風と砂の地物語
林城 琴
旅立ちと月下の出会い
1-1 朝
紅い。
まだ明けぬ闇の中、大地より出で木々を舐めた紅い熱の塊は、どろどろと断崖を走り抜け、そのまま何の未練も見せずに次々と真下へ広い水の中へ、流れるように落ち続けていた。正と負の熱の入り混じるあたりでは、光と風と力が弾け飛び、色とかたちは失われていた。強いていえば真っ白が・・只の白が、白とも言えぬ空白をそこに広げて他の何者をも拒絶していた。
リュートはしばらくそれを見ていた。彼女はこの様子を見ているのがとても好きだった。彼女のいわゆる“雲”に乗って、まっ黒にたたえられた湖の水のはるか上空にまっすぐに立ち、惑う風にその黒く波打つ長い髪(それは頭のうしろ高いところで一旦ひとつに括られたあと、またぞろりと背中に流されていたが)を乱れるに任せながら、凛としたその横顔で、リュートはその壮大な転換劇を、ただじっと見つめていた。
やがて彼女の表情が動いた。朝のにおい。
“夜が明ける・・。”
リュートはふわりと“雲”の向きを転じると、すべるように湖上から陸へと立ち去った。そのままそこにいて朝を見るのも好きだったけれど、今日は何だか、もう帰ろうと言う気分になったのだ。
すこしひんやりとし始めた風を切って、リュートは宙に筆を走らせるように、なめらかに流れるように洞へ飛んだ。そこからしばらく行った先の、乾いた砂と赤い土の大地サーク。そのほとりの自らの洞へ・・。
彼女は今は、その荒れ地の案内人。
一部には“サークのリュート”と呼ばれることもあった。
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木々の枝や葉が幾重にも重なったその奥の奥。誰も知らない薮の向こうに、いきなりからりと開けた場所があった。
広々としたそこは深い深い岩壁の底にあり、大きな葉を持つ背の高い木が数本、薮から離れて点在していた。向こうの壁にはぽっかりと黒い大きな穴が穿たれ、それがリュートの棲む洞の入り口となっていた。
岩壁のそば、巨木の足元の木陰の中に、石でできた平らな白い台がある。黒い髪のリュートはその上に、これまた白い大きなさっぱりとした布をかぶって、すやすやと気持ちの良さそうな寝息をたてていた。
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