魔法のある日常
『祈神術』の発見から一か月経とうとしている。俺たちの日常生活は、魔法を手に入れる前と後で……大した変化は起きなかった。
◆
梅雨明け後のある日。猛暑の中、学校から下校した俺はシャワーを浴びて、クーラーを点け……なかった。
「あれ、水を凍らせることが出来るんだから、空気を冷やす事も出来るはずだよな?」
なぜ今まで思いつかなかったのだろうと思いつつ、リビングの気温を18℃にまで下げる。凄く涼しくなった。
「ただいまーー。お! クーラー入ってんじゃん!」
ちょうどそのタイミングで姉さんが玄関に現れた。そういえば、今日は午後まで授業があるって言ってたっけ。
「いや、魔法で冷やした」
「……和也、お前、天才か?」
「逆に、なんで今まで気が付かなかったんだろうな?」
「クーラーがあれば、魔法は必要ないからなあ……。科学を信じ、科学を学ぶ私が言うのもなんだが、科学の進歩は魔法を衰退させたのかもしれないな……」
「だな。今の時代、科学技術で大抵なんでも出来てしまうからなあ……」
そう。現代日本において、魔法でないと出来ない事など非常に限られている。確かにクーラーの代わりに魔法を使えば電気代の節約になる。だが、それも「魔法でないと出来ない事」とは言えない。
「クーラーってかなり電力を消費するだろう? それを魔法で出来てしまっては、『そのエネルギー、どこから来たの』って思ってしまうよな……」
そう呟く姉さん。言わんとしている事は分かる。実際、魔法を使えるようになった直後は「MP消費的な物がなく、際限無く魔法を使えるっておかしくない?」なんて考えていた。
「俺が思うに、俺達が使う、というかこの世界に存在する魔法はファンタジーで言う所の『神聖魔法』か『精霊魔法』なんじゃないかって思うんだ」
「なんだそれは?」
と首をかしげる姉さん。姉さんはラノベをあまり読まないから、嬉々馴染みが無いのだろう。
「神聖魔法ってのは神に祈る事で神が魔法を行使してくれるって原理の魔法。精霊魔法ってのは精霊に祈る事で精霊が魔法を行使してくれるって原理の魔法だ」
「どう違うんだ?」
「個人的な見解だけど、神は一人もしくは少人数で、精霊は無数にいるってイメージじゃないかな?」
「ふむ。神聖魔法のイメージはなんとなくわかった。だが、精霊のイメージが湧かない。もう少し簡単に説明してくれないか?」
「そうだな……。
「科学者の私に、無理難題を押し付けるな……。まあ、なんとなくだがイメージ出来たぞ」
「そういう場所って、光の珠がふよふよ浮いているイメージない? なければネットでいい感じの画像を探すけど……」
「大丈夫。そのくらいのイメージは頭の中で思い浮かべれる」
「その浮いている物が『精霊』だ。人を見守っていて、人の願いを聞いてくれるんだ」
「ふーむ。要するに空気中に無数に存在する粒子が願いを叶えるという事か?」
「粒子って……。まあ、そんなイメージかな?」
「なるほど。そういう発想は無かったよ。一度、その線で検証してみようと思う。助言、ありがとな」
「お、おう。どういたしまして?」
今の会話で、姉さんは何を感じ取ったというのだ?
その後、俺達は涼しく快適な空間で宿題・課題に取り組むのだった。
なお、母さんと父さんには「姉さん作の薬で部屋の温度を下げた」とごまかした。
◆
また別の日。この日も変わらず外は暑い。
そんな日の体育は地獄と言っても過言では無かろう。汗でジメーとした体操服に
「ナイスシュート!」
「ブロックした張本人に言われても嬉しくねーよ!」
俺の渾身のシュートは
と丁度そのタイミングでゲームは終了した。偶然にも3対3で引き分け。
「最後のシュートが決まってればなあ……ドンマイ!」
と仲間に励まされつつ、教室に戻る。
「冷たい物、飲みたい……」
萩原が愚痴をこぼしている。
「お茶は? もう飲み干したのか?」
「いや、あるんだけどさ。今日は淹れたてのまま持ってきてしまったんだ……」
「……つまり、その水筒の中に入ってるのはぬるま湯?」
「イエス。自販機でジュース買うのももったいないしさぁ」
「だな。わざわざお茶を持ってきた意味がなくなるもんな」
「そーなんだよ! まあ、ぬるいお茶で我慢するよ」
「あ! そうだ、姉さんから物を冷やす道具を借りてるんだ。試作品らしいけど、使ってみる?」
「ほう! それは面白そうだな。冷やせるか?」
「ちょい待ち」
水筒を受け取った俺は、自分の水筒が入っていたカバーに入れる。
「そのカバーがそうなのか?」
「ああ」
もちろん嘘だ。このカバーにはタネも仕掛けもない。俺はカバーを振りながら、魔法を行使する。
「『冷却』」
「おお! マジで冷えてる! サンキューな!」
「いえいえ。またいつでも」
魔法って便利だね。
◆
「かず兄、ここ教えてーー!」
一週間後の期末試験に向けて、今日は俺の家で勉強会だ。古文漢文、英語なら教える事が出来る。他の教科も、紗也よりは成績がいい。
「古文か。助動詞『なり』か」
「断定の助動詞でしょ? 『拙者は百戦錬磨の侍なり』とかってやつよね。だけど、『音すなり』の訳が『音がするようだ』ってなってるの。『音がするのだ』じゃダメなの?」
「駄目だな。むしろ、『音がするのだ』って訳したらバツだろうな」
「なんで?」
「ここの『なり』は断定の助動詞じゃなくて、伝聞・推定の助動詞だからだ」
「ああーーなんか聞いたことある気がする!」
「判別法を教えると……」
と勉強会を開いていると、甘い物が食べたくなってきた。
「ジュース持ってくるよ」
「ありがと!」
「ほい、2リットルペットボトルで用意してるから、どんどん飲んでくれ」
と紙コップと共に渡す。なんだか、パーティー気分である。
「あ! 割りばしあれば持ってきてくれる?」
「いいけど、何に使うんだ?」
「いいからいいから」
疑問に思いつつも、割りばしを紗也に手渡す。
「これを割って、ジュースを入れた紙コップに突き刺す! そして、『フローズ』!! アイスキャンデーの完成!」
「おおお! すげぇ! 凄いんだけどさ、紙コップが破れてるぞ?」
「水って凍ったら、膨張するから……」
「ガラスコップでやったら駄目って訳か」
「実は、一個割ってしまいました」
◆
魔法を得た俺たちの日常は少しだけ便利になった。
だけど、大きな事件は起きる気配すら無かった。そうこうする内に、期末試験が終わり夏休みに突入したのだった。
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