水合戦

「ねえ、せっかくだしバトルをしない?」


 紗也が水の塊をふよふよと浮かせながら提案してきた。ちなみに、何故重力に逆らって浮いているのかだが、姉さん曰く『常時上向きの運動量を持たせているのだと思う。詳しいメカニズムは分からない』そうだ。


「いいね! だが、土や氷は辞めておこう。万が一にも目にあたったりしたら大変だ。攻撃は水だけって事でいい?」


「分かったわ。確かに危ないのは良くないわね。それじゃあ早速、『ショット』」


「『物理結界』! いきなりかよ!」


「あ、泉の水も使っていいよね! 『アクアコントロール』『ショット』」


「『物理結界』! くっそ、攻撃に移れない!」


 人間というのは、複数の全く別の事柄を同時にイメージ出来ない。つまり、結界を張っている間は攻撃出来ないのだ。

 結界の維持に専念しつつ、攻撃の合間合間に状況を打破する方法を考える。


 今の俺の立ち位置は、泉から遠い。つまり、攻撃をするには水蒸気の凝縮から始める必要がある。だが、それにかかる時間は最短でも3秒。3秒間も結界を外したら、俺は濡れ鼠になるだろう。

 待てよ? 本当に水蒸気を集める必要があるだろうか?俺の周りには紗也が撃ってきた水がある。しかも、さっきから攻撃が激しくなっている。

 俺に向かって来た水を使って、攻撃したらいいのではなかろうか?これで、自分を守りつつ相手に攻撃が出来る。

 『物理結界』のイメージを解除し、即座に『反射結界』をイメージする。イメージが固まるのと、紗也から特大の水球が発射されたのは同時だった。


「喰らえ! 『アクアボム』!!!」


「『反射結界』!!」



 バッチャーン!!!



 俺のイメージ力が足りなかったのか、俺はずぶぬれになってしまった。


「ぶは! ごほごほ! うへぇ……えらい目に合った……って!」


 紗也を見ると紗也もずぶぬれだった。なるほど、反射結界は一部作動したみたいだな。


「反射かあ! かず兄に一本取られたわ。って! かず兄もずぶぬれじゃない!」


 自分だけが濡れたわけではないと知って、紗也はちょっと喜んでいる。


「ジーー」


「何? なんでそんなジロジロ見てるの? もしかして怒ってる?」


「ジーー。ピンクか」


「ピンク? 何が?」


「ブラの色」


 淡い色の上着しか羽織っていなかった紗也。当然、濡れたら下着が透けて見える。


「は? ブ……ラ……? ーー?!?! 『アクアボム』!『アクアボム』!『アクアボム』!」


「ちょ! ゴメンって! ごは!」


「かず兄の馬鹿! 今回こそは許さない! 『アクアドラゴン』! 行くわよ!」


 紗也は自身の周囲に水で出来たドラゴンを生み出す。彼女の魔法の効果範囲内にギリギリ収まるサイズのドラゴンを引き連れて彼女は俺の元へ駆け寄り


「『ドラウン』(溺れろ)」


「ぼばばばば……」


 俺は水流に飲み込まれてしまった。さようなら、皆様。次会う時は天国で……

 と、そんな事を考えていた時、突如俺の頭の中に「あなたは諦めるの?」という女性の声が聞こえた(←気のせいです)。そうだよな、俺はこんなところで死んでいい人間じゃない!


(水よ、我が傀儡と化せ)


 顔面を水で覆われている俺は、詠唱できなかったが、代わりに心の中で呪文を唱える。自分を取り巻く水、その分子一つ一つの流れを自分の制御下に入るようイメージする。イメージが固まった。

 俺は自身の周囲の水を振り払い、その水を紗也に向かわせる。

 水龍の操作の為に俺に近づいていた紗也は、咄嗟の出来事に対応できず、水を頭からかぶってしまった。


「きゃあ!」


 その隙に俺は泉に駆け寄る。既にズボンは濡れてしまっているので、今更裾が濡れるのを気にする必要はない。俺は泉の中央付近にまで足を進める。そして、自身の周囲の水をコントロールしながら紗也に言う。


「俺の勝ちだな……!」


「くっ! このまま捕まって辱めを受けるくらいなら、一矢報いて死んでやる!!」


 そう言った紗也は水を求めて俺のいる泉に向かって突っ込んできた!嘘だろ?圧倒的に俺が有利な状況で接近戦を仕掛けるか?!

 俺は水を操作し、紗也に向けて撃ちだそうとした。だが、その時に事件が起きた。


「きゃああ!!」


 紗也が、泉の縁石に躓いて、転んだのだ! 泉に向かって体が傾く。

 このまま転べば、全身ずぶぬれ。それどころか、どこか怪我するかもしれない!


「危ない!!」


 俺は紗也を支えようとする。無事、紗也をキャッチしたものの、紗也を抱きとめた衝撃は思ったよりも強かった。


「「うわああ!」」


 俺と紗也は、泉にドボンした……。




◆Side 和太琉(和也達の祖父)


 わしの家には湧水で出来た小さな泉がある。そこでは、儂の可愛い孫たちがよく遊んでおる。

 泉にこいでも飼おうかと迷ったこともあるのだが、その時『孫が楽しめるよう何も飼わないでおこう』と思ったのだ。20年前の儂の判断は間違っておらんかったという事だな。


 さて、今日も今日とて、和也と紗也が二人で遊びに来た。二人とも儂の孫であり、二人の関係はいとこという事になる。

 昔から仲がいいと思っておったが、高校生になっても、二人で行動しているのを見ると、改めて二人は気が合うんだろうなと思う。ついこの間、友達んとこの孫の話を聞いたんだが、『思春期にもなると、お互いを意識してよそよそしくなった』って言っておったから、余計に自分の孫の仲の良さについて考えてしまう。



 ところで、親等という考え方をご存じだろうか?これは個人間の血のつながりを示す指標で、値が小さければ小さいほど個人間は遺伝的に近しいという事になる。

 本人を0として、親→子、もしくは子→親に行く毎に1増やす。


 儂2┳儂の妻2

  ┏┻┓

1┳1 3┳◇

┏┻┓  ┃

和 2  4


 これが暁家の家系図だ。和也から見て何親等に当たるかを数字で表しておる。

 和也と慧子の関係は和也(0)→和也の両親(1)→慧子(2)と数える事が出来るので2親等である。

 同様に和也と儂の関係は和也(0)→和也の両親(1)→儂(2)と数える事が出来るので2親等。

 このように考えると、和也と紗也の関係が4親等であることがお分かり頂けるだろう。


 さて、日本では結婚は4親等以上離れていないと出来ないことになっておる。つまり、和也と紗也はギリギリ結婚可能な血の濃さという事だ。



 話を戻そう。仲が良い二人を見ていると、自然と将来の事を考えてしまう。勿論、二人が幸せになれるのなら、どんな相手であっても許すつもり。だが、やはり素性がはっきりした人と結婚してくれたら、儂も安心できる。そういう意味で、孫同士が結婚してくれたら万々歳である。

 まあ、二人は高校生。結婚とかそう言うことはまだ早いだろう。二人が二十歳になったら、一度話してみようと思う。



 なんて考えていると、庭から叫び声が聞こえてきた。そして、盛大な水しぶきの音。


「どうした?! 何があった?!!」


 孫の無事を祈りつつ、儂は急いで中庭へ向かう。



 そこで目にしたのは泉の中でひしと抱き合う和也と紗也の姿。二人とも、服が濡れていて、若者特有の色っぽさがあふれている。


 さて、少し落ち着いて状況を見てみよう。紗也が上に乗っているという事は、紗也が和也を押し倒したとみて間違いないだろう。それに対して和也は嫌がる素振りを見せていない。そればかりか、目の前にある紗也の顔をみて顔を赤らめている。

 先ほどまで、「まあ、二人は高校生。結婚とかそう言うことはまだ早い」なんて考えていたが、訂正する必要がありそうだな。


「ひ孫の顔が楽しみじゃの! いやはや、失礼した! 儂とばあさんは部屋に籠っているから、後は若いもん同士、ごゆっくり?」


 「「待って違う!」」という声を聞き流しながら儂は急いで部屋に戻ったのだった。




紗也「かず兄、大丈夫だった? ごめん、調子に乗り過ぎたわ」


和也「ああ、大丈夫。特に痛い所もない。俺も、調子に乗ってスマン」


紗也「そうよ! 透けた下着をジロジロ見るなんてサイテーよ! って思ったけど、よく考えたらなんかもう今更な気がするし、許してあげるわ!」


和也「今後は気を付けます。てか、祖父ちゃんの誤解を解かないと!」


紗也「そうよ! おじいちゃーん!」



 その後、30分の弁解の末に誤解は解けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る