魔法の範囲

 祖父ちゃんの家には湧水で出来た小さな泉がある。そこに手を付けた俺は目をつむり意識を集中する。


 具現がしたい現象は水の完全操作。先ほど、紗也華は水蒸気を凝縮し、それを凍らせ、そしてそれを弾丸のように放ってきた。同様に、元々存在する水を操作する事だって出来るはずだ。


「『水よ、我が傀儡かいらいと化せ』」

 小さく、されどはっきりとこうつぶやく。


 水分子一つ一つが自分の操り人形になるようイメージ。それらが結晶を形成し、氷となるようにと、命令する。


 ガボ! バキ! メキメキ!


 俺の意志は真実と化し、泉の水が凍りつく。俺はつむっていた目を開け、改めてその効果範囲を見る。凍った範囲は俺の手から半径50cmくらいだろうか。想像以上に広い範囲が凍って自分でも驚いてしまう。


「かず兄お疲れーー。どう、気分が悪くなったりしていない?」


「ああ。大丈夫みたいだ。何度か繰り返したら、いつかぶっ倒れたりするかもしれないが」


 紗也が心配しているのは、いわゆる『魔力切れ』である。俺達が好きなラノベでは、「魔法の行使には魔力という謎エネルギーが必要であり、それが0になってしまうと、意識を失う」という設定が頻繁に登場する。

 だが、幸い、一回の魔法行使で意識を失ったりはしなかった。良かった良かった。


「それで、どんな感じで魔法が発動したの? 何か特徴はあった?」


 姉さんの指示で、俺は魔法の発動時には目を閉じていた。姉さんが言うには「発動する様子を眼で見てしまったら、魔法の発動過程を変に意識してしまうだろ?」とのことだ。よく分からなかったが、取り敢えず姉さんの中では何か考えがあるのだろう。

 そして、そんな姉さんは、何か分かった様子で、さっきからしきりにメモを取って、今回の現象を記録している。一体何が分かったのだろうか?


「まだ確証はない。もう一回魔法を使って欲しいんだけど、大丈夫?」


「ああ。もちろん。一回、氷を融かすね」


「オーケ。では今度は、泉の周囲が凍って、徐々に中心まで凍っていくようイメージしてくれないか?手から凝固が広がるのではなく、縁石から凝固が広がるイメージだな。あ、今回も目を閉じてくれ」


「オーケー。『水よ、我が傀儡かいらいと化せ』」


「もう目を空けていいぞ。どうだ、この状況を見て」


「え……?」


 周囲から中心へと凍結部位が広がるようにイメージしたにも関わらず、結果は先ほどと同様であった。つまり手の直下は分厚い氷に覆われていて、手から離れた箇所では氷は薄くなっていた。


「おそらく、魔法で何らかの現象を引き起こすには、自分自身から近くないといけないのだろうな。練習すれば、影響範囲は大きくなるかもしれないが、今の所、自分自身から半径50cmが限界のようだな」


「なるほど。その検証をしたかったのか」


「ああ。次に個人差があるのか調べたいな。紗也もやってくれるか?」


「分かったわ。『フリーズ』!!」



和也:50cm

紗也:30cm

慧子:21cm


「個人差が結構あるみたいだな」


「そうね。男性の方が素質があるのかしら?」


「あとはイメージ力の違い? 俺は水分子が結晶になるよう鮮明にイメージしたんだ。二人は?」


「私は、人魚冒険者の『フリーズ』をイメージしただけ。慧姉は?」

「私も、凍るって現象に意識を重く置いていたかも。次は分子単位で操作するようイメージしてみるわ」


……

………


紗也:40cm

慧子:61cm


「確定だな。イメージする内容次第で、魔法の効果範囲は広がったり狭まったりする」


「そうね。『より詳細に起こって欲しい現象をイメージする』ことが大事なのかもしれないわね」


「二人に負けちゃった……。かず兄はまだしも、慧姉に負けたのは、なんだか悔しい」



 確かに。紗也や俺のような魔法使い見習いよりも、科学者である姉さんの方が魔法が得意って、凄く矛盾していないか?はあ。


「私は、水分子に関する研究を行ったことがあるからね。凝固のメカニズムなんかを二人よりも鮮明にイメージできているのかも」


「「なるほど」」



 まとめると、分かった事は次の2点である。


1)魔法の効力は自分との距離に反比例する。

2)魔法の効力はイメージの鮮明さに比例する。この際、物理現象に則ってイメージするのが良いようだ。


 姉さんはこの後、今日の実験記録、そこから分かった事、反省点などをまとめた書類を作るようで、一時席を外した。



 残された俺たちはというと、ゲームをしようという事になった。魔法で射的ゲームをしようという事になったのだ。的は庭に落ちていた鬼瓦。『鬼瓦』って同世代に伝わるのかな?古い家の屋根に乗っている焼き物だ。


 大きさ約30cmの石の塊は、的にはちょうどいいサイズだったのだ。瓦を設置し、そこから10mほど離れる。ちなみにだが、弓道の近的は約30m離れて行う。それに比べればはるかに命中させやすいはずだ。


「よし、俺から撃ってみるぞ。『水よ、集え!』『凝固』『行け』」


 拳大の氷の塊が高速に撃ちだされる。残念ながら、的のすぐ右を通過してしまったが、悪くないコントロールである。


「お! なかなかいいじゃん! 次は私ね。『アクアクリエイト』『コアギュレイト』『アタック』」


 紗也の魔法が、的の右上を少しかすめカーン!という音を立てた。な、なかなかやりおるな……!


「おめでとう! まさか、一発成功させるとは……」


「ありがと。でも、やっぱり中央にクリーンヒットしたいわね!」


「だな。それじゃあ、俺も『水よ、集え!』『凝固』『行け』」


……

………


「「あ、当たらない……」」


 結論から言うと、最初の一回はまぐれだったようだ。少し右にずれたり、逆に少し左にずれたり。なかなか難しい。弓道の選手がいかに凄いかを改めて思い知ったのだった。




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