第10話

 (※ロバート視点)


「……婚約者? いったい、どういうことなんだ?」


 おれはジーナに質問した。

 その声は、僅かに震えていた。


「どういうことって言われても、言葉通りの意味だけれど。私、資産家の息子と婚約したの。この前デートした時にね」


 この前デートした時?

 ということは、あの時彼女のとなりにいたやつか!

 そんな……、あいつは、利用している有象無象のうちの一人ではなかったのか?


「私は彼と一緒に、遠くの街で暮らすことになるわ。だからもう、あなたと会うのはこれで最後。今までありがとう。さようなら」


 彼女が何を言っているのか、理解できなかった。

 君が付き合っていたのは、このおれのはずだろう?

 ほかの男と会っているのは、ただそいつらを利用していただけではなかったのか?

  

 彼女に必死に媚びている有象無象は、見ていて滑稽だった。

 だからおれは、別に彼女がほかの男と会うのも気にならなかった。

 むしろ、優越感に浸っていた。

 お前たちとおれの間には、越えられない壁があるのだと。

 おれだけが、彼女の特別なのだと、そう思っていた。


 しかし、おれも有象無象のうちの、一人だったというのか?

 

 おれは絶望していた。

 そして同時に、自分の中から、黒い感情が沸いてきていることに気付いた。

 おれは今まで、彼女に手を上げたことなんて一切ない。

 クレアに手を上げたことはあっても、同じことをジーナにしなかったのには、わけがある。


 それは、彼女が美しいからだ。

 彼女の価値は、その美しさにある。

 わざわざその価値を下げるようなことなんて、おれにはできなかった。


 しかし、その美しい彼女が、おれのもとを去ろうとしている。

 ほかの男のものになろうとしている。

 そんなこと、あっていいはずがない。


 ほかの男のものになるくらいなら……。

 

「ちょっと! 何をするのよ! 離して!」


 気付けばおれは、彼女を押し倒していた。

 彼女に触れている手に、力を込める。

 だんだんと、彼女の顔が歪んでいく……。


 美しいものが段々と醜くなる姿をみて、何とも言えない気持ちになった……。

 

 たぶん彼女のこんな姿を見たのは、おれだけだ。

 おれだけが知っている、ジーナの姿……。


 ジーナを、否、かつてジーナだったものを見下ろして、おれは涙を流していた。

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