魔法の検証

罠だったのか!

 紗也の叫び声を聞いた姉さんが脱衣所に入ってきた。そこで彼女が目にしたのは倒れている俺と、裸の紗也。一見、俺が紗也の風呂を覗いた現場のように見える。だが、決して俺はそんなつもりはなかったんだ!ちゃんと弁解しないと……!このまま犯罪歴が付くのは御免だ!



「静粛に、静粛に(カンカン!)。えー。では。和也の裁判を始める。議長は私、慧子が務めさせていただきます。まずは原告側の主張を聞きましょう」


 姉さんが無駄に豪華な椅子に座って、厳かにそう言う。どこにあったんだよ、その椅子。


「かず兄にお風呂覗かれた……。もうお嫁に行けない……」


「なるほど。では、被告人。何か意見はあるか」


「今回のは仕方がない事故だったと思うんだ。そもそも俺は、紗也に呼ばれてお風呂へ駆けつけたのだ。確かに見てしまった俺も悪いとは思うが、紗也にも非はあるだろう?」


「なるほど。紗也、そうなのか?」


「確かにそうかもしれないけどさあ。直ぐに指摘してくれたらいいものを、かず兄はジロジロ見てきたの」


「和也、そうなのか?」


「そんな! 兄妹のように育ってきた女の子を相手にそんな事はしません! 俺はあくまで、紗也が使った魔法に驚いていただけです!」


「誓って?」


「ああ。本当だぞ」


「だそうだが、紗也はどう思う?」


「まあ、一理あると思う……。私の貧相な体を見ても、欲情しないだろうし……」


「いやいや、大層な物をお持ちで……」


 あ、しまった。つい本音が。


「やっぱり見てたんじゃなーい!!」


「しまった! 罠だったのか!」


「『罠だったのか!』じゃないでしょ?」


「すみませんでしたーーー!」


 俺、すかさず土下座で謝罪。額を地面に擦り付け、可能な限り、頭を下に持っていく。


「和也の有罪が確定した。紗也は自由に罰を与えて良い」


「分かったわ。『アクアクリエイト』」


「な、なにをするおつもりで……?」


 俺の有罪が確定した。すると、紗也は手の平を上に向けて、魔法を発動させた。今度は、手の平の中ではなく、手の平の上空10cmほどの場所に水球が成長し始めた。水球は数秒の内に半径5cmほどにまで成長する。


「あら! 自分で言うのもなんだけど、水蒸気を凝集させる事も出来るのね! それじゃあ……『コアギュレイト』(凝固せよ)」


 彼女の言葉は力となり、彼女のたなごころの上に浮かぶ水球から急速に熱を奪っていく。

 この魔法には見覚えがあった。アニメ『人魚姫、冒険者になるってよ』の主人公が使用する魔法である。『アクアクリエイト』で水を生成し、『コアギュレイト』で作った水を凍らせて槍に変える。最後に『アタック』で氷を敵に突き立てるのだ。


 紗也が生成した氷が尖った形ではなく、球体であるのは、紗也なりの優しさだろう。球体になった氷を眺めていた紗也は俺へと向き直り……。


「暴力に暴力で応えるのは、私が一番嫌いなやり方。でも、言葉だけでは反省しないあなたには、こうするしかないわ。さようなら。『アタック』」


 『人魚冒険者』の決め台詞を言った紗也は氷の玉を俺に向けて撃ち放とうとする。尖ってはいないとは言え、あのサイズの氷球が当ったら激痛不可避。俺は咄嗟に自らを守る。


「『結界』!!」


 目の前で魔法を見せつけられた俺もまた、魔法の存在を信じるようになった。このことは、魔法の発動条件を満たすには十分であった。

 魔法使いが語る意志の籠められた言葉は真実となる。俺の言葉もまた力真実となり、俺へと急接近する氷から運動エネルギーを奪う。


「あ、防がれた」「あ、魔法使った」

 前者が紗也、後者が姉さんの言葉である。


「罰則は受け入れるけど、痛いのは辞めてよ!」

 と俺は懇願する。


「……ごめん。ついやってみたくなったの。でもでも! 今日見た物は忘れてね!」


 紗也は少し申し訳なさそうな顔をして謝罪したのだった。



「ところで紗也。別に怒る事でもなかったんじゃないのか?」


 そう言うのは姉さんだ。突然の発言に、言われた紗也と俺は首をかしげる。


「いやだって……ねえ? 裸を見られて平然とは出来ないでしょ?」


「そうか? 私は別に気にしないが?」


 確かに。姉さんは、平気でリビングに半裸で現れたりする。


「だって、二人は姉弟じゃない。私とかず兄は従兄の関係だし……」


「そういうものか? でも、小学校三年生の時、和也が『お風呂は別々で入ろう』って言った時、紗也は『えーなんでーー! かず兄と一緒がいいーー』って言っていたじゃないか」


 そんなことがあったっけ?正直、俺自身よく覚えていない。だが、改めて言われてみれば、俺の方から紗也と距離をおいたような記憶がある。小学生ってのは厄介で、男女が仲良くしていると、変にはやし立てられるのだ。『紗也と一緒にお風呂に入ってる』なんて言おうものなら、バカにされるに決まっている。

 もっとも、高校生にもなった今、『紗也と一緒にお風呂に入ってる』なんて言おうものなら、向けられるのは『悪口の矛先』ではなく『嫉妬の眼差し』だと思う。待てよ。つまり、今なら、周りの目を気にして、別々に入る必要はないのでは?


「そういえばそうだったな。よし、これからは毎日一緒にお風呂に入ろうか」


「絶対に駄目! 反省が足りないのかしら?」

 そう言いながら、手の平を上に向け、魔法の発動体勢に入る紗也。


「なんでもないです、すみません」

 すぐに謝り、事なきを得た。



「それにしても、本当に魔法が使えるとは……。和也も成功していたし、私も使えるはずよね?」


「そうだろうな。これで賭けは俺の勝ちだな!」


 元はと言えば、俺達の先祖が遺した本の真相を確かめるべく、紗也を騙していたのだ。そして、その結果、本当に紗也は魔法を発動できるようになってしまった。


「むう。そうね」



 さて、この状況を理解できていないのは、紗也である。俺達の会話が理解できず首をかしげながら。


「……? 慧姉だって、かず兄の魔法を見ていたじゃない? どうして今更びっくりしてるの?」


 と言った。


「「ああ、実はな……」」


 そして、姉さんと俺は今までの事を全て話した。



「……つまり、私は実験台にされていたと?」


「そういうことだ。提案したのは私だ。和也を嫌わないであげてほしい」


「はあ……。なんというか、二人の行動力を称賛したいわ。私が本当に魔法を使えるようになる確証はなかったわけでしょ?」


「「そうだな」」


「えっと、じゃあ、かず兄のMRI画像は、ただのフェイクって事よね?」


「「そうだな」」


「大学の設備をそんなことに使って、本当に大丈夫なの……?」


「へーきへーき。私がそう言う奴だって、ラボの人たちも分かってくれてるから」


「そうなのね。ここまで大掛かりに騙されたら、いっそ清々すがすがしいわ。それに、二人のおかげで、私は憧れの魔法少女になれたわけだし、チャラにしてあげる」


「「ありがとうございます!」」


「かず兄はさっき『結界』を使っていたけど、慧姉も魔法が使えるはずよね? 使ってみてよ!」

「そうだな。俺も姉さんが魔法を使う所を見てみたい」


 姉さんが中二病的な呪文を唱える姿を見たい。そう思った俺は、ちょっと性格が悪いのかもしれない。


「そうだな。うーむ。それ!」


 彼女が手で丸を作り、目を閉じた。その瞬間、彼女の手から風が吹きつけた。詠唱しないのかい!!確かに、魔術は『自分のイメージが具現化するよう強く信じる』ことで発言するのだ。別に詠唱は必要ではない。

 アニメの影響をもろに受けている紗也と俺とは違って、姉さんにとって詠唱はなじみが無いのだろう。


 さて、姉さんが使った魔法だが、その内容はまるで……


「「羽無し扇風機?」」


「ああ。だが、ここでもう一加えすると……。どうだ!」


「「あったかい! もしかしてドライヤー?」」


「正解だ。凄いな、本当に魔法なる物が存在しただなんて……。よし、私はfMRIを取ってくるよ! ふふふ……面白くなってきたぞ……!」


 非科学現象の代表格ともいえる『魔法』を解明しようとする、天才科学者。なんという皮肉だろうか。




 ちなみに、面倒なことにならないよう、魔法の事を知るのは三人だけにしようという話になった。よって、魔法は全て「姉さんの発明品」という事にしておく。

 おそらく、これで納得してくれるだろう。


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