第8話
私はリビングにあるソファに座って、本を読んでいた。
ロバートにお金を渡して以降、彼はここには来ていない。
それは、幸いなことだった。
できれば、彼とは顔を合わせたくない。
「私の警告は、どれくらい真剣に受け取ったのかしら……」
あまり真に受けている様子はなかったけれど、少しは疑うことくらいはしておいてほしい。
こちらに被害が広がると困るからだ。
しかし、彼自身が何か被害を被る分には、私は何とも思わない。
既に彼への気持ちは冷めているし、同情なんてしようという気にもなれない。
彼は、自分だけは特別だと思っている。
ジーナに男友達が多いことは知っていても、それを気にも留めていない。
自分だけは、その他大勢とは違うという優越感を味わっているのかもしれないけれど、どうして自分だけはほかと違うなんて思うのかしら。
どうして自分もその他大勢だと、考えないのかしら……。
いろいろな感情が、彼の目を曇らせているのでしょうね。
確かに彼女の外見は驚くほど美しいけれど、中身は全く美しくない。
彼女に騙されている男たちは、そんなことにも気付いていない。
彼女に利用されているとも気付かずに、都合のいい存在になっている。
彼女にとって周りの男たちは、財布とか、ボディガードくらいにしか思っていないのだろう。
当人たちは気付いていないから、幸せといえば幸せか……。
でも、もしそのことに気付いたら、男は深い絶望に襲われるでしょうね……。
そして、彼女は男を都合よく利用しているけれど、それはかなり危険な綱渡りだということに気付いていない。
絶望した男が、いつ自分に牙をむくか、それほど真剣に考えていない。
「私だけが理不尽な目に遭うなんて、そんなの耐えられないわ……」
私はそう呟いたあと、再び本を読み始めた。
*
(※ロバート視点)
「うぅ……」
おれは意識を取り戻し、地面から起き上がった。
どうやら随分と時間が経っているみたいだ。
ジーナのことは、完全に見失ってしまった。
おれのことを殴ってきた奴は、有象無象のうちの一人だ。
ジーナと一緒に歩いていた奴も、有象無象のうちの一人だ。
そんなことは、わかっている。
わかっているのに、なんだ……、この、モヤモヤする気持ちは……。
「とりあえず、今日は家に帰ろう……。いや、顔の傷を親に見られると面倒だから、クレアの別荘の方がいいか……」
今日はジーナのことは諦めよう。
体中が痛くて、それどころではない。
とりあえず、一週間後には会えるのだから、それまでは身体の回復に努めよう。
おれはクレアの別荘に行き、カギを開けて中に入った。
リビングで一瞬彼女と目が合ったが、おれは二階にある自分の部屋に向かった。
あいつにこんなボロボロな姿を見られるのは嫌だった。
「くそっ……、あいつ、馬鹿みたいに殴りやがって……」
傷の手当てをして、ベッドに横になった。
ジーナに次に会えるのは、一週間後だ。
それまでが待ち遠しかった。
そうだ……、もう、今月の金がないんだった……。
このままでは、ジーナとデートができたとしても、また彼女の機嫌を損ねてしまう。
しかし、今月の金はもうもらってしまった……。
「いや、待てよ……」
今までは一か月に一度金をもらっていたから、それが当たり前のものだと思っていた。
しかし、そうではない。
金をもらうのが一か月に一度なんて、そんな決まりはどこにもないのだ。
今度のデートは、万全の準備をしてから望もう。
そのためにやることは、ひとつしかない。
おれは思わず、笑みを浮かべていた。
しかし、すでに破滅への道を歩み始めていることに、この時はまだ気づいていなかった……。
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