1-2 ケイル

 あたりには、まだ昼を迎えない前の、瑞々しさを残した明るい日の光が満ち、さらさらと軽いそよ風が時折リュートのほほを撫で髪を揺らしていた。白い布からは、これもまぶしい真珠色の、彼女の剥き出しの腕や脚が少しづつはみ出して見えている。白い布の下のリュートは文字どおり、一糸纏わぬ姿だった。

 かさ、と薮の葉がこすれた。

 さらにがさがさと人がそれをかき分ける音、すぐに続いて、まだ幼い、透き通った、そしてはっきりとした優雅な発音の声が、穏やかなリズムで呼び掛けるのがあたりに響いた。

 「あの・・すみません。」

 リュートの耳には入っていない。

 「すみません・・いらっしゃいませんか?いらっしゃいませんか、リュートさん・・。」

 大きく葉が揺れて、その陰からひとりの少年が、岩壁の前の広場に踏み出してきた。声のとおりまだ幼い。十二、三歳前後というところだろうか、透けるような肌に測って造ったとした思えないような整った顔だち、髪はどこまでも長く、まっすぐで細く、軽く明るい、色味のない黄金色をしている。

 白い、彼には少し大きめの衣を纏ったその少年は、広場にふみ出すと、きょとんとした目であたりをくるくると見回していた。

 「うーん・・?」

 そこでリュートが半分目を覚まし、事態を把握しないまま石の上で身を起こした。白い布がはらりとずれて、リュートのなめらかな肩がふとあらわになり、脚は膝まで表に出た。

 「うん?」

 「わっ!」

 まだ寝ぼけているリュートが少年の方へ顔を向けたのと、どうにか胸元を隠してさらけ出されたリュートの肌に少年が気付いたのはほぼ同時だった。少年は大慌てといった風で、彼に続いてがさがさとやってきた黒い人影を両手で押し戻し、再度薮の中に押し込んだ。

 「あ・・。」

 おとなしく少年に押し込まれたのは、リュートからはちらりとしか見えなかったが、背の高い、若い男のようだった。

 「ケイル様?」

 「いけませんセイラ、戻って戻って・・わたしも行きます。」

 「はあ・・。」

 やがて二人は木々の間にすっかりまた引っ込んでしまった。リュートはちょっと苦笑いをし、石の台から降りて着物を取りに向こうの茂みに軽やかに向かった。失礼なことしちゃったかな。何せ滅多にこんなとこ、お客さんはないもんだからさ・・。

 「お待たせ致しました。」

 リュートは服を着けると先程の二人が消えた茂みの方に進み、葉っぱを掻き分けた。少し向こうにはさっき見た愛らしい少年と、見るからにしなやかそうな筋肉をまとった背の高い黒髪の男が並んでむこうを向いて立っていて、リュートのかけた声に揃って反応し彼女に顔をむけてきた。

 「わたくしにご用の方ですか。」

 「ああはい、ええ・・。あの、“サークのリュート”さんですか?」

 「ええ、いかにも、わたしです。」

 

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