なんて言われるように、彼女が操る水の塊が、彼女の思い描いた謎生物の形に変化してしまった。


(しまっt)


 しまったと思う前に、髭の一つが電極に触れ、そして……

 ビービービー!

 とサイレンの音が鳴ったのだった……。



「ひ!」


 突然の音に驚く俺。自分のミスか? 違ったようだ。姉さんが膝から崩れ落ちるのが視界の隅に写る。

 その事に安心した俺だったが、その安心が仇となり……


「あ……」


 俺が運ぶ水も電極に激突してしまった……



「和也よ……。今回は私の負けだ……。もう、集中できないよ」


「俺もだよ、姉さん。今回は引き分けって事で……」


「「はあ……」」


 精密な操作というのはかなり体力を使うようだ。俺も姉さんも額に汗が浮かんでいる。



「……って事があったんだ」


 翌日の朝、俺は紗也に昨日の出来事を話した。


「なにそれ、楽しそうじゃない! 私とも勝負してよ!」


「スマン、正直二度とやりたくない……」


「そんなに? でも確かに、私も細かい作業は苦手な方だしなあ……。小学校の時にイライラ棒で遊んだの覚えてる?」


「覚えてないな。そんなことあったっけか?」


「あー、もしかしたら、女の子どうしで遊んだ時だったかも。かず兄は一緒じゃなかったのかな? ともかく、イライラ棒で遊んだことがあるんだけど、それはもう酷い成績だったのよね……。集中力がもたないのよ!」


「うんうん。昨日さ。姉さんと話した結果、『集中力は勉強の方に費やそう』って話になったよ。ただでさえ毎日の勉強で集中力を酷使してるのに、さらに負担をかけなくてもいいんじゃないかって」


「私は、勉強も嫌!」


「そんなこと言いつつ、成績はいいじゃん」


「嫌だけど、仕方なくやってるの! 早く勉強から解放されたいわ……」


「社会人になったらなったで、忙しいじゃん……。勉強できる今の方が楽だと思うぞ?」


「むむむ……」


「それはともかく、魔法使いらしいクリスマスパーティーってのを考えておいてよ。何かいいアイデアが出たら教えてくれ」


「かしこまりーー!」





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