第52話 心臓移植
ティリオンとアイナは簡素なテントをホームの外に立てて、その日の晩はそこで過ごした。
ホームではささやかながら解放記念としてパーティーを行っていた。ティリオンたちも参加しないかと誘ってくれたが、丁重にお断りした。同族だけで積もる話もあるだろう。彼らに遠慮したのだ。
テントの中で互いに背を向けながら、ふたりは寝ていた。
肘枕で目を瞑るティリオンにアイナは声を掛けた。
「なぁおじさん、もう寝た?」
返事が返ってこない。もう寝ちゃったか——そう思った瞬間、
「いや、まだだ」
とティリオンから返事が返ってきた。
「いま、何してるん?」
「考え事をしていた」
「考え事? 何を?」
「ダイモンが遺したメッセージだ」
「おっちゃんの? 何を言うてたん?」
ホームの管理者ダイモンが死ぬ間際にティリオンに耳打ちしていたことは知っていた。その内容が何だったのか、アイナの中で気にならなかったわけでは無い。
「『オレたちは野山 海 湖 草原 だ』と言っていた」
「なにそれ? 暗号かなにか?」
「ああ。暗号だ。それがいま解けた。それ自体は簡単なものなんだ。野山、海、湖、草原をひらがなに変換し、縦読みをする。それらを繋げて読むと」
ティリオンは間を置いて、「『オレたちはのうみそだ』となる。のうみそとは何だ。頭の中にある頭脳のことなのか? それだけが分からない」
彼の言葉を静かに聞いていた。そして身体を小刻みに震えさせると、意を決したように、ガバッと起きて頭を下げた。
「今までずっと黙っててゴメン。ダイモンのおっちゃんの言うことは正しい。ウチらの身体はもうこの世には無いねん。ウチらは——」
アイナは涙を流しながら、「その脳みその……状態やねん」
ティリオンは微動だにせず、彼女の言葉をただ黙って聞いていた。
「でもいつかはそれを告げなアカンと思ってたんやけど、ずっと口止めされてて」
「——堂家にか?」
アイナはうん、と言って頷いた。
「ウチには妹がおってな。両親が病気で他界。その後親戚中をたらいまわしにされたけど、いろいろあってふたりで住むことになったんや。妹は昔から体は丈夫だったのに、ある日重い心臓病に掛かって。まだ十四歳なんに、もう間もなく死にますって言われて。——心臓移植をしたら治るって聞いたから、ウチは学校を中退し必至になってお金を貯めた。心臓ってな一千万円ちょっとで買えるねんて。おじさん知ってた?」
「移植用の心臓の相場はそれくらいだと聞いたことがある。しかし、手術の順番はそうではないだろう?」
「そうや。その順番が明日かもしれへんし、何十年後かもしれへん。でももうじき死にますって言われてんのに、そんなん待ってられへんやん。で、海外で手術を受けようって話になったら、最低でも三億円かかるって。ホンマこの世には神様なんておらへんのやなって思ったわ」
アイナは大きなため息を吐いた。
「そんときに堂家さんに会ったんや。あの人は異世界に移民者として移住してくれるなら、手術費用と渡航費用を全て出すって言ってくれたんや。でも、何かうまい話やろ? ぜったい詐欺やって思った。そしたら見せてくれたんや。——地下室で脳みそだけになって生きている人の姿を——」
突然、ふたりを強烈な眠気が襲う。
目を覚ましたときには、ティリオンとアイナふたりとも、夢の中のウユニ塩湖の世界に飛んでいた。
「ここから先は私が話をしましょう。そちらの方が誤解を生まなくて済むし、何より早い」
そう言ったのは件の話題にのぼっていた堂家であった。
「アイナさん。まずは契約違反であることをお伝えしておきましょう。元の世界で身体を失って、脳だけになりましたなんて話、唐突に切り出されたらどう思います? 全くデタラメだと言う人もいるでしょうが、異世界に転送された時点で奇跡も魔法も与太話も信じてしまうでしょ? そんな世界で不都合な真実を告げられたらどうします? 自暴自棄になるやもしれない。だからこのことは、ずっと胸の内に秘めておくべきなのです」
堂家に
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