第4話 灰と茶
王様は国中の嫁入り前の美しい女たちを一人残らず招いて、三日にわたるダンスパーティーを催した。これはオレ様の花嫁を探したいからだった。
女たちは存分に着飾って王城を訪れた。代わる代わるオレ様にダンスを申し込むが、オレ様は足を組んで座ったまま、目を伏せて首を横に振り続けるだけ。父上には悪いが、この国にオレ様の気に入る女はいないものと思われた。
しかしその時、彼女は現れたのだ。
すらりと伸びた白い脚。ほどよく筋肉がついて引き締まっている。それでいて無骨さはなく、女性らしい曲線。金糸織りの着物を身にまとっていたが、他の女どものように、高慢ちきな感じはさっぱりしない。美脚の女は心も顔も美しいに決まっている。見るまでもなかった。
「お前はオレ様の踊り相手だ。誰にも渡さない」
つかつかと歩み寄り、ダンスを申し込む。宴の間中ずっと手を握り、他の男には触れさせなかった。
「あたし、おうちへ帰らなくっちゃ」
真夜中になろうとしていた。
「オレ様もいっしょに行こう。お前についていくのだ」
ところが少女はオレ様をすりぬけて、鳩小屋へ飛び込んだ。
「照屋さんめ。まぁいい、また明日だ」
あくる日もオレ様はただひたすらその脚の美しい少女とばかり踊った。いったいどこの娘なのか気になって仕方がなかったが、聞いても答えちゃくれないし、王も家来も知らなかった。
「あたし、おうちへ帰らなくっちゃ」
彼女はオレ様のことを好いている。それは間違いないことと思われた。それなのに彼女は、午前零時の前にそそくさと姿をくらませる。
二日連続とあっては、オレ様のプライドにかかわる。ダンスパーティー最後の晩、必ずやあれをオレ様のものにする。
「あたし、おうちへ帰らなくっちゃ」
三日目、三度目のこのセリフ。彼女はやはり、飛ぶようにしてオレ様のもとを離れる。
「それはどうかな」
オレ様はニヤリと笑う。
ダンスホールを出てすぐの階段に、ベタベタの塗料を塗らせておいたのだ。
「くっ……」
粘着質の階段が、彼女の足を捕える。
「今夜は帰さないぜ」
しかし、
「あたし、おうちへ帰らなくっちゃあならないの!」
少女は履いていた靴を置き去りにして、裸足で駆けていった。
◇◇◇
そんな前世の記憶を思い出して、オレ様は――落窪リオンは、シンデレラに出てくる王子様だったことを理解した。
灰かぶりの少女エラ。シンダーエラ。シンデレラ。
その後王子様は、残された靴を頼りにシンデレラを探す。きっと靴から伸びる脚を思い起こし、毎晩そのにおいをかいでいたに違いない。究極の脚フェチ物語だ。
オレ様は中学生くらいの時から、女子の脚が好きだった。他人を見るときはまず脚から見る。顔や性格は二の次、三の次。
足首はキュッと締まっているのがよろしい。ふくらはぎの曲線はかなり重要。膝裏のくぼみがきれいに見える必要がある。太ももはあんまりムチムチすぎるとたるみが気になってよくないが、向こうが透けるほど細いのも気持ちが悪い。
高校の時は美術部で脚の彫刻ばかり作っていたものだから、周りからドン引きされて落窪リオンファンクラブがひとつ解散してしまったこともある。まぁ、それはどうでもよい。
至高の美脚を追い続けたオレ様が行き着いた答えがコレだ。
「自らを至高にしていく」
大学一年生の時に閃いて、オレ様は自分が天才だと思った。自分が美脚になれば、いつでも好きなだけ美脚を見ることができるじゃないか。
オレ様は金をかけて下半身を脱毛し、ある先生のもとでトレーニングを重ねた。トレーニングのしすぎで下半身ゴリマッチョになりかけたこともあったが、試行錯誤の末に美脚を手に入れた。
「これがオレ様のウィッチクラフト『
それをこんな形で、野郎に披露することになるとは……。
オレ様の足にそれこそシンデレラフィットしているその靴は、ヒールで触れたものを自在に操る能力を俺に与える。
しかし「自在に」と言っても限界がある。操作の対象にはあまり知性がない方がよい。したがって、食堂でちょうどよいカボチャとネズミを見繕ってきたわけだ。相手の人間を操作できれば手っ取り早いのだが、なかなかそうはいかないらしい。
相手の人間を操作できるわけでもないのに、なぜオレ様が奴の魔眼『魔女の庭』の中で美脚を披露したのか――
それは、荒野キキョウの目を惹き、魔眼の注意を逸らすためだった。
「オレ様のウィッチクラフト」
とか言ったのはハッタリで、異能も何も発動させず、ただズボンを脱いで美脚をあらわにしたのだ。
作戦は成功して、荒野キキョウはぶっ飛ばされてクスノキに引っ掛かりダウン。オレ様は現実世界に戻ってきた。
ちなみに『あそぶん学部の処女厨』こと『文学部の金髪』こと荒野キキョウをぶっ飛ばしたのは、先述の通りオレ様の異能ではない。
第三者の介入だ。
オレ様はキキョウの魔眼に捕らえられる直前、視界の端に彼の姿をみとめた。だから『魔女の庭』という気味の悪い異空間で下半身を露出し、魔眼がこちらを向き続けるようにあえて仕向けたのだ。
『彼』がこの戦いに参入してくることに賭けて。
「まさかテツさん、あんたも王子様だったとはな……」
荒野キキョウをワンパンでぶっ飛ばした大柄な男。それは『工学部の茶髪』にして『おとこう学部の筋肉バカ』の三ツ矢テツヤだった。
「…………」
三ツ矢テツヤ先輩は、オレ様がほとんど唯一心を許す男性だった。なぜなら彼は、オレ様の下半身トレーニングに無償で付き合ってくれたからだ。
「すまないが、自分は君を助けようと思って助けたわけではない。魔眼をつぶしておくのに好機だと判断したから飛び出したまで。そうしたら、勝手に君が助かったのだ」
ツンデレ……ではなく、おそらくは本当にそうなのだ。
「テツさんは正直だね。さすがオレ様の認めた男」
「あまり褒めないでくれ。自分は今から、弱った君を倒そうとしているのだから」
テツさんが静かに酸素を吸引する。服の上からでもわかるほど、筋肉が肥大化する。茶の短髪の下、額の血管がピクピクと脈打つ。
「いいぜ、ダンスパーティー第二ラウンドだ」
グレーのスーツがはためき、オレ様の美脚が輝く。
「フンッ」
巨体が瞬時に消え、オレ様の前に再び現れる。両手を組んで勢いよく振り下ろされる。ダブルスレッジハンマーだ。
「グッ……」
とっさに両腕をクロスしてガード。
まともに受け止めてしまった身体が沈み、硝子の靴がひび割れる。
「耐えたか……ではもう一度!」
オレ様が態勢を整える前にもう一撃。
「ぬぁッ」
――パキッ
足元から悲痛な音がして、ガラスの靴が完全に割れてしまう。破片がオレ様の美脚を傷つける。
「いってぇ……」
ドクドクと血が流れ、ガラスの靴を赤々とした色に染めていく。頭にも血が上って、視界もなんだか同じ色に染まっていく。
『危ない、離れろ!』
どこかで誰かの声がした。
オレ様にとどめを刺そうとしていたテツさんが後方へ飛びのく。
誰だかわからないが、その判断は正解みたいだぜ。
オレ様自信も知らなかった能力が、今目覚めようとしている。
「これが本当の力か……
◇◇◇
ガラスの靴を履いて、カボチャの馬車に乗ってお城へ向かうというのは、後から取ってつけられたものだ。
実のところ、灰かぶりの少女に金糸の洋服を与えたのは彼女の家の鳩たちだったし、彼女がお城に残していったのは、金の靴だった。
灰かぶりの意地悪な義理の姉たちは、自分たちが王子様に気に入られようと、無理やりに足をその靴にねじ込もうとする。
一人目の姉はつまさきが大きくて入らない。どうせお妃になってしまえば、歩かなくてすむということで、包丁でつまさきを切り落としてしまう。
しかし、いざ王子様の前に出ると、灰かぶりを助けた鳩が告げ口をして、血が靴にたまっていることが発覚する。
二人目の姉はかかとが大きすぎて入らない。どうせお妃になってしまえば、歩かなくてすむということで、今度は包丁でかかとを少し切ってしまう。
しかし、いざ王子様の前に出ると、やはり灰かぶりを助けた鳩が告げ口をして、血が靴にたまっていることが発覚する。
そうして最後に出てきたシンデレラが、王子の探していた娘だということがわかる。
王子様とシンデレラの結婚式で、意地悪な二人の姉は鳩に目玉をえぐられて失明する。
めでたし、めでたし。
◇◇◇
これが本当のハッピーエンド。オレ様の能力はカボチャリオットを作って乗り回すような、ちんけなものではなかったということだ。
ぶくぶくと、ガラスの靴を満たした血が泡立つ。
『くるっくー』
『ぽっぽー』
蒸気が沸き上がって形を成し、オレ様の肩に二羽の鳩が止まる。
「さてと、では童話の通り、目玉をえぐってきてもらおうか。そこでくたばっている金髪の魔眼をよぉ」
クスノキにひっかかって泡を吹いている荒野キキョウへ向かって、鳩が飛び立つ。
そう、優先すべきはあちらであって、テツさんではないのだ。
『
またテツさんではない何者かの声が聞こえた。
「それは大変に悲しい……自分が止めましょう」
そう言ってテツさんは、上着を脱ぎすて、シャツを引き裂く。
上半身は見るまでもなく筋骨隆々で……しかし、三本の鉄の輪がその筋肉を胸元で絞めつけている。それはまるで、桶の枠組みを固定する
「あぁ?」
必然、上半身裸の筋肉男と下半身美脚の美男子が向き合う形となる。
「第一のタガ、封印解除!」
声とともにテツさんが両腕を上げてポージングすると、大胸筋下部を抑えていた鉄の輪が勢いよくはじけ飛ぶ。
高速で飛ぶ鉄片が、オレ様の鳩ちゃんを空中で串刺しにする。
「あぁ悲しい。悲しいから胸のタガで抑えていたのに……解除させないでくれよ」
オレ様が最後に見たのは、テツさんの涙にぬれた頬だった。
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